【御前会議_02】『彼女の時空』創生会議、開幕
時空の狭間。円卓が浮かんでいる。
中央には一つの空席。壁には各作品の象徴が浮かび、そのどれもが微かに光を放っている。
コーヒーの香りがかすかに漂い、どこかでペンが紙を擦る音が聞こえる。
雇い主が立っている。スーツを着ている。普段は着ない。緊張している。
円卓には四人が座っている。長老、隊長、博士、青年。女将はまだ来ていない。カノジョとカレシは壁際で控えている。カノジョは手にラムネの袋を持ち、カレシは手帳を開いている。
雇い主(咳払いを一つ)
「……では、『彼女の時空』構想案を発表します。この作品は、これまでの作品郡を繋ぐ、新しい物語です。つまり、百年の時間軸を跨ぎ、登場人物たちが……」
長老(目を閉じたまま)「軽いな」
雇い主「……は?」
長老「サイエンテフィック・フィクションというのか。人工知能と未来社会。ふん。わしの『計画』には血の匂いがする。お前の言う『彼女の時空』に、その匂いはあるのか」
雇い主「それは……また文学的な……」
青年(椅子を回しながら)
「いやいやいや、長老。そんなこと言ったら、何も繋がらないっすよ。俺の『観測者の時空』は未来が舞台なんですから。血の匂いがなくても、物語は成立するんですって」
隊長「なにを言うか! 長老は『計画』の重鎮だぞ。敬意を持て!」
青年「敬意はありますけど、ここは新しい作品を作る会議ですよね? 過去の栄光だけで語られても困るんですよ」
長老(目を開ける)
「……若いの。お前は知らんだろう。わしがどれだけの熱量を注いできたかを」
青年「知ってますよ。でも熱量だけで接続できるなら、俺たちがここに集まる意味ないじゃないですか」
雇い主「まっ、ま、皆さん、落ち着いて。この作品により、抜本的な、ポト、ポテ、ポテロング。したいなと考えております」
博士「やれやれ、何も分かっていないようですな」
部屋の隅にちょこんと座る二人。
カノジョ(小声)「雇い主、お腹空いたのかな」
カレシ(小声)「いえ、以前覚えたインテリワード:経営編を使おうとしたものの完全に飛んだようですね」
空気が張り詰める。
女将(入ってくる。コーヒーのトレイを持って)
「まあまあ。会議は始まったばかりですし、まずはコーヒーでもどうです?」
彼女はトレイを円卓に置く。カップが五つ。それぞれ違う色の陶器。
博士(メガネを押し上げながら)
「ありがとうございます。……さて、雇い主さんの構想ですが、その接続では読者が理解できません。『計画』と『時空』。つまり現代と未来の間に、どういう橋を架けるのか。それが見えないと、読者は置いてきぼりになります」
長老「読者がどうのこうの。わしは読者に媚びるような真似はせんぞ」
博士「媚びるのではなく、届けるのです。あなたの『熱量』は素晴らしい。しかし、それが新しい作品でどう活きるのか。それが伝わらなければ、ただの自己満足です」
長老「……ふん」
青年「つまり、長老の『熱量』を未来に伝える方法が必要ってことっすよね。俺はできるっすよ。時空、飛ばせるんで」
隊長「お前が勝手に決めるな!」
女将(カップを置きながら)
「そうね……例えば『カフェあおい』はどうかしら。あの場所は、現代の『計画』にも『喫茶店』にも出てくる。未来の『時空』にも、あの場所の痕跡があるのではなくて?」
沈黙。全員が何かを考えている。
博士「それは……一つの接続点になり得ます。場所という物理的な軸は、論理的にも扱いやすい」
長老「……あの場所には、確かに熱が積もっている」
青年「でも、それだけじゃ足りないっすよ。場所だけじゃ物語は動かない。伝承する何か。人でもいい。例えば『康介』とか」
長老「康介を出すのはわしの役目だ。お前が口出しすることではない」
雇い主(そこ私なんですけど)
青年「未来で彼がどうなるかは俺が決めるんですけどね」
隊長「長老が決めたことは絶対だ!」
女将「……」
彼女はカップを手に取り、一口すする。穏やかな微笑みを浮かべて、四人を見渡す。
女将「皆さん、一つ聞いてもいいかしら」
長老「なんだ」
女将「あなたたち、本当はもう『彼女の時空』が生まれることを感じているのではなくて?」
全員が言葉を失う。
博士「……それは、どういう意味ですか」
女将「だって、中央に空席があるじゃない。あそこに誰かが座るのを、もう待っているんでしょう?」
円卓の中央。誰も座っていない席。でも、そこに「何か」がある気配は、確かにあった。
長老「…………」
青年「…………」
隊長「…………」
その時だった。誰もいないはずの空席が、かすかに温かくなったような気がした。気のせいかもしれない。でも、全員がそれを感じた。
雇い主「……えーと、では……」
長老「おい、雇い主君。代案は持ってるのかね」
雇い主「いや、その、あのダイアナ・ロスしまして」
青年「再プレゼンすねー」
博士「明らかに情報不足」
隊長「現場だよ、現場!」
雇い主「……か、帰りたい」
カノジョ(壁際から手を振る)
「雇い主、ガンバ!」
カレシ(手帳を閉じて)
「現時点で確定した接続点は、ゼロです」
会議は続く。何も決まっていない。でも——全員が、何かを感じ始めていた。
学生(小声)「誰かいる?」
空席が、答えを待っている。
監査役(会議室の外から、端末を手に)
監査役「記録します。第1回創生会議——結論なし。ただし、空席の気配を確認。次回に期待します」
――セッション確立。
(会議後の中継セクター)
雇い主はソファに沈み込んでいた。
ネクタイは曲がり、魂も半分ほど抜けている。
カノジョ「おかえりー」
雇い主「……ただいま」
カレシ「お疲れ様でした」
(間)
雇い主「ところで」
(間)
雇い主「ダイアナ・ロスって何だっけ?」
カレシ「代案です。我々が一緒に力を合わせれば!」
カレシ渾身のお洒落ギャグは無風に終わった。
雇い主「よろしゅう」
カレシは手帳をめくる。
「……恐らく長老は、『康介』を簡単には渡したくないのでしょう」
雇い主「ふむ」
カレシ「未来へ繋ぐ別の何かを提示しろ、という意味かと」
雇い主「なるほど」
カノジョ「はい。ポテロング、ノンフライだよ」
雇い主「?」
カノジョ「さっき言ってたやつ」
雇い主「……ありがとう」
一本取り出して頬張る。
カノジョ「元気出た?」
雇い主「少し」
その時だった。
遠くで雷鳴のような音が響く。
ゴロゴロ、と。
カレシが顔を上げる。
カノジョも首を傾げる。
雇い主だけが、しばらく黙っていた。
やがて小さく呟く。
雇い主「……ノンフライはゴロ。
ん?!雷ゴロゴロ。時空のズレ…………
『バグ』!き、き、キターー!」
再び雷鳴が響いた。
今度は少し近かった。
――セッション終了。




