第4話 人造神として
ベッドの上で過ごす湊の片手には一本の杖があった。キュイイン、と音を鳴らし、杖は湊の脳を観測している。
30秒ほど経って、湊はその杖から手を離した。その杖に名は無い。己の感情を肩代わりし、記憶を此処に閉じ込めるために持ってきた杖。とは言っても、もともとは只の木の枝なのだが。
ただ、少し手伝って貰うだけだ。名を付けるとするのならば、そうだな…。ブレイン・ロットだろうか。湊から溢れ出た神力が杖を優しく包み込む。名を付けられた杖はどこか誇らしげに見えた。
記憶が霧散していく。湊は最後にもう一度強く過去を思い出した。
「人に頼る前にまずは物との関係性を見直してみろよ。話はそれからだ」あの時と共に紡がれてきた言葉は昨日までと違って、湊を励ます側へと回っていた。そうだというのに、湊は一旦お別れをすることにした。
昨日のみっともない自分も、今の決断に少なからず関わっている。八代湊という人間がどういう奴だったのかを一人でも伝えられたから良いのだ。
「感情と理性の狭間で左右することは最も美しい。時に愚かな選択を行ったとしても、それすら絵になるのは、人類がどこか同じような事を考えているからだろうか」
この考え過ぎる自分も今日でお別れだ。でも、サヨナラじゃない。今は取り敢えず欠点を潰しておかなければ、生き残ることは出来ない。
「俺には泣く暇も、絶望する暇も許されない。それが、俺がこの世界で生きると言うことだ。無駄だから、じゃない。それだけは分かっている。これからは、お前が俺の代わりに泣いてくれる。それだけで、俺は良いんだ」
また言葉だ。だが、今度は呪いとは違うカタチで────。
口に出して思考を纏める。覚悟は出来た。強く杖を握る。
創造主は二度も人類。司るは矛盾。それ即ち、人造神。ここに人造神としての己の立ち位置を少年は自覚した。
「ねぇ、あれってやっぱり…」
「ああ、十中八九認めただろうな」
今朝になって、睦達は今まで計測したことの無いほどの神力を感じていた。湊が神になったのだ。そんな中でも二人は、退魔師協会内の食堂で朝食を食べていた。昨日は夕食を奢ってくれなかったといって高坂は当初はふてくれされていたが、食堂の人が朝のデザート50人前をくれると言うことですっかり上機嫌になっている。
「私だって、湊君にお金を使わなければ奢るくらいのお金は有りましたよ」
「あぁ?テメェが使った金は協会の経費だろうが!!俺の食費を経費で賄ってくれるという我ながら天才的な計画が…。くそっ!!!どう落とし前付けてくれるんだ、睦さんよぉ?」
そうは言っても高坂はデザートのパフェを食べる口は止まらない。*現在38個目。
「あのねぇ!!私は予備で持って行った給料も全部使われたのよ。丁度ゼロ円になるように!!!」
「おう、それは良かったな。アイツの人間として振る舞える最期の晩餐だとしたら可愛いもんだろ。それはそうと、やっぱりお似合いだな、コイツら…」
最期の余計な一言が睦の怒りに火を付けた。
「はぁ?何がお似合いよ。湊君は敵なの!!!そんな事言っている暇無いでしょ!!!」
「またまた~。本当は助けたいって思ってるくせに」
何故か高坂が女友達に見えてきた。私も疲れているのかもしれない。
「人か神か。寿命と魂の格としての差があるかどうかの違いだろ?おまけにアイツに似たもの同士と言うところをつけ込まれた」
「それはお互い様よ。湊君も、上層部も同じ事考えていたし」
なんて話をしているうちにあんなにあったパフェ達は高坂に完食されていた。
昨夜、湊に合っている二人組のうち、睦は湊の言葉の影響を強く受けていた。高坂の場合は、水に流すことで事無きを得ている。三度思い出した、と湊は言ったがあれは重ねがけによって言葉の効力を高める意味もあった、…と言うのは全くの偶然である。ただ単に感情を雰囲気に流されてぶつけてしまっただけである。記憶を正しく受け止めきれず、尚且つ傷と化した物を彼はペラペラと喋ってしまっていた。
湊の行動は昨日の占いでもあったように、全方位が五黄殺(誰でも悪影響を受ける方角のこと)の影響下であることは否定できない。
だが、湊は己の自分語りに対しての嫌悪感以外にも、自分という人間がいた事を知って貰えたとこっそり喜んだ。そしてこれは人類側にとっても脅威となることを彼らは分かっていなかった。湊に対しての脅威が人類側、しいては退魔師側の脅威となることを。*給料が無くなった女の子を見ればお分かりいただけるだろう。あれはまだ可愛い方である。
彼は矛盾の体現者。だからこそ、神であり、人の子だ。
「ううっ」
突然、空になった皿に鮮血が舞い散った。高坂が慌てて睦の側に駆け寄る。
「大丈夫か?俺はその、お前の決意はなるべく尊重しようとはしているが、これは…」
言葉が呪いとなり、その副産物として確立される回路。人の心に言葉を響かせ、心に侵入し、バックドアを繋げておくという代物。睦の思考を読み取ってからすぐは、過去の事件もあって彼女を対象に考えていたが、流石に睦の見てはいけない部分を見てしまいそうになると思った湊は年相応に躊躇っていた。
しかし、謀らずとも吐き出してしまった昨夜の言葉は多少なりとも睦の心を動かしていた。たった一日だけ。湊と過ごした中で生まれた隙。興味を、共感をしてしまった時点で避けることの出来ない運命。
「大丈夫。私、湊君を信じてる」
睦は屈託の無い笑顔でそう返事をした。
「睦さん──」杖の中の感情が暴れている。今すぐ彼女を助けに行けと、叫んでいる。だが、それは昨日で終わりだ。
「退魔師連中の陰陽師に頼んで呪詛返しをしてもらえれば良い。それに、睦さんは今、どうでも良い」
すぐに声色は低くなった。その眼光には光は無く、ただただ冷酷さに満ちていた。
「俺は、退魔師協会に宣戦布告をする。大丈夫だ。お前の愛しい睦は戦えないから安心しろ」そのために、俺は神力を放出したのだからな。
そんな他人事のように…と杖が文句を言うのが湊には聞こえた。
己の失敗すらも、成功の礎にする。
「大丈夫さ。失敗は負けじゃない。朝に話したとおりだ。俺は、二度と負けない。だから、お前が代わりに泣いてくれ。それだけで俺は救われるからさ」
最期の一言は妙に温かく、そして冷たかった。
俺は、弱い。司る力は矛盾。それでも掴まねばならない。
何を?────。
そう杖が聞いてくる。
「全部だ」
最初は才能で、最期は努力。今は相手よりも未熟だからこそ勝機がある。
「勝つぞ。勝つことで俺は俺自身を証明する」
秘策が、湊にはあった。




