第8話 罪の簒奪者
男達を弔った後、湊は自身が持っていた白亜の鍵の状態を確認した。
「時間停止魔法。それを自らの技量のみで、自由自在に操るとは」
まるで空間における分子の動きを一部分だけ固定したかのようだ。否、魔法と言う術を用いて実際に行っているのだ。
これだけの魔術を解析し、なおカタチを保っている白亜の鍵を見て、湊はうっすら微笑んだ。こう言ったアーティファクトを試作し、用いてみるのは人間時代の一種の憧れであったからだ。
湊の笑みに答えるかのように、鍵の方も純白さを増していった。
「この科学的視点から見たイメージも戦闘に役立つだろう」
一つの物事を多角的視点から見る。それだけでも得られる物は多い。
とにかく今は手札が欲しかった。勝率を上げるために必要な力が。そのためにわざわざ危険を冒して、高坂の狂水の乱舞や睦の悪魔の力を手に入れたのだから。
だが、多種多様な手札を持っていたからと行って、その全てが完璧とは言えない。それならば、一つの技に時間を費やした者の方が勝つ確率は高いだろう。自分が積み上げる一つの技は何なのか。そうして俺が選んだのは、神凪と共に歩む剣術であった。先祖達が紡いできた歴史。積み上げていく物。自分に自信を付けるには、それが一番手っ取り早かった。
あの時間は間違っていなかった。工藤環奈との対面を経て湊は、二日前に修練していた時の事を思い出す。
現実の世界で一日、亜空間の中では一億年。剣のスタートラインとしては上々であった。外に出る頃には記憶は消去されている。だが、体は覚えている。彼らを助けるためにはそこまで鍛える必要があった。
最初の体作りは、筋トレとなんら変わりは無かった。等尺性運動と等張性運動。しっかりと織り交ぜる事で筋肉を付けていった。次に走り込みと足さばき。体勢を崩されても臨機応変に立ち回るには、必要な事だ。そうして、最期に素振りを行う。何処かのフリーマーケットにタダで売られていたタイヤと竹刀を用いて湊は修練に望んだ。
時に打ち込みをして、刀を用いた感触を確かめる。アドバイスは杖が行ってくれた。俺の代わりに情報を集め、アドバイスをしてくる。余計な気を遣わないで済むというのは、正直ありがたかった。独学で過ごしたのでは、修正するのに時間が掛かってしまう。
対人戦の練習では自らが生み出した幻を元に対人戦を行った。此処からは神凪を用い始めた。何度も斬る、斬られる。痛みは感じるが、それは立ち止まる理由にはならない。誰よりも強くなれる可能性を秘めているのに、サボるのは彼の心が受け付けなかった。
飲まず食わず、ひたすら剣を振り続ける。たまに修正し、より高みへと至る。これだけ剣を振り続けても、負ける可能性が無いとは言い切れない。この時間が只の自己満足であってはならない。
目標のために何かを積み重ねるのは、皆同じだ。たかが他人より積み重ねた時間が多いからと言って威張るのは違う。
その心構えが、あの場を切り抜けるのに役立った。世界最強の魔術師に何もさせずに目的を果たせたのだから。おまけに情報も手に入れることが出来、湊は内心喜んでいた、という訳でも無かった。
「ここまで上手くいったのは何時ぶりだろうか」
気を緩める理由にはならないが、張りつめていた気持ちを緩めさせたのは確かだ。湊はより一層周囲の気配に耳を傾ける。
幸い、殺気を感じることは無かった。湊は罪を奪いに始まりの場所へと向かった。
「睦!!!」
宮坂睦は、よく知っている天井の目の前で目を覚ました。思うように動かない体で辛うじて声のする方に目をやると、泣きっ面の環奈が目に入った。
「か・・んな・・さん」
「大丈夫。大丈夫だからね」
泣きながら睦を宥める環奈。その姿が睦には彼女自身に言い聞かせているように見えた。
「結人、と湊君は…?」
結人呼び!?と環奈は驚いたが、その驚きを顔には出さずに聞かれた事に答えることにした。
「高坂君は、あなたと同じように自室で休んでいるわ。そういえばさっきお見舞いに来てたわよ」
相変わらずのタフさに睦はクスリと笑った。
「でね、湊君の場合は上層部の奴らを殺して逃亡したわ」
「そう…。」
「驚いているようには見えないけど、あなたは知っていたの?」
ある確信を持ったかのような表情で環奈は睦に尋ねた。
「ええ。私は彼と魂の回路が偶然繋がったんです。その影響で、彼が何を考えているのか断片的に分かったんです。彼は人々の罪を奪うつもりでした」
