第24話 時が経っても少年は
ミンミンと蝉が五月蠅く鳴いてる。どちらが先に死にそうなのか、蜃気楼を介さなくても分かるぐらいには彼女は衰弱していた。
誰も居ない路地裏。此処で命を落とせば良くてネズミの餌だろう。それも悪くは無いのかも知れない。でも、もうちょっとだけ生きたかった。
路地裏から大通りへと続く道にはあと少しで辿り着く。
(…でも、助けてくれたらそれはそれで私はその人に文句を言うんだろうな)
出かけたときには白かったワンピースも、今は真っ黒になっていた。血がこんなに黒いとは思わなかった。実際に見てみないと分からないこともあるらしい。
少しだけ楽になった自分を許せずに、少女の意識はそこで途切れた。
八代湊は、新しい生活の準備に追われていた。校長の下請け先としての働きぶりを評価され、退魔師協会(環奈の独断)により業務提携及び職場の確保を求められた。
そんな物が無くても働けると湊は一度断ったが、皆に説得されて今に至る。
「人になりたいとかとほざいておいて、人の目線を忘れているとは呆れた物だな」なんて高坂には言われてしまった。
それは申し訳ない。でも、だからってスタッフゼロはやり過ぎだと思います。皆、俺の事舐めてるよねっ!!
まあ、保証人になってくれたのが校長先生なので文句は言うまい。多分、これも彼の策略だと思うので、感謝を素直に言えないのが辛いとこだった。
「はぁ。ぼちぼちやるとしますか」
まずは広告の準備をしようとパソコンの電源を付けたときだった。
ブゥゥゥゥン。地表に纏わせておいた神力が反応した。誰彼救うのもそれはそれで世間にとっての害となる。だからと言って助けを求める人を見過ごせるのか。
疼く過去が、大丈夫だと囁いた。
「そうだ。あの場所は」
こんな感情を抱く自分に嫌悪感を拭いきれぬまま、少年は瞬間移動をした。
倒れている人が居る。今度こそ、と少年は手を伸ばす。
結末はすでに決まっていた────。
美味しそうな匂いが私の意識を引き上げる。
目を覚ますと、私の体は白いベッドの上に横たわっていた。服は綺麗さっぱり元通り。
「一体此処は…?」
気配を察知したのか、パタパタと足音が此方に近づいてきた。
「目が覚めたんだな!!怪我の方は…」
制服の上にエプロンを身に着けた私好みのイケメンが目の前に現れた。高校生ぐらいだろうか。それにしては大人びているように見えた。
「そ、その出会って二言目で言うことじゃ無いんだけれども、衛生面を考慮してその、何というか、君の汚れを落としてしまったというか、肌に触れる必要があったというか、とにかく傷の手当はしたんだよね。その一応カメラで動画は残しておいているのだけれども、もし必要だったら見ますか?」
何を自分は言っているんだという風に彼は、顔を赤くしていた。
「ふふっ」
なんだか可笑しくて私は笑ってしまった。
「その、ごめんなさい。迷惑でしたか」
「いえ、大丈夫です。あなたは責任を取ってくれそうな人ですし」
?とした表情を彼は浮かべているが、突然思い立ったようにこう言った。
「今、夕飯を作っている所なんです。良かったら一緒に頂きませんか?」
丁度良く、私のお腹が返事を返した。
「それで、此処は何処なんですか?」
彼の作ったハンバーグを切り分けながら私が質問した。
「此処は、俺の事務所ですよ。何でも、ある人達がプレゼントとして送ってくれた物なんです。此方はそんな物要らないと言ったのですが、誰にだって居場所は必要だろと一蹴されてしまい…」
確かに、祝!!事務所設立!!なんていう横断幕がキッチンの壁に貼られている。
横断幕含め、物件まるごとというプレゼントにしては金が掛かりすぎているように感じるが、皆に信頼されている人なのだろうと一人自分を納得させて彼女は次の質問をした。
「なるほど。それにしてもこんな怪しい私を手当した上にご飯を食べさせてくれるなんて、一体どんな事をしているんですか?」
こんな風に怪我を治すのも簡単にはできないはずだ。
「人助け、ですよ。余り自分の事を話すのは気が引けますが、この体になってから、俺は自分が何をしたいのか考えるようになりました。終わりはありませんし、全てがハッピーエンドでも無い。でも、自分に意味づけをするのならば、こういったことをしたいな、みたいなかんじですね」
この体というのはどういうことだろうか?特に見たところ不思議な感じはしない。まあ、要は自分の経験から誰かを助けたい。たまたま私が彼の目的に当てはまったのだろう。
「今度は俺からも質問してもいいかい?」
自分の分の食事を私に渡しながら、彼は質問してきた。
「ええ。話を聞かないと何が何だか分からなくなりそうですし」
「そうですね」
そう言って私は自信の身に起こった事を話し始めた。
彼女の名は、鳳凰院 響子。とある名家の一人娘で、過去には白鳥宗一とも交流があったという。
女子校通いで、今は中学3年らしい。生徒会長をやっているとか何とか。
「霞さんとお会いしたことは?」
「ありますよ。彼女は彼女で頑張っているようですね」
黒い髪をなびかせて、少し羨ましそうに彼女は話した。
「交友関係で何か問題が?」
「いえ。これは家の方針なのです」
「方針であんなことを?」
彼女は何も持たず、真っ赤な血に濡れた白いワンピースで地面に横たわっていた筈だ。それが、家の方針…?
