第28話 神を裁けるのは真実のみ
「やられたな」
今日の事務所はお休みの札を掲げて、湊は一人自室に閉じこもった。
神力の3割程を、天使達に持って行かれてしまった。
色々と調べてみたが、詳しいことは良く分からなかった。
光輪、では無く後光。一つ目では無く、人型。
「どう見たって、悪者は俺になるのか」
名のある神の意向に真っ向から刃向かう。これでは、俺が“魔”では無いか。
でも、これで良かったのかも知れない。だって、俺はこの世界に住む人々の罪を奪えたんだから。俺は、俺が言った通りの役目を果たせたのだから、それで良いじゃ無いか。
人類が今すぐに滅亡する可能性を防げたのだから。
だとしたら、国家が俺に対して特例を認めてくれたのが分かる。
「俺は、生け贄だったのか」
マルコが、俺に地獄を見せた理由。只単に、忘却の刹那を妨害するために行われていたものだと考えていたが、どうやら違ったらしい。
そもそも、人の身で地獄を開けることをするのが可笑しかった。出来る、出来ないの問題じゃ無い。どうせ行き着く先なのに、わざわざする必要があるのか?
それとも、何かを仕組んでいたのか?
何故、名前を気にしたのだろう。突然、答え合わせのようにこの疑問が無意識に優先された。
ぶちり、と脳の奥で何かがはじける音がした。
何故、名前を気にしたのだろう。何故、名前を気にしたのだろう。何故、名前を気にしたのだろう。何故、名前を気にしたのだろう。何故、名前を気にしたのだろう。何故、名前を気にしたのだろう。
頭の中で無限に繰り返される一つの言葉。
「うるっさいっ!!」
ガンガン、と頭を机に叩き付ける。
な、ぜ。
五月蠅い。
何故?
うるさいっ!!
な~ぜ~?
「うるっ、ぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」
痛い。
血が、暴れている。
でも、これが何の痛みなのかを理解するまでは冷静でいなければならなかった。
「秀だけが、お前の予測を出し抜いたんだ」
冷や汗を垂らしながら、一つのポイントに目を向ける。
それでも、在るべき結末は変わらない。
むしろ、計画はもっと悪趣味な方向へと舵を切った。
いつからだ。俺が生まれたときから?
分からない。
あの天使達は、どうして俺だけを殺そうとしたんだ?
分からないっ。
彼らを切った時、血は流れていなかった。いや、それじゃない。もっと大事なものが別にある。
何故、わざわざ光輪では無く、後光を出した?
思い返せば、アイツらは俺に呆れているみたいだった。確かに殺意はあったけど、その奥に潜んでいるものを俺はきちんと見ようとしたのか?
ボーナスなんて言っていたけど、アイツらだって普通に働いている筈だ。何処かで汗水垂らして働いている、一人の社会人のように。
彼らは、堕天使では無かった筈だ。
彼らは俺を知って居たけど、俺は何も知らなかった。
俺だけが、何も知らなかった。
俺が、知ろうともしなかった。自分の事は知って欲しいと言うくせに?
相手が天使だからといって、たった伝える努力を放棄したぐらいで?
俺は対話を諦めたのか?
一体、アイツらは何を伝えに来た?
もう少し、俺が弱ければ対話が出来た?強すぎたから、対話を拒んだ?
考えるにつれて、痛みは強さを増していく。
血?暴れている、この血?
一つの最悪な可能性。
「あ」
天使の、血?
「ぁ、う。ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」
叫ぶ。叫ぶ。叫ぶっ!!
何処で、何を、どうして?
マルコは神と契約でもしたのか?
いや、マルコ自身が天使だった?いや、彼の行動はいつも悪であった。
神に反旗を翻す存在。堕天使。そうでは無いのか?
マルコ・アングレイ。
アングレイ?
スペルでは無い。もっと簡単に考えろよ。
アン・グレイ。
グレーを否定するもの。白では無く、真っ黒。
「はっ。はははっ。あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!!」
お膳立てはしてくれていたじゃないか。
どこで俺は気付けば良かった?
全能感に酔いしれた頃からか?あの拳銃の頃からか?
思考がちらついた頃か?秀が可笑しくなった頃からか?
もっと、マルコについて調べていれば良かったんじゃ無いのか?
「そりゃあ殺すよ。それは殺す。ボーナスも出るさ!!」
何だ。世界を舐めているのは俺の方だったじゃないか。
天使達は俺の事を“同格“と言っていたじゃないか。
流れているこの血。マルコが俺に入れた血。
何にも特別なことじゃなかった。
カオスルミナスも、この国も、すでに“魔”に犯されていた。
やる事なす事全てがもう、取り返しの付かないとこまで来ていた。
ただ、俺が生まれなければ世界は少しだけ良かったのかも知れない。
俺が、この世界に絶望しなければ良かったのかも知れない。
でも、俺が何かをする前にこれだけはやっておかなくちゃならない。
「別れを、告げなきゃなぁ」
8460 8710
数字で表せるこの名前。湊は、それを自身の電話番号にしていた。
世界に自分がいたと言う証。
「皆は、どうしているかな」
最後の姿を見ようと、湊は目に力を込めた。
まずは、退魔師協会の日本支部を覗いてみる。
どうやら、環奈、高坂、睦の三人は先程までロンドンの本部にまで行っていた様子だった。
慌てふためく協会のスタッフに、落ち着いた様子で対応していた。
格好良いな。俺も、あんな風に落ち着いて行動が出来ればな。
最初にあったのが君たちで良かった。
颯真は、参考書と一人向き合っていた。
休みの日でもしっかりと勉強をしている。
多分、君なら大丈夫だ。
霞の方は、編み物をしているみたいだった。
どうやら、クリスマスプレゼントの準備をもうすでに始めているらしい。
それが、俺に対するものだったら嬉しいなぁ。
麗奈は、相変わらずネットサーフィンに勤しんでいるみたいだった。
俺も、君のようにもっと情報を調べるべきだったなぁ。
二宮先生と校長先生は、二人で校長室の掃除をしていた。
大人とはなんたるものかを見せてくれた二人には、頭が上がらない。
響子は、俺があげたメイド服を着こなしていた。
どうやら、メイド達に教えを請うているらしい。
最初で最後のスタッフをやってくれて、有り難う。
泣きそうになったので、一人一人に対する感想を余り言えなかった。
後は、録音しておこう。
最後の神業と言うように、湊はスマホに言いたいことを一瞬で吹き込んでしまった。
いつの日か、仲間達から返ってくるはずであろう返事を聞くことを少年は躊躇った。
「ありがとう。僕は、いや俺は、初めて自分を肯定できた気がする」
それを、最後に付け加えた。
マルコとは似て非なる死に様。大きすぎる代償を、たった一人の死で賄える。
作られた存在?そんなのどうでも良かった。
今、胸を占めているのは確かな安堵感。
「終わりにしよう」
環奈から盗み見た幻想術式を用いて、神凪と拳銃(相棒達)に介錯して貰うことにした。
さよなら。
笑顔で、そんな事を言う。
その声は、何処にも届かない。
人型の幻想が、死への階段の扉を開けてきた。
その言葉を最後に刃が腹を切り裂き、銃弾が脳を打ち抜いた。
世界の何よりも無機質な音。
最後に聞こえた音は、彼が倒れた音だけだった。
事務所には静寂が訪れた。
最後まで笑顔だったその少年は、その生涯に幕を下ろした。




