第5話 宣戦布告と忘却の刹那と神凪
「あの野郎、ふざけやがって!!!」
朝から退魔師協会日本支部は喧噪に包まれていた。理由は、ただ一つ。人造神:八代湊による退魔師:高坂結人への宣戦布告。
上層部は対応を高坂に一任した。ここで彼を殺すために。
悪魔の力と、複数の神に愛された者。退魔師として信仰心による力を持たない無い彼らは例外であり、上層部にとって都合が悪かった。力は使う者によって善にも悪にもなる。それを体現する彼らは素晴らしいが、やはり恐れという物は完全に払拭は出来ない。彼らは人であったから、存在を許されていた。
もちろん彼らに対して良くしてくれる仲間達もいたが、それでも彼らには絶えず逆風が吹き荒れていた。
湊から宣戦布告の話を睦に伝えるために彼女の部屋に向かった高坂は、寝ぼけている睦にこう返事を返された。
「違うよ。私達を巻き込まないために、彼は私に呪いをかけたんだよ。お父さんの弟子なら、それぐらい分かるでしょ?」
睦が宥めるように高坂に伝えた。呪いが強かったのか、少し息が荒くなっている。
これからどうするべきか、手本は示されていた。だが、それ以上に押し寄せる現実が高坂の心を圧迫していた。
「あの野郎に対しての任務が急遽決定したのも、上層部の仕業か。アンタらの不手際を、こっちに寄越すんじゃねえ!!!」
送られた書面の内容と、上への怒りがごっちゃになって高坂の心情はもう滅茶苦茶だ。
睦の部屋にて、届いた書面に目を通す。
────明日の午前零時、そちらが指定した場所で決闘を行う。人や環境への配慮はこちらがしておくので、心配は要らない。全力で来い。────
「クソッ!!!」
苛立ちの余り、睦の勉強机を叩いてしまった。しかも、割れても可笑しくはないはずの勢いで。
「何してるの?」
眠気で途切れかけていた睦の意識が覚醒した。
「い、いや、ごめん。つい、苛立ちが募って」
とんでもないオーラが睦から溢れ出ているのを感じた。これは正直、怒られても仕方ない。
「最近ちょっと酷いんじゃ無い、なんてね。冗談よ、冗談。昨日の仕返し」
睦は笑っていたが、正直生きた心地がしなかった。
「悪ぃ。俺は戻るよ。代わりに女の隊員を呼んでくるから────」
「待って」
悲しい声がした。後ろは振り向かずに、耳だけを声の方向に傾けた。
「私、湊君と呪いでつながったから分かるの。これは、私を助けるためだって。無力だからこそ、只の女の子になれるかもって。そう思うの。でも…」
彼女はそこで言い淀んだ。
力を持つことは不公平か?それで起こる不祥事を背負ってなお、持たざる物より恵まれていると言えるのか?無力である事は不幸か?彼女にとっての幸せは、無力だったのかもしれない。
「ああ、そうかよ。俺はアイツと戦う。アイツにしか出来ない事があるのなら、俺は俺に出来ない事をやってやる。睦。一応聞くが解呪は?」
チラリと彼女を一瞥する。
「要らない。これは、私の意思。偶然だろうが、不幸だろうが、このチャンスを私は誰にも奪わせない!!!私の不甲斐なさのせいで、湊君を悪者にするわけには行かない。高坂君にも怒りの感情を生ませるわけには行かない。私は、私の力で湊君を助ける!!!私を助けようとしてくれる湊君を私は助けたい!!!」
私は、信じてるから。彼女は頬を赤らめながらもはっきりと自身の思いを外に出した。
「そうか…。ところで、お前はどっちを応援するんだ?勿論、俺に決まっているよな」
当然だろ、と行った表情で高坂は睦の反応を待った。
「え?」
「え?」
恋ってすばらしいな。幼馴染みの特権なんて無かったんだ。何故か高坂は何も言わずに部屋を出て行った。部屋の床には零れた涙の後が染みついていた。
