第27話 神の遣いは血がお好き
「“魔”って一体何なんだろうな?」
事務所の自室、では無く亜空間のベッドの上で一人湊は考えていた。
カオスルミナスも、退魔師達も、皆それを認識し方法の違いはあるとしても、戦ってきたはずだ。
(でも、俺はまだ見れていないんだよなぁ…)
ただ、思い当たる節なら幾つかあった。
無に保管していたマルコの魂から記憶を読み取った際、秀と呼ばれていた男の記録が妙に引っかかった。
マルコがこの世を去った事実。それは彼の決断をマルコが上手い具合に利用したことは分かっていた。
そして、そもそも秀が何故計画を乱すような行動を取ったのか。
湊から見た感じでは、マルコの血を浴びてからそうなった風には見えた。
そして、似たような事例がもう一つ。
響子を刺した男?の話。
元から様子が可笑しいようにも見えたが、まだ断定は出来ない。
ただ、この例に限れば血が何らかの媒介となっている事が考えられる。
「血、なのか?」
血は、状態によって色が変わる。教科書では、動脈が赤色、静脈が青色で表されているが、静脈を精査してみると実は灰色らしい。人の目は、皮膚の中に灰色があると青色に錯覚してしまうという。
レイリー散乱。それがこの事実の証明だ。
ただ、それがどうしたというのだ。血は生き物ならば皆平等に流れている。
障害があろうが、年を取ろうが、皆に流れている。
そもそも、血液には人に流れているものと、人工血液で分かれる。輸血をする場合は血液型に縛られてしまうが、人工血液はその必要が無い。
人工血液には、ヘモグロビンをナノカプセルに入れて運搬させるヘモグロビン加工型と、酸素を溶かし込む物質を乳化して使用するパーフルオロカーボン型がある。
保存期間など課題はあるが、救急医療には今後欠かせないものとなってくるのはまず間違いないだろう。
もし、これを悪用して万人にぶち込んでしまえば、あっという間に“魔”に犯された集団の完成だ。
“魔”に支配された新しい人類を作る?
少し嫌な予感がした。湊は一人体を起こし、亜空間から外へ飛び出した。
出た先は東京の上空。今日はまだ事務所に足を踏み入れてはいない。
(ちょっと待ってくれよ…)
亜空間から出る際に服は自動でコーディネートされるように変更は加えたので問題は無い。
それよりも、いつかこの先起こるかもしれないパンデミックに湊は震えが止まらなくなった。
不安を力に変える様に湊はこう言った。
「この先、事務所を含めた日本全土、そして世界に矛盾を施行する」
ボンッと音を立てて、神力は地中の循環を始じめた。
その土地ごとに根付いた神力を、地脈を元に構築した新たなルートを用いて移動させる。
最初、湊は被害が出た場合の対策として、神力を用いて建物を復興させようとしていた。
地球全体に根を張っている神力だが、一カ所のみを集中的に狙われた場合修復が間に合わない可能性がある。
そうなるとどうなるのか。まるで、人が体の傷を治すかのように、他の部位から神力を集めて修復しようとするだろう。
体に傷が残るように、地球にも傷が残る。
それでは湊は納得しなかった。
(勝手に考えるのは良い。でも、もしこの仮説が当たっていた場合、俺の対応が後手に回るなんていうのは絶対にダメだ!!)
神力の循環の目的は、朧気ながらでも良いから、全体に記憶させることであった。
あくまでこれは応急措置。きちんとやるのは湊の手によってだ。それでも、負担は少ない方が良かった。
さあ、思考を続けよう──────。
新しく人を作るのと、後付で人の本質を変えてしまうのはどちらが良いのだろうか?
生まれたときから力を持つ存在と、後付けによる存在。
輸血という前者と、人工血液という後者。それらは人を変えることができてしまう。
勿論、心臓の移植みたいに分かりやすい変化が起こるわけでは無い、それでも確かに前とは変わってしまっている。
体液同士の接触は、感染魔術と言えるだろう。知らず知らずのウチに繋がりを作られていると言うような術式だ。
医学的に見ても、エボラ出血熱などの血液感染のような物もある。
医者、病院。カオスルミナス。いや、マルコは元々“魔”と対峙していたのでは無かったのか?
まあ、今となっては世界に牙を剥いた存在なのだからマルコの立ち位置については一旦置いておこう。
しかし、カオスルミナスのマッチポンプにしては歴史が浅すぎる。そもそも、魔術や退魔師という仕組みははいつからあったんだ?
自然に対する恐れ。それから始まったのかも知れないが、それがここまで体系化するのはハッキリ言って人類の努力の賜だろう。
在る一方から見ればそれは空想で、もう片方から見ればそれは真実だった。
どちらに傾倒するかで、その後の人生はまるっきり変わってしまうのだろう。
それに、人工血液を魔に用いたのは良いとして、昔はどうしていたんだ?
血液自体に意味を見いだすのでは無く、血液を主体とした魔術を作ったとか?
もしかしたら、カオスルミナスの魔術から科学への変遷の一部は此処に隠されているのかも知れない。
突拍子も無いことが次々に頭を駆け巡っていくのと同時に、眩暈がしてきた。どうやら、体に訪れる最悪は近そうだ。
これが、“魔”なのか?考えれば考えるほど、深みにはまって抜け出せなくなりそうだ。
誰が、何の為に?何かに取り憑かれたかのように、疑問は次々湧き出てくる。
人類の発展の為か?また、振り出しに戻るのか?
何で、俺には血液が流れている?神の子と、人の子を併せ持つ存在。それならば、可笑しくはないの、か?
