第7話 淡泊な死/ここから
「八代湊、恐ろしいわね」
未だ滴り落ちる汗を拭い、工藤環奈はもう動かなくなった男達を見て、忌々しげに呟いた。
世界最強の魔術師の名においても、勝算はあった。しかし、それ以上にあの殺気は彼女の想定を上回っていた。
「ここまでされちゃあ、敵対する理由が無いわね・・・」
彼は、殺そうとした自分の罪を被った。確実に起こりうる罪を無かったことにしてしまった。人としての弱い部分を彼によって消されてしまった。敵と仲良くする程には甘い男だと聞いては居たが、これ程までとは。おまけに渡された鍵には、死んだはずの二人の魔力が宿っている。それが彼女に落ち着きを取り戻させていた。
何かしらの解呪方法が分かれば、二人を蘇生できるのかもしれない。だが今は希望よりも後始末への対処のほうが彼女にとっては緊急の課題であった。死んでいったコイツらは、仮にも組織のトップなのだ。ただし、いくら日本支部の上層部の首が切れたと行っても、イギリス本部から派遣されてくる上司とは折り合いを付けなければならない。だが、このままでは衝突する未来が目に見えている。
「独立しようかしら」本部とは同盟と言うカタチにしておいて、方針は此方で決める。二度と先代の死を踏みにじらせるわけには行かない。今回の出来事で彼女は強くそう思った。派閥争いに加わるというより、派閥ごと独立してしまえば良いのだ。付いて来る人は保証できないけれど、やれないことは無いわ!!!彼女には、笑みすら浮かび上がっていた。
魔の物は倒すが、八代湊とは話をする。そう言う場所があっても良いのでは無いか?それにもし,
睦達が生きて帰ってきた場合の居場所作りにもなるし。世界最強の名は伊達じゃないって所を見せてあげるわ!!
今後の方針が纏まったのは良いが、そろそろ騒ぎを聞きつけて部下の一人や二人がやって来るかもしれない。
「エンド・オブ・ザ・ワールド」
取り敢えず、といった体で彼女は局所時間停止魔法を使用した。といってもこれは只の時間停止を彼女の技量で局所的に留めているに過ぎないのだが。証拠品は彼女の使い魔が映像記録を残しているとは言え、疑われるのは困る。
面倒くさいけど、本部に連絡しないとね…。
だが、放った魔法はいつの間に死体の前に移動していた鍵に吸い込まれていった。
『白亜の鍵』を解放します──────。
慌てて攻撃しようとするが間に合わず、逆に鍵は死体達を飲み込み、そのまま消えてしまった。
置き土産は、睦と高坂の肉体と呼吸音であった。
環奈のもとを去った湊は、人目を避けるように裏路地へと入っていった。隠形を駆使している為、当分の間は大丈夫だろう。刀に神力を纏わせたように、地球全体にうっすらと神力を纏わせておくことで退魔師達にばれる心配も無い。元々神と言う概念がこの世界にはある。それぞれの地域に神への信仰という名の下地は出来て居る。そこへ自らの個性を出さず、極めて平凡な域の神力を用いてアクセスをして世界に同化したところで問題は無かった。
八代湊は人造神だ。だから、他者は彼を縛れない。彼は彼の理性と良心によってのみ縛られている。
「俺が、殺した」
杖はただ湊の心を観測していた。湊が持って居る方の白亜の鍵には、男達の死体が収納されている。
「そうだね」
これからの自分が何をしようかと考えているのか、それに対して効果的な一言を繰り出すのが自分の仕事だ。
「でも、裁きを下さなければいけない。人の罪を背負うのが俺の仕事だ。だから、お前らには迷惑をかける」
「過去の自分に迷惑をかけたって、それはいずれ君自身に返ってくるんだ。僕が言えた事じゃないよ」
「あのクズ共を生き返らせても良いかと思うか?」
「それは、駄目だ」
自分はヒーローじゃ無い。そんな甘い考えを言い訳にするほどブレイン・ロッドは落ちぶれちゃいなかった。
「自惚れるな。君はヒーローじゃ無い。不殺を貫ける様な状況なんて無いだろう。おまけに、お前は天罰を下す存在だ。神の名にあぐらを掻いて居座る者どもに天罰を落としただけだ。例え、人を生き返らす力を持っていたとしても、それは大切な人の為に取っておけ。ただ、お前はアイツらの寿命を早めただけだ」
うっ、と湊はブレイン・ロッドによる指摘による返答に言葉を詰まらせた。もう一人の自分がこんなに立派な事を言えるとは。あんなに嫌っていた過去の自分が、今では少し格好良く見えた。
