第10話 ちっぽけな悪意と進むべき道
「良いね。良い感じに絶望しているね」
秘書が運転し、都会へと向かう車内で、院長、もといカオスルミナスのリーダーは楽しげに呟いた。
「本当にこれで良かったのですか?」
「というと?」
「本当に人払いの結界を維持しなくてよろしかったのですか?」
「勿論、抵抗はあったさ。君のその反論はもっともだよ。だけどね、秀。君は余りにも真面目すぎる。もう少し融通が聞いた方がもっと面白くなるぞ?進化というのは、予想通りに行く物では無い。我々の予測を超えるのが当たり前、どうせ予定通りに行かないのだとしたら、それを利用してやろうとは思わないかね?」
秀と呼ばれた男は、先程院長室で彼の問答に答えていた彼の秘書だ。リーダーは、彼の優秀さと若さ故の融通の無さが大層気に入っているらしかった。
「・・・」
突如、斬撃がリーダーの体を貫いた。血飛沫が、秀の頬を掠める。
「反撃だね。ほぅら、面白いだろう?」
「左様でございます」
リーダーから秀の顔は見えなかったが、とても良い笑みを浮かべていることだろう。
それとは対照的にリーダーは自分で湊の事をけしかけておいて、その心は酷い怒りに包まれた。
「神風情が創造主に楯突くとは。やっぱり彼は不良品だったか・・・?」
「不良品とは・・・?」
リーダーの気に障らないように、只淡々と質問を秀は口にした。
「感情のままに動いているって事さ。これではただ強大な力を持て余した人間と変わらない。死なないという一点を除いては、ね。まあ、元が人間だから神になったとはいえ、感情に引っ張られるのはある意味自然なことだといえるかもしれないが、それでは困るんだよ」
「計画の邪魔になると言うことですか?しかし、計画はもう・・・」
「僕らはロボットの様な神を求めていたんだ。天国と地獄を間違えないような、そんな神を。宗教とかで人が苦しむならば、誰よりも強い神を作れば良い。魔術という式と神という存在が居るんだ。そうするのに理由は要らない。」
「それでは八代湊と言うのは」
少し、秀としては話に気分が乗ってきたみたいだった。
「そうだね。人類にも、神の側にも立たない第三者となってしまう。人類の退化を引き起こしてしまう可能性があるんだ。例えば、私達に対して神が余りにも強大すぎる才能を与えたところで、それとは別の能力を人類が生まれながらに秘めていたところで、それを使い切れるかって話。それに、才能や能力については発言するかどうかにも運が関わってくる。これを僕らみたいなテロ組織にやらせるんだから、国も切羽詰まっていたんだろう。よっぽど成功率は低かったみたいだし、失敗をすれば責任は僕らに負わせれば万々歳。可能性があるならば賭けてみるとか言う次元の話じゃ無いんだけどなぁ」
血は、すでに止まっていた。愛おしそうに、その傷口をリーダーは見つめる。
「混沌こそが、この世界に光をもたらす。そう言う視点で見れば、君たちの判断は実に正しかったみたいだね」
車は夜の街を駆け抜けていく。
だが、彼は忘れていた。例え八代湊が不良品だとしても、神であるということを。神とは「矛盾の体現者」であることを。どのような存在も進化すると言うことを。そして、病院が肝試しのスポットになっていることを。
『急募。和泉総合病院に入りたいんだが、どうすれば良い?』
夜中のインターネット掲示板上にこんなスレッドが立てられていた。
二ヶ月前まではキチンと営業していたのだ。国家の自殺志願者に対するプロジェクトも進んでいたらしいのだから、そうとう影響力のもつ人物がいたのだろう。
しかし、突如として病院は閉鎖し、入院していたはずの子供達の行方も分からなくなった。外観も急に寂れており、極めつきには中に入れないのだという。
そんなこんなで怪談好きや週刊誌の特集、SNSなどでも話題となっていた。
『ああ、何か入れる様になったぽいぞ』
『え?』
『さっき、病院の関係者と名乗る人物から入れる様にしておきました、という連絡が雑誌に来たみたいなんだよ。ただ、その人が言うには、お化けが居るのは本当らしい』
『そうなのか?例えば、元は墓地を埋め立てて有ったところに病院を建てて、その上にああいうプロジェクトを行ったから、幽霊さんが怒って神隠しに遭ったとか。おっ、我ながら良い推理だぜ』
『お前の推理は聞いてねぇよ。んで、スレを立てたお前はどうしてあの病院に行こうと思ったんだ』
『ただ、生きているっていう実感が欲しいんだ』
本田颯真は、有り難うと最後に書き込んだ後にスレッドを終了した。
親にばれないように準備をし、手紙を残して家を出た。
和泉総合病院。俺の友達もそこに居た。アイツは、俺が殺したようなものなのかもしれない。
彼の自殺を止める事が出来たのは良かったものの、彼に生きる理由を与えようとしていた俺は自分で責任を取る勇気も無く、思わず話題になっていた病院のことを打ち明けた。
”俺がお前の生きる理由になってやる”とでも言えれば良かったのだろうが、あいにくそんな事は恥ずかしくて言えなかった。
それから高校生となり、俺は彼に謝ろうと思っていた。お金を貯め、彼の居る病院まで行こうとした。だが、彼は会えなかった。突如として消えてしまった。でも、入れる様になった今日ならばチャンスがある。
絶対、逢いにいってやるからな。終電にはギリギリ間に合いそうだ。
その時、彼の瞳がうっすらと輝き始めた。
もう良いよ。これで一体何度目だ。過去を振り返っていい気になって、ほんの少し努力したぐらいで粋がって、挙げ句の果てにこのざまだ。
何度繰り返せば良いのだろう。それは繰り返し続けるしか出来ない。肉体の進化は出来ても、精神の進化がまだまだだ。
「逃げたのは、一度向き合った証拠だろ?」
誰に言われたかも分からない言葉だ。
ああ、思い出した…。さっき紙になった人だ。
俺ばっかりなんて、言える訳がない!!!死ねるだけマシだなんて言えるわけが無い。死を迎えられてない俺が、命を操るなんてする資格があるわけ無い!!!
