第7話:(後編)貢ぎ物の行列と、招かれざる貴族の影
宿を出発した僕たちを待っていたのは、王都の時以上に出鱈目な光景だった。
豪華馬車が街道へ出た瞬間、森の木々がざわめき、地響きと共に土煙が舞い上がる。
「な、なんだ!? また逆召喚!? 今度は何が降ってくるんだぁぁ!」
僕は馬車の座席にひっくり返りながら叫んだ。だが、現れたのは凶悪な魔物ではなかった。
森の中から姿を現したのは、牙の生えた巨大なイノシシ(ワイルドボア)や、宝石のように輝く毛並みのレッサーパンダ、さらには全長三メートルを超える大鷲の群れ。
彼らは殺気一つ見せず、まるで行列を作る参拝客のように、街道の両脇に整然と並び始めたのだ。
「……ワン」「……クルル」「……ガァ」
彼らの口には、見たこともないほど瑞々しい森の果実や、魔力を帯びた光る原石、さらには希少な薬草が咥えられていた。
馬車が通りかかるたびに、彼らは恭しく頭を垂れ、その足元に『貢ぎ物』を置いていく。
「……あ、あの。これ、なんの儀式……?」
「ふふ、決まってるじゃない。ダーリンの『魅力』に当てられた森の住人たちが、せめてお近づきになりたいって貢いでるのよ。……当然よね、私の旦那様なんだから」
リリスが自慢げに僕の腕を組む。だが、僕の目には全く違う景色が見えていた。
((((((なああああにあれ! 動物たちまで貢ぎ物!? 負けてられない! 私も、私だってアルト様に国一つ分くらいの献上品を贈りたいんだけどおおお!!))))))
爆音。聖女様の嫉妬が街道の木々を物理的に震わせる。
そんな中、僕の耳には彼女の声が「……太らせろ。……食わせろ。……逃げれば、胃袋の限界まで、詰め込んでやる……」という、恐ろしい強制給餌の宣告にしか聞こえなかった。
(ひ、ひぃぃ……! これ、フォアグラの刑だ! 僕を栄養満点にしてから、美味しくいただくための準備なんだ……!)
僕は震えながら、レッサーパンダが置いていったリンゴのような果実を見つめた。
食べたら最後、取り返しのつかない契約を結ばされる気がしてならない。
◇
そんな奇妙なパレードが続いていた時、前方から馬のいななきと、金属が擦れ合う無骨な音が響いた。
「止まれッ! その馬車、止まりなさい!」
現れたのは、華美だが品のない紋章を掲げた、武装した私兵たち。二十人近い男たちが、街道を塞ぐように陣取っていた。
先頭に立つのは、この辺りの領主である悪徳貴族の使いらしい、嫌な笑みを浮かべた騎士だった。
「噂の『黄金の光を放つ少年』とは貴様か。我らが主、バルドス子爵がお呼びだ。そのガキをこちらに渡せ。……横にいる女たちも、子爵様が直々に教育してくださるそうだ」
男たちの視線が、値踏みするようにリリスとクラリス様をなめる。
僕は一瞬、希望の光を見た。
(あ、あの人たちに引き渡されれば、この死神たちから逃げられるかも……!)
だが、その希望は一瞬で、宇宙の果てまで消し飛ばされた。
僕の隣に座る二人の温度が、一瞬で絶対零度を突き抜けたからだ。
「……今、なんて言いましたか?」
クラリス様の声が、低く、地を這うように響く。
((((((万死に値するわああああああ!! 誰が誰を渡すって!? 私の、私の純潔で尊いアルト様を、あんな油ギッシュなデブ貴族に!? 一粒の埃さえ触れさせないわよおおお!!))))))
ドォォォォォン!!
凄まじい物理的な音圧が、街道の地面を陥没させる。
リリスもまた、不敵な笑みを消し、どす黒い魔力を指先に集めていた。
「……私の獲物に手を出す不届き者は、ここで塵にすら残さないと決めているの。覚悟はできているかしら?」
「な、なんだこの圧は……!? ひっ、聖女!? 魔族!? おい、聞いてないぞ、こんな化け物が付いてるなんて!」
三下の私兵たちが腰を抜かし、馬から転げ落ちる。
クラリス様が静かに一歩、前へ踏み出した。
「不敬。……そして、アルト様に対する冒涜です。……消えなさい」
「……死ね。……灰になれ。……この世の、どこにも、逃げ場はない……」
彼女の呪詛(に聞こえる怒り)と共に、聖なる光の衝撃波が放たれた。
爆発的な魔力の余波だけで、私兵たちの鎧が粉々に砕け散り、彼らは空高くへと吹き飛ばされていく。
まさに一瞬。戦いとすら呼べない、一方的な殲滅だった。
「……う、うわぁぁん。やっぱり僕の周り、怖い人しかいないよぉ……!」
僕は馬車の座席で頭を抱えて泣き出した。
自分を助けに来た(と勝手に思っていた)人たちが、瞬きする間に消し飛ばされたのだ。
二人は「怖がらせてごめんなさいね」という顔で戻ってきたが、僕には「次は君の番だよ」という笑顔にしか見えなかった。
「アルト様。……もっと安全な場所へ行きましょう。……私が、守ります」
「((((((もう一歩も離さない! 誰にも見せない! 私の、私だけのアルト様ああああ!!))))))
僕は悟った。
僕を巡って、この世界そのものが壊れていこうとしている。
そして、その中心にいる僕は、逃げ出すことすら許されない『最高級の獲物』なのだと。
夕闇が迫る街道。馬車は壊れた門や私兵の残骸を置き去りにして、さらなる辺境へと、猛スピードで突き進んでいった。




