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第5話:結界の外は「美食(僕)」を狙う戦場でした

 王都を離れ、街道を進む豪華馬車の車内。そこには、物理的な法則を無視したような重苦しい沈黙と、鼓膜を震わせる爆音が同居していた。

 僕――アルトは、豪華な革張りの座席の隅で、借りてきた猫のように小さくなって震えていた。理由は明白だ。僕の左右を、この世のものとは思えないほど美しく、そして恐ろしい二人が挟み込んでいるからだ。


「アルト様、長旅で体が強張っていませんか? ……あ、あの、よろしければ私の方に寄りかかって、お休みになってくださいね」


 白銀の鎧を纏った聖女クラリス様が、頬を林檎のように真っ赤に染め、震える指先で僕の肩に触れようとする。その瞬間、彼女の内に秘めた「聖なる魔力」が、僕から漏れ出す「十年の熟成を経た魅力」と激しく反発、そして共鳴を起こした。


((((((肩が触れた! 心臓が口から飛び出しそう! このまま馬車ごと異界へ駆け落ちしたい! 二人きりのハネムーン最高おおお!!))))))


 ドォォォォン! と、馬車の車体が物理的に浮き上がるほどの衝撃波。

 爆音だ。まさに、至近距離で教会の鐘を乱れ打ちにされているような音圧。だが、僕の耳に届く彼女の声は、相変わらず冷徹で、血も凍るような死の宣告へと変換されていた。


「……動くな。……刻むぞ。……逃げれば、地獄の果てまで追い詰めて、骨の一本まで砕いてやる……」

「ひ、ひぃぃぃ! ごめんなさい! 直立不動で座ってますから、どうか命だけは!」


 僕は座席の端で石像のように硬直した。隣には、面白そうに僕の首筋を眺める魔族のリリスがいる。


「ふふ、聖女様ったら相変わらず物騒ね。アルト、そんなに怖がらなくていいのよ? ……さあ、私の方に来なさい。こっちの方が、きっと『気持ちいい』わよ?」


 リリスが妖艶な笑みを浮かべ、僕の腕に絡みついてくる。

 右からは殺気(に見える愛)、左からは誘惑。僕はまさに、巨大な万力に挟まれた哀れな木の実のような気分だった。


 その時だった。

 馬車が王都を守護していた巨大な外門を通過した。街全体を包み、僕の『魅力』を遮断していた大神殿の結界――その外側へ一歩足を踏み出した瞬間。


「……あ」


 僕の体から溢れ出していた、十年分の孤独が煮詰まった黄金の魔力が、遮るものなく周囲の空間へと放射された。

 それは、魔界の住民にとっては、暗闇の中に突如として現れた巨大な太陽のようなものだった。


「……チッ。嗅ぎつけられたわね」


 リリスが、鋭い視線を馬車の天井へと向けた。

 青く澄み渡っていたはずの空が、まるでガラス細工をハンマーで叩き割ったように、バリバリと音を立てて『ひび割れた』のだ。


「リリス!? 空が、空が割れてるよ……!?」

「驚かないで、アルト。……門の外で、ずっと待ち伏せしてたヤツがいたってことよ」


 僕が恐怖で叫んだ直後、馬車の真上の空間が、内側から爆発した。

 凄まじい衝撃と共に、豪華な馬車の屋根がひしゃげ、光の破片が車内に降り注ぐ。

 そして、その穴から、一人の少女が吸い込まれるように降ってきた。


 ドスン、という柔らかな重みが、僕の膝の上に伝わる。

 気づけば、僕の膝の上に、丸まった体勢で一人の少女が鎮座していた。


「……ふぁ。やっと、見つけた……。いい匂い」


 頭にはぴょこんと動く三角形の猫耳、お尻からはしなやかな尻尾。

 眠たげなジト目に、華奢な体格をした少女――幻想の支配者とも呼ばれる亜神、ケット・シーのフェリスだった。


「……ここ、私の……お昼寝場所。……決定」


 フェリスは、僕の脇にいるリリスやクラリス様の存在など、石ころか何かのように無視していた。彼女は僕の腹部に頭を擦り付け、極上のクッションを見つけたかのように、そのまま当たり前のように膝枕の体勢に入った。


「なっ……!? ちょっと、貴女! 誰の許可を得てそこに座っているのよ! そこは私の特等席なんだから、どきなさい!」

「((((((私のアルトの膝ああああ! 私の、私がずっと狙っていた聖域を汚すなぁぁぁ! 今すぐその猫耳をむしり取って、地獄の果てまで蹴り飛ばしてやろうかあああ!!))))))


 リリスの激しい怒声と、クラリス様の鼓膜を突き破る爆音の嫉妬。

 狭い馬車の中は、一瞬にして血で血を洗う戦場へと変貌した。

 しかし、膝の上のフェリスは、僕の服の裾をぎゅっと握りしめ、幸せそうに目を細めて喉を鳴らした。


「……うるさい。……アルトの隣は、争う場所じゃない。……私が、安らぐ場所」


 淡々とした、しかし有無を言わせぬ独占欲。

 フェリスから放たれる圧倒的な『無関心』が、かえって二人の怒りに油を注ぐ。


「……アルト様、安心してください。今すぐその不浄な獣を、聖なる炎で焼き払い……あ、いえ、引き離して差し上げますからね……」

「……死ね。……灰になれ。……塵すら残さず、消滅させてやる……」

「ひ、ひぃぃぃぃ! クラリス様、顔! 顔が怖いです! フェリスちゃんも、そんな無表情で僕の服を脱がそうとしないで!」


 屋根のなくなった馬車の中で、僕は涙ながらに青空を仰ぎ見た。

 隣には死神(魔族)と、僕を呪い殺そうとする処刑人(聖女)。そして膝の上には、僕を最高のマタタビ扱いして離さない猫耳の神様。


「……神様、助けて。やっぱり僕、王都から出ちゃいけなかったんだ……」


 僕の絶望を乗せた馬車は、もはや制御不能な修羅場と化し、街道の先へと猛スピードで走り続けるのだった。



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