「あるだろ。お前はそう生まれたんだから」
真っ二つに折れていた杖が無残に床の上で朽ち果てている。カーペットには、せめてもの抵抗の明かしとして木片がばらまかれていた。
彼は、最後の力を振り絞って言った。
「才能が何個もある奴だっている。神に愛されているのに力を秘めていない奴もいる。死は一度しか無いはずなのに、死に戻りをする奴がいる。ただ、そう生まれただけだ。それ自体に罪は無い。他者から見て、それが邪魔になるだけだ。」
ごほん、と杖はむせた。少しずつ体が消滅していっている。
「人はいつか死ぬ。神も人が居なくなったら死ねるんじゃ無いか?ただ、お前自身が生きようとすれば、無からだって力は湧き出てくる。たまには、自分中心に物事を考えろよ。他者から否定されるように生まれてきたことを罪だという奴を愛してやれるのは、お前自身しかいないんだからさ。お前だけが、お前の味方なんだよ」
「辞めろ。お前がいなかったら、俺は…」
「おいおい。僕が俺で、俺が僕だろ?僕自身がやっていることは君がやっていることと同じさ。何度も同じ事を自問自答して、ぐだる。僕は、君にその姿を見せなかっただけでしていたさ。だからさ、その日まで頑張れ。泣いても良いから、人に弱みだけは見せるな。心を許せる奴が居てもだ。それはきっと敵の付け入る隙を作ってしまう。でも、それは難しいな。本当に難しいよ。君の選んだ道は、そう言う道だ。」
ううっ、杖は声に力が入らなくなってきた。
「どんな風に生まれても、行動しなきゃ変わらない。行動しなければ、絶望出来ない。絶望は、君が足掻いた証だから。そして、絶望は君を強くするから。さよなら、新しい俺。二度と会うことは無いけど、より良い未来を祈ってる」
もう何も言わなかった。杖は消滅し、八代湊は沈黙した。
神凪は何も言わずに寄り添っている。その沈黙を、ある少年が破った。
「君は、誰?」
「俺?俺は・・・誰なんだろうな?」
「えっ?」
「君はさっき、幽霊が見えるようになっただろ」
「ど、どうしてそれを」
「それは良いから。取り敢えず、君に会いたいって子がそこに居るから会ってあげなよ」
「俊也!!!」
俊也と呼ばれた少年と、彼は言葉を交わしていた。湊は、話の内容を聞こうとはしなかった。ただ、二万六千人と魂を成仏させる準備を始めていた。
「ありがとう」
颯真といった少年は、泣きながら返事を言った。
「そうか。それじゃあ成仏させて良いか?ここに眠る命達を。これが俺の生きる理由だから」
「そうですね。別れは寂しいですけど、あなたがどんな人か彼から聞かせて貰えましたし、彼も皆もそうしてくれたら嬉しいといっていたので」
「分かった」
湊の心には、颯真の目がハッキリと幽霊を捉えているのを感知している。見える、見えないにかかわらず、彼にも、霊達にも恥じない葬送をしようと彼は思った。
忘却の刹那を発動させ、世界にこの瞬間を記録した後に湊は神凪を鞘から引き抜いた。
「葬送霊魂」
ブワッと目映い光が街を照らした。
ありがとう、と言って湊は彼らを見送った。
颯真も魂達をずっと見つめて居た。
「湊さん、お願いがあります」
「さんはいらないよ。同い年だし」
「では、湊・・・君?俺と一緒に住みませんか?」
「はい?」
彼らに見送られたはずの魂達が、笑い声を上げた。




