第3話 颯太との再会
淡い水色のシャツにストライプのネクタイ。
皺のない濃紺のブレザーは見間違いようがないうちの中学の制服。
眼鏡にかかった長い前髪も、綺麗な瞳も、どこからどう見ても颯太──少し前に学校で別れたはずの颯太だ。
なんで?
なんで颯太がここにいるの!?
「すいません、急に声かけちゃって。ええと、言葉は通じてますか? あ、日本語じゃダメかな? Excuse me?」
驚きのあまり固まっていたが、颯太の不安気な声で我に帰った。
あっ、そっか。
私、今金髪だから日本人に見えないんだ。
「は、はい、大丈夫です! 通じてます! 誰もいないと思ってたので驚いただけで……」
慌てて答えると颯太はホッとしたように微笑む。
異世界でも颯太の笑顔は眩しかった。
「俺は橘颯太っていいます。あの、大丈夫ですか? 具合が悪そうに見えたので……」
「そ、た、橘……さん? はい、具合が悪いわけじゃないので大丈夫です!」
さっきまで絶望に打ちひしがれていたから、傍から見たら具合が悪そうに見えたかもしれない。
でも、なんでかわかんないけど今は目の前に颯太がいる!
独りぼっちじゃない!
そう思っただけで急に元気が溢れてくる気がした。
「ただ、あの……実は私さっき気が付いたところで……何も思い出せないの。それで途方に暮れていたから、話しかけてくれてありがとう! 一人じゃないってわかってちょっとホッとした」
思い付きでとっさに記憶喪失を装うことにした。
何もわからないのは本当だ。
「えっ、記憶喪失? そうでしたか……」
少し困った顔をする颯太。
「実は俺も気がついたらここにいたんです……。もしこの場所をご存じの方でしたらいろいろお聞きしたかったんですが」
やはり颯太も事情はわかっていないらしい。
だよね。私だってわかってないんだから。
「ええと、名前も覚えてないんですよね? 話をするのに呼び名があるといいんですが、何と呼べばいいでしょう?」
「あ、私は莉……じゃなくて、リ、リ……リア! リアって呼んで。今適当に思いついただけの名前だけど」
「リアさんですね。わかりました」
「あ、よければ呼び捨てで。敬語もなしで。私丁寧な言葉遣いとか苦手みたいで……」
「ああ、わかった。じゃあ、リア。俺のことも呼び捨てで、颯太でいいよ」
「うん、颯太!」
颯太が微笑むと、私もぱあっと笑顔になった。
莉央じゃなくなっても、また颯太を颯太って呼べる! 嬉しい!
「とりあえず歩いてみようか。近くに人里があれば助かるけど、なくても水と食料はなんとかしないとね」
「そ、そうだね」
私たちは森の中をあてもなく歩き出した。
茂みをかき分けて周りを確認しながら先へ行く颯太。
その後ろ姿を見ながら、少しずつ考えを整理してみる。
やっぱり、あの占い師に出されたお茶に毒が入ってたんじゃないだろうか。
きっとそうだ……。
きっと私はあそこで死んだんだ。
信じたくはないけど。
あの時、もう死んでもいいとか言ったのは私だけど!
でも! でも本気で死にたかったわけじゃないよ!
私の夢を叶えるとかイイ感じの事言っといて、なんなのよ!?
うう、そりゃ確かに胸は大きくなってるけど、そういうことじゃなかったのに……!
それに、転生させるならちゃんと説明してほしかった!
そしたらもっと心の準備もできたかもしれないのに!
でも……すでにこうやって別人に転生しちゃったんだ。
もう後戻りはできない。
いくら悔やんでも、落ち込んでも仕方ない。
これからは相庭莉央としてじゃなく、リアとして生きていくしかない!
覚悟を決めて、前を見据える。
颯太に目をやると、周りの植物を観察しながらブツブツ言っている。
今手に取っているのは日本にある植物と似ているような気がするが自信はもてない。颯太にはわかるのだろうか。
後ろからちらりと見える横顔は相変わらず知的でクールで隙がない。
う~ん、百万歩譲って私は自業自得でこうなってるとして……。
でも……颯太は関係ないよね?
なんで颯太がここにいるの?
そう考えたら、意味不明な理不尽に沸々と怒りがこみ上げてきた。
これ……どう考えても私のせいで颯太が巻き込まれてるよね?
