1-6
窓側のバーテーブルに沿って小ぶりな椅子がいくつか並んでいて、その一つに男が座っている。さらに突き当たりにかけられた額に、なにやら「動く絵」が収められている。絵があきらかに「動いて」いるもので、どうしてもそちらに目を奪われた。
いや、絵ではない。水銀?
今さっき通った境界のような淡いゆらぎとは違い、額縁の中で銀色の液体らしきものがたゆたっているのがはっきりとわかる。
見ていると、だんだん感情が吸い取られていくような心地がした。それまで触れたことのない仕組みが、それ独自の安定をもって、驚きの声さえ封じてくるのだった。
「こちらにおかけください」店長の声で、なくしかけた意識を取り戻した。
西松は男の隣の椅子を、こちらに座りやすいようにずらし、勧めてきた。
「もう、そろそろ出ないといけないんで」これは本心でもあり、それ以上踏み込まないようにする防衛のためでもあった。
「ビルはすぐそこでしょう。安心してください、すぐ戻ります」
またもや、こちらのささやかな希望は近くない場所へ押しやられた。それも店全体を取り巻く、抵抗しがたい「仕組み」のせいだったのかもしれない。
しかたなく男の隣に腰かけると、何度か首を大きく振り向けてみた。あくまで防御のために、視界に入れておかなければならないものが多くあった。しかし、何からそうしてよいかわからず、そのうち自然と顔は正面を向いた。
隣の男はいっさい喋らず、前に置いたipadで、何か動画を熱心に観ていた。横目でちらっと拝見すると、山あいを背景に、衒いない笑顔を向けた少女が映っている。じっくり鑑賞するわけにもいかず、すぐに目をそらしたが、耳をすますことで音声を聴き取ることはできた。
「少女が姿を現すと、それまで茂みに隠れていた牛が一頭、うれしそうに駆け出してきます」
よくある、人里離れた地で暮らす女の子と動物の物語か。男は三十代くらいで、こちらもオフィス街に似つかわしいスーツ姿でいる。案外かわいいものを観ているな、とおかしさがこみ上げ、少し気が軽くなった。
あの店長が遅ければ、断りなく退出しよう。
「牛の名前はヨッピー。同じ年に生まれた女の子とヨッピーは大の仲良し。ご飯を食べるときも、お風呂に入るときも、寝るときもずっと一緒」
スマートフォンを見ると、面接まであと十数分。たしかに、まだ間に合うといえば間に合う。
「お父さんの車に乗って少女が出かけようとすると、ヨッピーはまだ遊んでほしいようで、一生懸命あとをついてきます」
心なしか、音量が上がった気がする。こちらにも聞こえるようにしている?
「『ヨッピー、いい子にしていてね。市場で大好きなトウモロコシをいっぱい買ってきてあげるからね』」
すたっ、と音がし、目を向けると、西松が意気揚々として戻ってきた。トレーに載せた料理を運んでいて、よくこぼさないものだ、としたことのない感心をした。
「おいしいエサを食べてご機嫌なヨッピーの首元に、女の子はスタンガンをあてました。ヨッピーはその場で気絶しました」
ぎょっとしてタブレットの画面に目をやる。それと同時に西松が口を開いた。
「ヨッピーのステーキです。熱いうちにお召し上がりください」