「罪を…奪う?」
「そうです。人は失敗から成長します。ですが、時には立ち直れない失敗を犯すこともあります。彼はそういった失敗を奪う、、、訳ではありません。むしろ、そういう失敗に限って受け取らないのです。彼が奪おうとしているのは、これから罪を犯そうとしているその瞬間です。未来が確定する前に彼は横やりを入れるつもりなのでしょう」
「それでは、彼には罪の簒奪者という名前が似合うかもね」
環奈自身、罪を湊に簒奪された。それは、神となった彼にしかできないことだ。人生の核となるものは奪わない。奪うのは、破滅をもたらす存在のみ。
だが、人類にとって未だ脅威である事は変わりない。彼の様な存在が居るからこそ、私達は生活出来ている。人々の恐れを受けずに済んでいる。
機密事項として秘匿されている退魔師の存在は、長らく史実を基にしたフィクションとして認識されていた。しかし、カオスルミナスが犯行声明を発表して以降、存在が明るみに出てしまった。
魔術師や、陰陽師、退魔師などは基本的にそれぞれの神々がいるから成り立って居る。魔の物を祓うという名目で。神は存在する。その前提によって、文化という物は正と負の面はありつつも発展してきた。そして、湊のような人から神という存在に進化した事例が発表されてしまったことで、神が居るという証明をしてしまった。
無神論者、信仰心の厚い人々関係なしに、人類という種が才能を開花させる可能性が高まってしまった。
才能は、沢山の物に触れていく中で、一つでも自分にあった物が見つかれば良い方だ。昨今の世界情勢を見ると、人々の生活水準は上がってきている。それだけ、才能を開花させる可能性が上昇したと言うことだ。
当然、才能の中には人々に役立つ物もあれば、人々に危害を加えてしまう物もある。だが、それを無闇に潰してしまっては、神からの贈り物を無下に扱うことになってしまう。もしそうした弾圧が退魔師達によって行われれば、彼らは神の名を盾にして、暴れ回るだろう。かつての日本で僧兵が行った強訴のような事が起こるのは目に見えている。
才能が暴れ回るこの事態を止められるのは、”八代湊”只一人を置いて他に居なかった。退魔師教会の保守派としては、唯一神たる我らが神以外にも、陰陽師や日本の八百万の神々を癪だが受け入れ、尚且つ共同戦線を張っていると言うだけでも我慢の限界だというのに、新たな神が出てきたのでこれ以上神を認められるか!!といった感じなのだ。
ただ、保守派以外の面々(革新派)は、魔の物を倒すと言う大きな目標によって一致団結していたため、湊に対しては比較的好意的であった。睦に対しても力その物では無く、どう使うかに重きを置いて彼女の居場所を作った者達だ。睦と言う前例があって、彼らはそこまで彼と戦う意思は無かった。
「今となっては、日本内部では保守派の面々の勢いが八代君によって弱まっているから我々革新派が独立できるチャンスなのよ。まあ、魔を祓い続けるという活動内容は依然と変わらないけど、あなたや八代君のような人がこれからも生まれる可能性があるでしょ?そう言った人々の居場所を私達は作りたいの。まあ、所詮は理想論だけどね」
ウインクをして環奈は帰って行った。話をしている間にいつの間にか体は自由を取り戻していた。
「居場所。湊君が帰ってこれる居場所…。私も作ってみたいな…」
「おっし。じゃあ決まりだな」
「ゆゆゆ、結人君!?」
「おう。アイツじゃ無くて悪かったな」
睦は目を白黒させて驚いていた。環奈の圧倒的な存在感に高坂の存在感を全く感じることが出来なかった。
「さっきの話、聞いていたの?」
「まあな。耐久力が売りの俺としちゃあ、あれぐらいでへこたれるわけには行かないぜ」
と言って、ボコボコにされてたけど…。
「あっ!!今失礼なこと考えただろ!!まあ、良い。これからの人類の行く末の為にも、お前の恋心の為にも、俺が一肌脱いでやる」
「恋心って・・・」
「一目惚れだろ。お前を見てれば分かるよ。最初は、同じような境遇を持った先輩として接しようとしたが、良いようにあしらわれて、そこから…」
「わーっ!!!!わーっ!!!!聞こえませーん!!!!」
赤面した睦を見て、高坂はニヤリと笑みを浮かべた。
「睦はキチンと笑えてますよ。師匠」
零れ落ちた涙は、うっすらと輝いていた。




