第9話 神へと至る才能
「暑い…。まだ、春先だぞ…」
まるで俺の歩みを阻むかのように、ぐったりとした暑さが全身に纏わり付いてくる。
アイスクリームの一つや二つが食べたい。いや、コーラも良いな。
実は神凪を取りに行った際に、万が一のことも有ろうかと人間時代の小遣いも家からこっそりと取り戻していた。
しかし、湊としてはお金を使うわけには行かなかった。退魔師というのは、人ならざる物に対しての嗅覚がもの凄く鋭い。人と交流すると、何かと面倒な事になってしまう。
「アイス、コーラ…。食べたかったなぁ」
「はい、カットォォォォ!!!いや~、素晴らしい演技力ですねぇ。さすがは未来の俺!!」
「暑さで頭がどうにかなったんじゃ無いのか?」
杖のあまりの変貌振りに湊は困惑していた。
先程までの流れは、演技であった。神力を隠すのはどうにか出来ても、一般社会に紛れる際に人としておかしな行動に見えるのは避けるべきで有った。
「いや~。たまには狂わないとやっていられませんからねぇ。一億年を野郎と一緒に過ごさせたのですから、これぐらいの事は良いでしょう」
「いや、それはそうだが」
「まあ、それは良いです。アイスの味も分からないし、暑さも感じない神様にこんな事をやらせる方が酷ですよね!!」
「ホント、良い性格しているよなぁ」
自分がこうなっていたのかもしれないという可能性を杖によって見せつけられた。でも、頼むから人前ではそう言ったことはしないで欲しい。少なくとも昔の俺はそんな事は言わなかった。
「はいはい。僕は何かあった世界線の八代湊を演じているだけですから。お気になさらず」
「とにかく、ヤツらの本拠地に行くのが最優先だ。道案内頼むよ」
「そんな…。力を使えば一発で済むのに…。」
「あのなぁ。人間らしさにこだわっているのはお前だろ!?それに、おれも街の風景とかをこの目に焼き付けておきたいんだ。神というフィルターを通してしか物事を見ようとしないのはつまらないしな」
弱点になりうる要素は今のうちに潰しておきたい。時間をかける鍛錬とは違い、一種のひらめきによる成長がこの道のりにはある。
「そうですか。そんじゃ、お任せあれ~!!!」
もう何も言わなくなった湊であった。
「それで、八代湊に関してはどのように対処をすれば良いと思う?」
病院の院長室で、院長と言うには余りにも若々しく、テロリストの長と言うには柔和な雰囲気を醸し出している男が、何やら部下と話し込んでいた。
「無論、様子見といった所では無いでしょうか?彼が神となれたのは我々の技術力は勿論、彼の才能が有ってこそですから。まだ手を出すには早いかと思われます」
「こんなのは結果論に過ぎん。たまたま死に場所を求めていた少年が、たまたま神へと至る才能を持っていて、それが私達の元へたまたま転がり込んできただけさ」
「いやいや、それでもその未来を掴み取った貴方様が凄いのですよ」
ふっ、と言われた男は笑みを漏らした。
「本当にお前はおだてるのが上手だな。その心に一切の陰りが見当たらない」
「光栄でございます」
「では、予定通り今回は様子見とする。置き土産もある事だし、その苦悶に満ちた表情で手打ちにしてやろう」
ああ、早く絶望して欲しい。彼の努力は努力で無い。必然だ。勝つことが当たり前。負けることは許されない。守るべき物からは恐れられ、敵は次第に絶望へと変わっていく。私はただ人類崩壊の起爆剤を作っただけ。
「さあ、俺だけに見せてくれ!!史上最高に狂ったこのエンターテインメントを!!!」
理不尽には理由が無い。ただ、そうあっただけのこと。それ自体に意味は無い。そう生まれてきただけの事。理性による歯止めなど愚か。性悪説も性善説も、ただそれだけ。壊したければ壊し、救いたければ救え。
それは全て己のためだ────。
遂に、あの忌々しい病院へと辿り着いた。ボロボロの外壁。郊外の病院で、治療が完璧すぎるといった怪しい噂もあったが、患者からの評判は良かった。裏の顔を知る二ヶ月前まではそんな暗い面影を一切感じることは無かった。二万六千人の死骸は今もなお行き場を失っている。
