第4話 「異世界転生だと思う」
熊モドキが向かってくるのと同時に、私は剣を握りなおした。
「下がってて! できるだけ離れて!」
「わ、わかった」
それからは何も考えなかった。
颯太を後ろに庇うように飛び出すと、突っ込んでくるソレに正面から軽く斬りかかった。
「グォォッ」
額から血を流して唸り声を上げる熊モドキ。
私は目線を外さないまま右へ跳んで体制を整えた。
熊モドキは攻撃にひるんだのか少し後ろに下がって様子を見ているようだ。
生まれて初めて獰猛な獣に襲われて、今向き合っている。
──なのに、全然怖くなかった。
どうやっても負ける気がしない。
さっき流れ込んだ剣の記憶がすでに私の中で確かなものになっていて、どう動けばいいかわかるのだ。
私の経験じゃないのに、自分で経験したかのように違和感がない。
そしてあろうことか──楽しい!
柔道で手強い相手と向かい合ってる時みたい。
ちょっと前にはサバイバルとか無理って絶望してたはずなのに。
なに? このワクワクした感じは?
私が微笑んでいると、熊モドキが再び向かってきた。
それと同時に私は思い切り地面を蹴って跳ぶ。
「ギィァアアアアアァァァ!!!」
熊モドキが咆哮を上げよろめきながら倒れていく。
それを視界の隅に置きながら私はふわりと着地した。
──静寂。
熊モドキの眉間には深々と剣が突き刺さっていた。
「すごい……」
剣を抜いて振り返ると、颯太が尊敬の眼差しで私を見ていた。
「記憶がないって言ってたけど、リアは剣士だったんだね!」
「え?」
「俺一人だったら襲われてたと思う……。ありがとう! リアは命の恩人だ!」
「えええ?」
「ああ、そうか。その剣はリアに手に取ってもらえるのを今までずっと待ちわびていたんだね! そして、今日出会えた! その瞬間に立ち会えたなんて、すごい! 光栄だよ!」
「えええええ……」
颯太が何か盛大な勘違いで盛り上がっている……。
「いや、その、ち、違うから! たまたまだよ! 今のも剣の記憶で動けただけで、私自身は剣士とかじゃないし!」
「だって記憶喪失なんだろう? 覚えてないだけだよ! リアは間違いなく素晴らしい剣士だったはずだ。俺が保証する!」
慌てて否定しても颯太は全く取り合わない。
やめて! その曇りのない真っすぐな目で見ないで!
さっきは勝てると思ったからつい向かって行っちゃったけどまぐれかもしれないし!
変な期待されても困る!
外見は変わっても、私の中身は莉央のまんまだよ!
ちょっと運動が得意なだけの、頭の悪い中二女子なんだよ! ごめんよ~!!!!!
……とは言えない。
「リア、その剣……俺にも触らせてもらえないかな?」
「え、あ、もちろんどうぞ。今ので汚れちゃってるけど……」
颯太がキラキラした目をして私が差し出した剣に手を伸ばす。
でも、私が剣を渡して手を放そうとした途端に颯太がぐらッと傾いた。
え?
咄嗟に剣が落ちないように手を添える。
「嘘……。え? これすごく重い……?」
「え? ものすごく軽くて扱いやすいと思うけど……」
2人で目を見合わせてから、今度は慎重にゆっくりと剣を渡す。
……が、どうやら、私が軽いと思っていた剣は、颯太が持とうとするとめちゃくちゃ重くて手にすることができない……ということみたい???
なんで?
「ああ、そうか、この剣はリアだけのための剣なんだ! やっぱりそうだったんだ!」
益々嬉しそうな颯太……。
ええ……?
なんか精神的に疲れが出てきたよ……。
とりあえず、私たちは再び歩き出した。
最初の目的だった人里、もしくはせめて食料と水を探す。
「多分だけど……」
そんな中、颯太がためらいがちに口を開いた。
「俺は異世界転生してきたんだと思う」
「は?」
な、なんて? え? 異世界?
異世界って言った? 颯太が???
「信じてもらえないとは思うけど……。この周辺の植物、ずっと観察してたけど俺のいた世界では見た事がない種類があるんだ。まあそれだけなら俺が勉強不足で知らなかっただけってことも考えられるけど」
颯太は手の届く茂みに視線を向けてから、真剣な目をして顔をあげた。
「けど、さっき襲ってきたあの動物。……あれは間違いなく俺の世界には存在しないはずのものだ」
颯太の視線が真っすぐに私を見る。
少し髪が乱れてるけど、むしろそれが余計に色気を感じさせてこんな時でも変わらずカッコイイ……って、そうじゃない!
「それに、リアのその剣。どう考えても、ここは俺の元いた世界じゃない。異世界だ。つまり俺は元の世界で死んで、この世界に転生したんだ。そう考えれば納得がいく」
顎に手を添えて頷いている颯太。
私は呆然とそれを見ていた。
颯太……勉強しかしてないと思ってたのに。
異世界転生とかの知識どっから……。
「けどおかしいな。俺はトラックにぶつかった記憶もないし、神様っぽい人の案内もなかったし、ステータスオープンって言っても何も出ないし……やっぱりフィクションとリアルは違うってことかな」
は、はあっ!?