予想外のこともあったが、これなら彼女は大丈夫だろう。ふう、とため息を吐いて思考をクリアにする。俺は、水の女神:ウンディーネに愛され、神父の弟子だ。
「海って事は、俺に有利な環境なんだぜ?それがお前の覚悟なら、打ち破ってみせろ。特別な者同士、俺達の存在価値を世界に認めさせてみろよ。なぁ、八代湊」
高坂結人は不適に笑った。
湊は、亜空間を祖父母の家につないでいた。戦いの中である物を使うためだ。それは、日本刀。まだ湊が人間であった頃、祖父がよく自慢していた。名は、「神凪」。今の俺に必要な心構えだ。勿論、警察に届け出はされている。
不思議なのは、名義が祖父では無く、俺であったことだ。なんでも、祖父は天からのお告げでそうしたらしい。元々、俺にプレゼントにしようとも考えていたらしいので、丁度良かったと言えばそうなのだが…。
本来の使い方とはいえ、半ば家宝と言える物を血で濡らして良いものか。八代家の跡取りとして、この決断は正しいのか。その悩みも後悔も今は杖が代わりにやってくれている。
俺が出来る事は前に進むのみ、か…。
こうして「神凪」が湊の元へと届いた。杖は神凪の格好良さに目を奪われていたが、湊は何にも感じなかった、感傷に浸らないことが唯一の勝ち筋だとわかっていても、格好いい物に対しては、心を奪われたいと湊はちょっぴり思った。
試しに振ってみる。中学の体育の授業でやった剣道のようには上手くいかない。当然だ。竹刀や木刀とは重さが違う。相手の肉や骨に引っかかって上手く切れないなんてこともある。
だけど、言い訳にはしない。
「忘却の刹那」
人は皆、平等に力を持って生まれてくる。神に愛された者。信仰心によって力を引き出す者。自らの本能によって力を呼び起こす者。後天的な影響による者。基本的には、引き出せないまま一生を終えるのがほとんどだ。それを人は才能が無いというのだろう。
だからこそ、力を引き出せた人類は強い。寿命というリスクを一方的に負っていることで、努力さえすれば理論上、人は無限に強くなれる。人であった時には発現できなかった力。湊のその力が、忘却の刹那であった。
その能力は、一瞬を支配する。それ以外には何も無い。ただ、人であった頃に発現していたらどれだけの後悔を止められたのだろうか。止めた一瞬は、誰にも壊せない。
その後に、湊は素振りを始めた。何万回、何千回、何億回と。
そもそも、ここは亜空間だ。律儀に現実世界に時間を合わせる必要はない。今までの甘さを捨てるというには疲れている暇は無い。否、疲れることが出来ない。だからこそ、絶対に勝たなければならなかった。
素振りが終われば、今度は刀に神力を纏わせる練習だ。漫画やアニメで見たイメージを参考に行う。全ては、切りたい物だけを切り、守りたい物を守れるような力を得るために────。
「試し切りだ」湊は、自らがかけた呪いに刀を向ける。目の前には何も無い。重心を意識しつつ、刃を虚空へと真っ直ぐに振り下ろした。
音は無い。ただ切れたと言う事実がそこにはあった。
睦は気付いた。だが、何も言わなかった。
「全部を知っても、私達が本当に分かり合えるとは限らない。でも、あなたなら大丈夫よね」
彼女は、これから何が起こるのか分かっていた。それでも、悲しそうな顔はしていなかった。
回路で心が繋がってもなお、彼女の本心は分からなかった。彼女が何故自分に気をかけるのかも。それが罠かどうかも、杖が考えてくれるだろう。そう思ってまた湊は素振りを始めた。
湊に取っては、万にも億にも等しい年月が流れた頃。人類としては夜が明けた頃、ついに二人が日本海上空にて相まみえた。
二人の思惑と協会側の思惑、そして神を作ったカオスルミナスの思惑。三者三様の思惑が絡み合い、決戦の火蓋は遂に切られた。