殺された未来と、生きている未来。二人は僕の物じゃ無い。あの時、アイツはどんな思いでその言葉を口にしたのだろうか?杖が何を言いたいのかを、湊は理解していた。だからこそあの場でああ言ったのだろう。俺の決意を固めるために。過去の自分と今の自分。それぞれの自分が経験によって独自の生き方を形成していく。つくづく自分という物が恐ろしいと今の湊は思った。
「でも、お前喚いたりアドバイスをしたりって忙しいヤツだよな」
仕返しとばかりに、湊は杖に向けて軽口を叩いた。すると今度は、杖の方が言葉に詰まった。冗談だと分かっていても、自分自身に言われるのはきつかった。同一人物の過去と未来を分けたところで、結局は本質から逃げられない。生まれ持った魂が、それを決定づけていた。
また、睦と魂の繋がりを構築したところで特に変わった所は無かった。せいぜい彼女の魂の輝きと力の本質を理解したぐらいだろうか。能力のコピーも行った。円環の盾を介さずに行ったため、何か影響があるか心配したが、神力がカバー代わりを果たしくれたのか、問題は依然として起きなかった。
彼女の能力は、悪魔という物を知るにはとても興味深かった。自分のことを知られ、例えそれが弱点になっていたところで、湊に問題は無かった。不完全さが今となって人間であった頃の自分を象徴してくれた居るからだ。あんなに嫌いだった物が今では自分にとって大きな存在になっていた。
「ただまあ、当分は分けたままで良いんじゃ無いか。二人で一人って格好いいし、判断力も上がるだろ。それに俺は感情を今までの自分の感情を棒に移動しただけだ。決して逃げただけじゃ無い。俺なりの戦い方だ。これからの自分はまた感情を学んでいく。多少の感情の希薄さなどもあるだろうが、それはそれだ。いつか俺達が一つになった時に、俺はようやく一人前になったって言える」
感情を移したとはいえ、これから経験していく出来事で新しい自分が出来る可能性を湊は先程まで失念していた。
「で、当分はどうするんだ。また亜空間生活に逆戻りか?」
一筋の陽光が路地裏を指してくる。余りにも眩しすぎて、湊は立ちくらみを起こしそうになった。お天道様っていうのは、誰にでも平等だ。俺もいつかはこんな風に…。
「これからの俺は、人の罪を背負い続けることにした。だから手始めにコイツらの弔いをする。でもって、次はカオスルミナスの面々に会いに行く」
路地裏の少年は、汚れていた。その汚れは負であり、罪であり、少年の道標であった。汚れがあるところに、八代湊有り。
少年は、進み続ける。
「あれ、私達は確か湊君に殺されて…」
睦はそういって辺りを見渡した。だが、暗闇ばかりで何も見えない。かのダンテが神曲で描いたような地獄でも、閻魔大王が居そうな地獄の雰囲気でも無い、無機質で真っ暗な空間であった。
コツコツ、と誰かの足音がした。
「高坂君!!!」
魔力の流れですぐに彼だと分かった。
彼は怠そうな感じで、睦に近づいてきた。
「おう。ところで俺達は死んだんじゃ無いのか?こんな無機質な場所始めて見たぜ」
光も届かない闇。ただ、お互いの魔力が共鳴することで、彼は生きている事を実感していた。
「湊の野郎、一体何考えてやがるんだ?」
「わ、私が彼の魂に繋いで見るよ。私だって成長してるんだから…!!」
これまでの体験で、彼女は一段と進化を遂げていた。
闇には闇を。彼女が広げた闇は色が付いていた。
「慈愛の蝶」
まずは外へ出る出口を見つけねばならない。闇を帯びた無数の蝶が散開していく。
だが、止まったときの空間の中で湊の魂はおろか、めぼしい物すら見つからなかった。一寸先は闇。諦めずに続けること数十分、ようやく鍵穴のような物を睦は捕らえた。
「何か見つかったのか?」
「えーとね、30km先ぐらいの所に鍵穴みたいな場所があるよ」
「そうか…。鍵は俺が作るから、形状を教えてくれ」
「うーんと、これはウォード錠だね」
「分かった。蝶は?」
「はいはい。此処にあるよ」
そう言うと一羽の蝶が高坂の肩に乗ってきた。高坂が蝶を掴むと、水と化した魔力が蝶を覆い、蝶が見た記憶の通りの鍵へと瞬くまに姿が変わった。そのまま、氷へと融解させる事でカタチを固定する。
「行け、流麗の雨」
世界が動き出そうとする程のスピードで、鍵は射出された。
狙うは鍵穴。一分も経たないうちに鍵は目的地へ到達した。ガチャリと、解錠の音がする。
突如、鍵は白色へと変化し、その勢いのまま光が闇を包み込んだ。
『白亜の鍵』を解放します──────。
内と外、両方から放たれた魔力の奔流を以て、二人は現実世界へと帰還した。そして、入れ替わるようにしてある男達は暗黒の世界へと足を踏み入れていった。




