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男はためらいなく私に近づくと、がぽっ、と私の頭にヘルメットをかぶせた。それから私の腕を取ると、そのまま力任せに階段の方へと引っ張っていった。
ヘルメット内で触れる頭の腫れを気にしつつ、私は奥の階段を強制的に上らされた。五階についてから見たことではあるが、我々の他に数人の客(?)が上へ向かおうとしている。そのいくつもの顔は、私と違い、これから映画でも観るような気楽さとときめきに満ちあふれている。
思った通り、上がった先は屋上で、広い自動ドアが開いた瞬間、熱波が顔に吹きつけた。それは、真夏に室外機から放たれる排気と同じくらいのむさ苦しさではあった。しかし、運ばれてくる不快さは、それを軽く超えてくるように思えた。
真っ赤なバルーンで吊られた広告は、地上で見たまま、あまねく炎に包まれている。そして、空へと立ちのぼるその炎柱に透けて、そこに書かれた私の名を見ることができる。
一体何のつもりなのか、気球内の気体は爆発しないのか、と、次から次へと疑問がわくうち、あの警備員の声が辺りに響いた。
「一つ約束を決めましょう。この線から前には出ないでください」
どこぞのスピーカーからの音声であり、警備員がすでにマイクを使っているのは、目を向ける前からわかった。だが、その言葉は私にではなく、そこに集まった大勢の客に向けられているらしかった。
「あなたはここに立ってください」
聴衆(?)の方に向かおうとする私は再び、ぐい、と引かれ、警備員が指す位置に戻された。これにより、燃える広告を背に我々二人が立ち、警備員が示した白線をはさんで、客らしき者たちと向かいあう、という形が出来上がった(出来上がってしまった)。
「さて、あなた」警備員がマイクを通し、嬉しそうに語りかけてきた。「後ろを見てください。体ごと向いてはいけません。それだと、お客さんにお尻を向けてしまいます。そう、体はお客さんに向けて、首だけ後ろへ向いて」
警備員に言われるがまま、そうすると、変わらない喜々とした語り口で訊かれた。
「何が燃えているんです?」
私は答えずに、首をゆっくりと警備員にもどした。男は目をそらさず、しっかりと私の目を見据えてくる。顔には最低のうすら笑いが浮かびつつも、相手の恥など一切かえりみず、目的を達成しようとする一貫した意思が感じられた。
「何が燃えているんです?」
「・・・私の名前です」
仕方なしに答えると、警備員はいつの間にか手に持っていた鉄製のふたで、がんっ、と私の頭を叩いた。そのとき、聴衆の笑い声がひとかたまりになって、どっ、と沸き起こった。
私は焼きつく背中を丸め、男が手にしている、そのふたらしきものに目をやった。すると案の定、あの有名な蒔絵風デザインに小さく書かれた「モロゾフ」の文字が見えた。
ヘルメットをかぶっている(かぶらされている)とはいえ、まだ引かない腫れが、おそるべき周期で痛みを送ってきた。客の一群の中に、カップル、夫婦らしいペア、そして赤ん坊を抱く女性まで見られたが、揃いも揃って、もだえる私の姿に大盛り上がりでいた。