だとしたら、申し訳なさすぎる!
ただでさえ迷惑かけ続けてたっていうのに、こんなのってないよ!!!
颯太がいてくれることには今すごく感謝してる。
でも、それとこれとは別なのだ。
──その時、少し離れた所にやわらかい光が降り注ぐのが見えた。
「何あれ?」
「え?」
「あそこ、光が見える。何かあるかもしれないから行ってみよう」
「光? どこに?」
天から降り注ぐ柔らかな光。キラキラした粒子が舞うように弾けては消える。
あんなにはっきり見えてるのに、颯太にはわからないのか不思議そうに首を傾げている。
私は走り出した。
光に呼ばれているような気がしたのだ。
木々の間を抜けると少し開けた場所に出た。
人工的に木を切り倒して広場にした跡のようで、中央には大きな岩がある。
そしてその岩の上には、立派な剣が刺さっていた。
柔らかな光は、剣の刺さった岩を包み込むように降り注いでいる。
光が剣に反射して煌めく。その様子は幻想的でとても美しい。
颯太が追いついてきて私の隣に並んで立ち止まると、息を弾ませながら言った。
「エクスカリバー……!」
へ? なんて?
ちらりと見た颯太はキラキラした目で剣を見つめている。
ただの夢見る少年の顔になってるよ……え? 颯太?
ええと、クールな貴公子様じゃなかったっけ……?
颯太は私の視線に気づくと急に咳払いをした。
「あ、なんでもないよ! ええと、なんだろうね、これ!」
「う、うん、なんだろう……?」
冷静に見せようとして失敗してるよ、颯太。
どう見ても楽しそう。ワクワクしてる感が隠せてない。
まあ颯太も男子だから剣とか好きでも不思議じゃないよね。
「特に何か仕掛けがある感じはしないな……。先に触ってみてもいい?」
岩の周りをぐるっと見てから颯太が言ったのに頷くと、彼はおもむろに剣に手をかけた。
だけど、岩と一体化しているかのごとく微動だにしない。
しばらく剣と格闘した末、諦めて手を放すと溜息をついた。
「……リアにはどう見えてるんだ? さっき光が見えると言っただろう? 今も見えてる?」
「う、うん……。空からまっすぐ、この剣を照らすような感じに。颯太には見えないの?」
「残念ながらね。じゃあ、君なら抜けるんじゃないか?」
言われて、剣に手を伸ばしてみる。
すると、なんの抵抗もなくスルっと抜けた。
颯太の驚いた顔が視界の隅に見えたが、こっちはそれどころじゃなかった。
「え!? 何コレ!!!」
剣を手にした瞬間、膨大な剣の記憶が流れ込んできた。
──初めて剣を手にした若者。
彼はこの剣を振るいあらゆるモノを斬り裂いた。
どんな狂暴な肉食獣も、大型の魔獣も、古代竜さえも、この剣で斬れないものはなかった。
行く先々で出会う数多の命をその剣で屠り、狩りつくした。
彼は命が尽きるまで剣を手放すことはなかった。
次に剣を手にした者はその才能を見込まれ、鍛錬を重ね、腕を上げ、戦場で思いのままに剣を振るった。
彼が年老いて前線を退くと、その剣は彼の弟子へと引き継がれた。
そうしてさらに剣は多くを学び、多くの敵を打倒し──。
長い長い時間、剣がそれを手にした剣士たちとともに戦ってきた記憶。
その全て──流れ込んできた記憶の膨大な情報量に眩暈を覚えて、私はたまらず座り込んだ。
「リア!?」
「だ、大丈夫。びっくりしただけ……。 剣の記憶?が急に流れ込んできて……」
息をついてゆっくり立ち上がる。
その時だった。
後ろから大きな獣の唸り声が響いた。
驚いて振り返ると、熊に似た大きな動物が奥の茂みから出てくるところだった。
熊に似てるけど、どう見ても私の知ってる熊じゃない。
まず大きい。大きすぎる。5メートルくらいはありそう。
それに、目立たないけど頭には小さな角が二本生えてる。
熊って角が生えてたり……しないよね?
って、のん気に観察してる場合じゃない!
その熊モドキは私たちを餌に決めたのか、地面を蹴って唸り声を上げながらこっちに向かって走ってきた!




