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再びホームで首を振り向けても、出口は見当たらなかった。線路を挟んだ向こう側には、真っ黒い葉の木々が林と呼べるほどに聳えている。
背後では、足元の朽ちたコンクリートと同じ素材の柵がホームと外とを隔てている。そこに幾本ものツタが育つにまかせて絡みついているが、それらはもれなく枯れていて、触れないほどの汚らしい印象はなかった。
仕方がないので、私は柵に足をかけ、そのまま乗り越えた。思った通り、警報の類は鳴らず、無賃乗車(?)をとがめる者も現れなかった。柵の突端をまたぐ際、スラックスの内側がこすれたが、繊維に少し跡が残っただけで、破けはしなかった。
わずかではあるが人心地ついた気がして、駅前の広場らしい場所で様子(向こうの出方?)をうかがうことにした。
数歩先の噴水はとっくに機能を失ったらしく、ところどころ苔むしている。それを中心に広がる敷石はデザイン性を感じさせるものの、隙間には砂利がたまっていて、やはり風化を隠しきれずにいる。頭上は、鉛筆でぐちゃぐちゃにひいたような雲で覆われていて、少なくとも、昼食でも広げたくなるのどかな印象は、ない。
「下の娘が」男の声がし、その方向に視線がつられた。
広場の向こうに大型スクリーンが設置されていて、そこに白髪で背広姿の男が映し出されている。落ち着いていて教養が深そうではあるが、やはりこの男も、世間の棘を長年かいくぐってきたためか、疲れ果てた印象をぬぐい切れていない。画面下には、九十年代のホームビデオにある雑なフォントで、「市長」とだけ表示されている。
あふれ出んばかりの不満を押し殺すような声で、市長を名乗る男の独白が始まった。
「下の娘が口をきいてくれません。私は間違いなく、子供が生まれたときから、十分な愛情を注いできました。娘が駄菓子屋で万引きをしてきたときは、頬を張ってやり、さらに、そこがリビングであるにもかかわらず、バケツいっぱいの水をぶっかけてやりました。私は常に、正しいことは正しい、悪いことは悪い、と、事あるごとに諭してやりました。どこの馬の骨かわからない男のバイクで朝帰りしたときは、クローゼットの服、タンスの下着、全てを道路に放り出し、『お前は二度と帰ってくるな』と、厳しい言葉をかけてあげました。なぜ娘は、厳しくも深い親の愛に気づいてくれないのでしょうか。一体、どうしてなのでしょうか。私の何が間違っているというのでしょう。私は常に正しく、間違っているのは子供の方です。責任は全て娘にあります。ああ、思い出すだけで腹がたってきました。今まで子育てにかけた金、時間、そして親の苦労は一体なんだったのでしょうか。下の娘からの無視という結末のために、今まで精一杯仕事にはげんできたのであれば、これほどやり切れないことは他にないじゃありませんか」
がたん、と突然スクリーンが落下し、前面から地面に激突した。LEDか何かわからないが、きっとディスプレイは粉々にくだけただろう。裏側を見せながら伏せたスクリーンは作動を止め、それから市長の「訴え」も聞こえなくなった。




