第4話:元同期の末路と、王都滅亡(?)の危機
大神殿の最高級客室。ふかふかの羽毛布団に包まれながら、僕――アルトは冷や汗を流していた。
目の前には、真っ赤な顔で僕の寝癖を直そうと手を伸ばす聖女クラリス様。そして、窓際で優雅に爪を研ぐ魔族のリリス。
「あ、あの……アルト様。その、髪が跳ねていて……。直しても、よろしいでしょうか?」
クラリス様の白く細い指先が、僕の髪に触れそうになる。その瞬間、僕の脳内に教会の巨大な鐘を至近距離で打ち鳴らしたような衝撃が走り抜けた。
((((((ああああああ! 寝起きの顔が天使すぎるううう! このまま一生、朝ごはんを作ってあげたい! 新婚旅行はどこがいいかなあああ!!))))))
「ひぎっ……!?」
あまりの音圧に、僕はベッドの上で跳ね上がった。
この時、僕はまだ知らなかった。なぜ、この『氷の聖女』と呼ばれる気高き女性だけが、拡声器を飲み込んだような爆音で内心を撒き散らしているのかという、残酷な真実を。
それは、僕から漏れ出す【十熟成の魅力】と、彼女が纏う【究極の神聖魔力】が、真っ正面から衝突した結果だった。
本来、不浄を退けるはずの彼女の聖なるバリアが、僕のあまりに純粋すぎる誘惑の魔力を「拒絶」しようとして、逆に激しく「共鳴」してしまったのだ。
理性のダムが決壊し、溢れ出した彼女の思念は、彼女自身の魔力をスピーカーにして外部へ増幅・放射される『放送事故』のような体質へと変貌を遂げていた。
さらに絶望的なのは、その『爆音の愛』が僕の耳に届く際、僕自身の魔力の波形と干渉し、意味が完全に反転してしまうことだ。
物理的に位相がズレた彼女の声は、僕の脳に届く直前で、最も恐ろしい『罵倒』へと変換されてしまう。
「……動くな。……刻むぞ。……逃げれば、地獄の果てまで追い詰めて殺す……」
冷徹な死の宣告(に変換された愛の言葉)と共に、クラリス様が震える手で僕の頬を撫でる。
「ひ、ひぃっ!? ごめんなさい! 地獄だけは勘弁してください!」
朝から命の危機を感じた僕は、震えながら彼女が差し出すパンを、毒見をするような心持ちで口にした。
◇
その後、あまりに怯えきった僕を不憫に思ったのか、クラリス様の監視……もとい、護衛付きで王都の散策をすることになった。
白銀の鎧に身を包んだ聖女様と、魔性的な美しさを放つリリス。そんな二人に挟まれて歩く僕は、完全に公開処刑される罪人の気分だった。
「……あ? おい、あれは……アルトか?」
背後から、聞き覚えのある不快な声がした。
振り返ると、そこには僕をギルドから追い出したエリート同期、ゼノンが立っていた。
彼は僕の隣の二人を見た瞬間、顔を醜く歪ませ、信じられないものを見るような目を向けた。
「おいおい、なんで無能のアルトがそんな美女を連れてるんだよ。おいアルト、その女たちは僕のような選ばれた召喚士にこそ相応しい。今すぐその座を譲れよ」
ゼノンはいつもの調子で僕の胸ぐらを掴もうと、乱暴に手を伸ばしてきた。
その瞬間――王都の目抜き通りの空気が、一瞬で絶対零度まで凍りついた。
「……貴様。誰の許可を得て、アルト様に触れようとしている?」
クラリス様の声が、低く、地を這うように響く。
((((((私のアルトに触るんじゃねえよクソ虫があああ!! その腐った指を今すぐへし折って、聖域の肥やしにしてやろうかあああ!!))))))
爆音。まさに怒りの爆音だ。
あまりの怒声の物理的な衝撃に、周囲の通行人たちが耳を押さえてうずくまるほどだった。
さらにリリスが、どす黒い殺気をゼノンに向けて解き放った。
「……ダーリンに触れていいのは、私だけなの。消えなさい、羽虫。塵になる勇気があるなら、もう一歩近づいてみせなさい」
リリスの魔圧を受けたゼノンは、一瞬で顔を土気色に変え、その場に膝をついた。
彼はガチガチと歯を鳴らし、あまりの恐怖に股の間を濡らしながら、情けなく後ずさる。
「ひっ、あ、あ、ああ……! な、なんだよこれ……! 助けてくれぇぇ!」
王都のエリートと呼ばれた男が、腰を抜かして逃げ出していく。
それを見送りながら、僕は自分の運命を呪っていた。
ゼノンを瞬殺した、僕の隣にいる二人の愛(という名の暴力)が怖すぎるのだ。
◇
ゼノンが逃げ去った後、クラリス様はかつてないほど深刻な顔で僕を見つめた。
「アルト様。……決心がつきました。今すぐ、旅に出ましょう」
「えっ? 旅……ですか?」
「あなたの『魅力』が街に溜まりすぎています。このままでは、明日にはこの国の全生物が我を忘れてここへ押し寄せるでしょう。王都を滅ぼさないためにも、誰もいない辺境の聖地へ、私と二人(+一匹)で向かうのです」
((((((やったあああ! これで邪魔者はいないわ! 二人きりの逃避行よ! 神様、最高の設定をありがとうおおお!!))))))
聖女様の心の声は、もはや空を割るほどの歓喜に満ちていた。
けれど、僕には彼女が「……国を滅ぼす猛毒(お前)を、一生、地獄の果てまで監禁してやる」と言っているようにしか聞こえなかった。
「……僕の魅力(毒)で、国が滅ぶ……? だから島流しにされるんだ……」
僕は絶望に打ちひしがれながら、神速で用意された豪華な馬車へと詰め込まれた。
こうして、僕の不本意すぎる『辺境隔離の旅』が、幕を開けたのだった。