「和泉総合病院。皮肉が過ぎるだろ」
ここは、平和でも何でも無かった。ただ、人類の進化の為の礎の場所に過ぎなかった。
くまなく病院を探す。無意識に何処かへ誘導されている気配がするが、逆らわずに行くことにした。エレベーターを使って到着したのは、院長室。
透視を使うまでも無かった。そこには最悪が待っている。これはほんの入り口に過ぎない。
意を決した後、部屋に入ろうとドアノブに手が触れた瞬間、猛烈な悪意が湊の意識を刈り取った。
自分の為が、誰かの為になれば良い。それは、俺である必要はない。誰かの二番煎じでも良い。人として生まれた事に、意味がある。俺に終わりは無い。永遠が地の底で口を開けて待っている。
様々な動植物の命の数々。特に人類の命。それは少年にとって守りたい物だった。一生自分が経験できない物を彼らは持って居る。幸福も不幸も、生も死も、性の喜びも俺には何一つ無い。あるのは、努力と才能のみだった。彼らを妬む必要は無い。何かを生まれ持って居るだけでも、俺は恵まれているのだから。
でも、俺は彼らを守りたい。何故か。神は人によって作られた。人は神よりも脆いのに、不完全なのに、神を作った。人が神を望み、挙げ句の果てに作ってしまうのならば、俺はその役目を果たしたい。信仰心など要らない。ただ、誰かの為になりたかった。
死を望んだ筈の自分に、楽園は訪れなかった。死は平等である。そんなはずが無かった。才能がそれを許さなかった。
己を呪うか?いや、愛してあげないと。この力を持った人が他にも居るのならば、誰かの道標にならなければ。俺は、特別じゃ無い。きっと更に洗練された才能が出てくる。それでも、少しだけ先を生きた人間としての意義を俺は見せてあげなければならない。才能だけでは無く、努力の価値という物を教えなくてはならない。間違っていれば、後任に正して貰わなければならない。
「行けるところまで行ってやる。例えそれが運命の歯車に過ぎなかったとしても」
下手な自己回帰は終わった。いつの間にか室内に入って居る。今更決意を固めたところで、どうすることも出来ない。奔流する悪意は、少年に一枚の紙切れを見せることにした。
『このプロジェクトは、国家公認の元に行われている』
シンカニハ、ギセイガツキモノダ。
ふざけている。これは余りにも、ふざけすぎていた。
「だったら、政府の名の下でやれよ!!!そんなに批判が怖いか!!そうだよな!!実の子を実験体に差し出すような親なんて、知られたくないもんな!!自殺志願者を救うという名目にすれば人が集まると思ったか!!今なら分かるよ。そんなキャッチコピーを鵜呑みにして、断腸の思いで子供を思って送り出した親もいるってことを。その人達まで、クソ野郎にするつもりなのか!!ああ‼?実験体にされていたのは、お前らのこれからに不要な子だったとでも言いたいのか!!!」
湊は、感情のままその神を握りつぶした。それが、いけなかった。
ぐちゃり。
赤黒い液体が、掌から溢れ出した。
ぐちゃ。ぐちゃ。ぐちゃ。終わりへ向かって押されたスイッチを止める手段はもう存在しない。
一つの崩壊を中心に、勝手に体が崩壊へと自発的に行動する。
人が死んでいく。ただ無機質に。
「あああぁぁぁ!!!止まれ!!!止まれよぉぉっ!!!!」
掌でそれらをかき集めようとするも、あっけなくその肉片は、姿形も無く消えてしまった。
「何だよ。何なんだよぉぉ!!!」
俺に情報を伝えるためだけに殺された。人一人に存在意義を見いだすのは愚かな事なのだろうか?見いださなくても、それはそこにあった。ただ、それだけだ。そのことに気付く余裕はとっくに薄れていた。
結局感情からは逃げられない。人が紙になった現状にはもう耐えられなかった。
目の届く範囲でしか、守れない。数多の犠牲を出して生まれた自分は、一体何なのか。
杖は、すでに折れていた。




