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メニューはすでにテーブル脇に置いてあり、店の顔ともいえるそれを早速テーブルに広げてみる。
最初に目についたのは、本日のランチとして紹介されている『チーズとたらこのリゾット』であった。クリームチーズを絡めた褐色の米に、カボチャ、茄子、かぼすが添えられ、さらにトッピングにベビーリーフをまぶしてある。焼きたてブリオッシュに、ケールと小松菜のスープもついて千四百円。丸ごと天然エビフライに、黒豚のこだわりハンバーグも捨てがたかったが、それらはディナー用の一品料理らしく、ここは無難にランチを注文することにした。
さきほどのウェイトレスが水とおしぼりを持ってきてくれたタイミングで、希望のメニューを伝える。女性にとって私の昼の食事など、隕石が冥王星をかすめるくらい、どうでもよさそうであった。女性は注文を確認することなく背を向けると、機械仕掛けのようにして再び厨房へ戻ってしまった。
知らず知らずのうちに、見えなくなるまで女性の姿を目で追っていた。見とれていた、というほうが正しいかもしれない。パステルカラーのTシャツに黒のボトムスという出で立ちに、特筆する点はない。しかし、それらはスキニーといえるほど体に貼りついていて、本来隠されるであろう体の線をも際立たせていた。そしてこの季節、意図してか、せずしてかはわからないが、シャツに透けた下着までありありと見てとれるのだった。
しばらく店内、そしてスマートフォンを眺めるなどして、流れる時間に身をゆだねた。面接まで、まだ一時間半はある。他国のゲリラに包囲されるという、極端な事件でも起きない限り、遅刻することはない。緊張しているのかどちらとも言えず、心臓はいつもと変わらない速さで、肋骨の内側をノックしている。
カップルだろうか、窓際の男女はまだ互いの世界に没頭して、いかにも楽しそうに見えた。ここ最近は、幸せそうな恋人同士を、割と平静に眺められるようになった、気がする。少なくとも、若いころのあの、身もだえせんばかりの強烈な嫉妬心は、もう湧き上がってこない。逆に、いわゆるパワースポットのようにして手を当て、御利益にでもありつこうか、とろくでもないことを考えているうちに料理が届いた。
湯気の立つリゾットの味は申し分なかった。思ったよりも厚いチーズの層とたらこであえたライスに、オリーブオイルと、おそらく隠し味にニンニクが加えられている。歯ごたえのある野菜との相性もよく、噛むと緑と乳たんぱくそれぞれの風味がからみ合い、生き生きとした味わいにうつり変わる。
丸々として弾力のあるパンを、食後のアイスティーで食べていると、声がした。
「就職活動ですか」
見上げると、色白で髪の長い男がテーブルの前に立っていた。ベージュのエプロンをしていて、胸のネームプレートには「店長 西松清一郎」とある。
まだ食べ物を咀嚼していた私は、あわてて口の中のものを飲み込んだ。
「わかりますか」
「ええ、履歴書も用意されているようですから」
そう、私はリクルートスーツを着ていて、おまけに半分に折った履歴書を卓上に置き、その内容をつぶさに確かめていた。
男は何のことわりもなく私の前の椅子をひくと、一切の迷いもなく腰をおろした。まるでそれが、その店独自のルールであるとする態度に、私は目を見開きながら、驚いた様子をあらわにした。しかし、その店長らしい男は私のとまどいを少しも気にかけず、霧のようでありながら、しつこい薄ら笑いをこちらに向け始めた。