「人の上に立っている者が、下の者の暮らしを知らないとは言わせない。このしきたりの期間中に行われることは、我が家は一切の関与をしない。何をされようが、それはお前の運による。ですから、私はあんなところにいたのですよ」
目の前の少年は話を聞いていて少し機嫌が悪そうだった。
「その期間はいつまでなんだ?」
「夏休み中だけですよ。非日常だと思えば何の問題もありません」
そう言って彼女は笑っている。彼女が悪いわけでは無いのに、無性に腹が立ってくる。
多分、昔の自分もそんな感じだったからだろうか?自分の気持ちを抜きにしても、どこか他人事のようには感じられなかった。
「それにしてもやり過ぎじゃ無いのか?確かに世間知らずは反感を買うことがあるかも知れないが、それにしたって酷すぎると思うけど。さっきの君の様子だと、とてもじゃないが人に言えないような事をされたように見える」
「ですから救えますかと聞いたのです。あなたにその覚悟がありますか?」
少女は冷たい目を携えて質問をしてくる。
そんな彼女を相手にして、彼は5秒ほど考えてこう言った。
「此処で働こう。そうすれば君の願いは叶うよ」
「…。叶うか叶わないかは置いておいて、そんな簡単に決めて良い物なのですか?」
それが本当かどうかはさておき、第三の選択肢を出された事に彼女は驚いていた。
「俺みたいな存在が物事の中心に割って入っちゃあいけないよ。でも、俺に事務所を作ろうって言ってくれた人は、俺に何かしら人の手伝いが出来るようにって言い出してくれたんだ。自分の主観では無く、人の主観として、この場所は必要だったんだ。そして、その時がきっと今なんだ。この問題を解決するのは君だよ。でも、手伝うくらいなら俺にも出来る。だから今日はもうお休み。俺は君が過ごしやすいように準備をしなくちゃあいけないから」
「でも」
急に言われても少女が納得できるわけが無かった。
少年は笑いながら答える。
「初対面の人を信用しすぎだって?良いんだよ。俺が好きでやってる事だから。それに、初めてのお客さんだし。人の醜さを見てきたのなら、今度は優しさっていう物に触れるターンだろ?」
自分で言うのはどこか違うけど、と湊は内心思った。
彼は、私の食べている姿を見て、私にもう一品を勧めてきた。断ろうとも思ったが、怪我をした身では断れない。
「あ、給料は支払うけど何円ぐらいが良いかな。君がいつ実家に帰るかどうかは分からないけれど、それまではしっかりとした生活を保障しなくちゃいけないからね」
「今は夏休み期間ですよ?」
そんなに私の事が気になるのかと響子は思った。
「あはは、そういえばそうだった。俺も明日から夏休みだから話はまた今度にしよう」
私が食べ終わったのを見計らって、彼は食器を下げようとした。
「これぐらいはしますよ」
彼は少し心配そうな目をしたが、すぐに彼女の意思を受け入れた。
「じゃあ、お願いします」
そう言う彼女はどこか楽しそうだった。
ラッキースケベを防ぎつつ、響子が諸々の準備を終えて眠りについた頃。湊は霞に連絡をしていた。
「ごめんね、こんな時間に。初めての依頼人が今日来たんだけれども、その子にモーニングコールをお願いしたいんだ。どうしても俺一人だけっていうのは気が引けるし、それに彼女は君の知り合いだっていうから。え?うん。まあ、良いけど。君がしたいと思ったのならそうするのが良いと思う。お礼?お礼は、俺に出来る範囲なら何でも。うん、じゃあ、明日の朝五時に」
ふう、と一息を吐く。霞と会うのも久しぶりだ。
明日はガールズトークに花を咲かせるのだろうか。明日は極力二人の邪魔をしないようにしようと思う湊であった。