ちょ、ちょっと待って!
思わず突っ込みそうになって慌てて口を噤む。
ステータスオープンとかコッソリやってたの!? あの颯太が!?
笑ってやりたいけど今笑うわけには……っていうか……もしかして優等生の皮を被った隠れオタクだったのか!
いつもクールな顔して実は漫画やアニメとか見てたのか!
もうどこから突っ込めばいいのかわかんないわ!
突っ込まないけど!
「あ、ごめん。意味がわからないよね。その……俺のいた世界で流行ってたんだ、そういう話が。おかげでこんな状況でも落ち着いていられるから良かったけどね」
「は、はあ、そうですか……」
意味なら完全に理解してるよ。残念ながら……。
私は颯太を見つめた。
颯太は前を見て歩いていく。特に気落ちしている様子はない。
颯太の推測は大体当たっている。……と思う。
ただ……異世界転生したのは私だ。
颯太はそれに巻き込まれたにすぎない。
だから、……死んでないかも。
生きてるかもしれない。そうであって欲しい。
だって私は別人になってるけど、颯太は颯太のまんまだもん。
生きたままこの世界に送られた可能性もある。あるよね?
だったら、私はもう身体がないから無理だけど、颯太なら。
颯太だけなら元の世界に帰れるかもしれないんじゃない?
私は持ってきた剣にそっと手を添えた。
今の私は、多分強い。
さっきみたいな危険な獣が襲ってきても私が颯太を守れる。
せめてここでは、私が颯太を守ろう。怪我もさせない。
絶対無事で、元気なままで、いつか、いつか日本に帰せる方法を探すんだ!
「あ、もしかして疲れた? 少し休もうか」
考えながら歩いていたら歩調が遅くなってたみたいで颯太に声をかけられた。
「う、ううん。違うの。あの……颯太は異世界に来ちゃってショック……とかじゃないの? あまり落ち込んでるように見えないから……」
私は思い切って気になっていたことを聞いてみた。
颯太は笑った。
「もちろんショックだよ。でも、慌てたり落ち込んだりしたって現状は変わらないよ。そんなの時間の無駄だ。そうだろう?」
「そ……そっか」
「それに、むしろ今は少しワクワクしてる。危険もありそうだけど、もうここで生活するしかないなら、できるだけ楽しむべきだよ。まずは、飲み水を見つけられるといいけど」
「ん……そうだね。私も、できるだけ楽しむ!」
颯太がこの状況を悲観的に受けとめているわけではないとわかり、少し安堵する。
「……信じてくれるんだね」
「え?」
「異世界とか、嘘だって笑われてもおかしくないのに」
「あ……」
も、もしかして、私の反応不自然だったかな?
しょうがないじゃんね、私も異世界転生してきてるんだから……言えないけど!
「えっと、だって……私も記憶喪失だし、その、何があってもおかしくないのかなって思って……」
「ありがとう。よかった……。多分リアなら話しても大丈夫なんじゃないかなって思ったんだ。俺のカン、よく当たるんだよ」
「そっか……。そうかもね」
「けど、皆がリアみたいにわかってくれるとも限らないし……。そうだな、次に人と会えた時には、俺も記憶喪失ってことにしようかな」
「う、うん、その方がいいかもね」
よかった。誤魔化せてるみたい。
私がホッとして気を抜いた瞬間、目の前に小さな黒い影が降りてきた。
「いやあーーー!!!」
蜘蛛だ。
気づくと同時に凄まじい悲鳴を上げて大きく飛びのく。ありがとう私の身体能力!
颯太が驚いて振り返るが、ただの蜘蛛だと気づきクスッと笑う。
「コレ?」
「いやー見せないで! どっかやってーーー!」
「ご、ごめん。大丈夫。もういないよ」
「ほ、本当?」
涙目になった私に颯太が優しく微笑む。
「この世界の女の子も虫が苦手なんだね」
「それは……わ、私は特に……かも?」
そんなの知らないよ~!
「あの熊みたいな大きいのは怖くなかったのに、こんな小さなは虫は怖いんだね」
颯太が笑顔で手を差し伸べてくれる。
あの幼い日の、公園での記憶が鮮明によみがえった。
颯太。やっぱり変わってない。
昔からずっと、やさしい。
「……ありがと」
颯太。颯太。颯太。
どうしよう。こんな時なのに。
好きがあふれる……。
立ち上がっても手を握ったまましばらく歩いていく。
そして、ゆっくりと息を吐き、決意を込めて前を向く。
名残惜しいけど、ずっとこうしていたいけど。
この大好きな人の手を自分から放した。
しっかりしろ、私!
もう間違えない。甘えない!
「あ、何か物音が……」
「また獣?」
颯太が立ち止まり、私は剣に手をかけた。
たとえ何が襲ってきても、絶対に颯太を守る!