気晴らしに湊は神凪を呼び出した。
柄に振れると、少し心の雑念が晴れていくような感じがした。
(今日も平和だな…)
一人だけ何やら物騒な事を考えていても、世界はそれをちっぽけなものだと鼻で笑ってくる。
少し心の余裕が生まれた時だった。
バギィッ!!と世界に亀裂が入った音がした。音がする方向に目をやると、空には穴が開いていた。中から見えるのは黒い空間ただ一つ。
「あれ~?下界ってこんなに丈夫だったっけ?」
白い体、白いオーラ、そして背中に生えた翼。最初に現れたのは、少女の姿であった。
戦いをけしかけに来たには緊張感の無い声。ただ、それだけで気を抜けるほど甘くは無い。むしろ、引き締められない方がまずかった。
確かに地面には傷一つ付いていなかった。結界を張らなくても、耐えられていたのは46億年が誇る底力なのか。
「大方、そこにいる人造神のせいだろう。よく我々の余波に耐えた。敵ながら称賛に値する」
ダビデ像に負けずとも劣らない肉体を携えた青年がゆっくりと穴から出てきた。何故か勝手に称賛された。話し方で言えばコイツがこのグループのブレインか?
「早く殺しちゃって退勤しようよ!!こちとらボーナスがかかっとるんじゃいっ!!」
そんな事知るか。ただ、そんな事を言ってくる相手だといっても、湊はため息一つ吐く隙すら与えて貰えない。
八代湊を殺すという、白に統一された意思。
少女、青年、少年といった面々が湊の前に立ちはだかった。
バケモノ達は、数十メートル程離れて向かい合う。
(天使、なのか?)
彼らの姿を見て、湊は思考を加速し始めた。
天使は、聖書の章ごとによって様々な種類の物が出てくる。一つ目の者や、目が沢山ある者、人間のような見た目に羽が生えている者。
おまけに階級もあって立派な縦社会と来たものだ。
今回来たのは、見た目だけで言えば最後に示した者達だった。
俺は、その程度で十分って事か。まあ、姿を借りたお忍び、もしくは俺の知識不足なのかも知れないが。
今まで見たことも無いような相手に、湊は一言呟いた。
「やるか、相棒」
神凪は、その手に握られている。やることは一つだった。
空気を蹴って加速し、一直線のまま相手に突っ込んでいく。
刀は前を向きながら、天使達の一人を巻き込んだ。
ただ、手応えは無い。
「痛ってぇなぁ。生まれて間もないお子様が、一丁前に武器なんか使ってんじゃあねぇぞっ!!!しかも、神殺しなんてムカつくなぁっ!!!」
一番怠そうにしていた少年の方がキレた。他の二人は手出ししてこない。俺の弱点を探し始めたのだろうか。
(神殺し?)
存在するのは知っていた。ただ、人と神、神とバケモノ、バケモノと人という三すくみの中で、互いに殺し合うには必要のないものだとは思っていた。人は、バケモノを殺し、バケモノは人を殺し、神は人もバケモノも殺せる。ただ、人も神を殺せた時があった。
ロンギヌスの槍と言われる聖遺物。別名:神殺しの槍。神の子を処刑した際に用いられたとされている。否、そうしたときに聖遺物になったと言えるのだろう。
ただ、戦いにおいては今の時代にそれは必要なかった。強い奴が生き残る。シンプルな事実に特別が入り込む余地は無かった。だが、そう結論づけるにもまだ早い。
戦う才能が無くても、神殺しの武器を手に入れられたらそれは強さになる。そう言った意味では必要なのかも知れない。それは、誰もがバケモノを殺せる存在になるという証明になるのだから。皆がそう思っている限り、その力は未だ健在なのかも知れない。
「いや、それは神殺しでは無いな。ただ、我々と同格だから攻撃が通せただけだ」
青年の姿をした天使がそう口を挟んだ。
「そうなのかよ!!あ~、ムカつくムカつくムカつくっっっ!!!なんでテメェみてぇな野郎に、傷を付けられなくちゃならないんだ?」
コキリ、と少年の方が首を鳴らして近づいてくる。
そんな事よりも、湊は一つの事が気になっていた。
(どうして名を名乗らない…?)
情報の漏洩を恐れているのか、それとも別な理由があるのか。
舐められているのは、此方も同じだったのかも知れない。
ギリッ、と湊は歯を食いしばった。
「止めだ」
忘却の刹那。
誰も、動けなかった。油断か、慢心か、それとも情報伝達係なのか。
対象としたのは、三人。
これは、人としての力だ。神としての力では無い。
だから、此処に俺の全てを上乗せする!!
湊は、今在る神力を全て神凪に注ぎこんだ。
(様子見?敵対?何人来ようが俺が全員倒してやる)
バチバチ、と今まで見られなかったような火花が刀身を覆う。
「破邪一閃・豪」
鞘を抜く。普通に考えれば時間のロスだろう。いつ、相手が術を解いてくるのかも分からない。
ただ、湊は矛盾を司る存在だ。その時間は、決して負けない理由となる。
刀の柄を握る力が強くなる。これから、天使の命を奪うのだ。もう、誰に何を言われる筋合いも無かった。
ゴオッ、と目にもとまらぬ速さで彼らの首元に迫る。
一撃一閃。
相手を、神力で押しつぶす。血が流れるどころか、その体ごと消滅させる。
血は流れなかった。
平穏を掴み取るには、長い長い戦いに挑んだことを少年は知っていた。




