第23話 世界最強の実力
真夏の屋台はしっかりと湯気に包まれていた。幸い、十二時前ということもあってお客さんは見当たらなかった。
暖簾をくぐると、頭にはちまきを着けた如何にもといった風貌の男が出迎えてくれた。
「おー、環奈ちゃんじゃないか。あれ、そっちの男の子は初めましてだね。後輩か何か?」
「ええ。まあ、そんなところです」
「道理で。この娘が酔い潰れた際の介抱をしっかりとしてくれそうな顔立ちをしている」
どういう顔立ちだよ、というツッコミは置いておいて湊に対する第一印象は悪くないみたいだった。
「おじさん。湊は未成年だからお酒はダメだよ」
「へいへい。んで、橫の兄ちゃんは何にする。取り敢えずメニューでも見てじっくりと決めてくれや」
そういってメニューを渡された。ついでに彼女にはビールとおつまみが通される。
彼女はいつからここに通っているのだろうか?そんな事を知るのも良いかもしれない。
何を頼もうかと迷っていると、突然彼女が腕を絡ませてきた。
「少し気が早くありませんか?」
「そこはしないって言うとこでしょ?これは只のお礼だから気にしなくて良いの」
そう言って彼女はビールを飲んだ。
どこか焦点が合っていない眼はどことなくイケナイ感じがする。
「分かりました」
彼女の姿を見ていると、自分の事がちっぽけなように感じた。自分にも、まだ体験していない世界がある。今はそれを感じられているから生きているのだろうとも思う。
「えらく長いこと考えるなぁ。介抱とか言ったのがマズかったか?そんなの気にしなくて良いから」
店主は気まずそうに言った。なんだか此方も申し訳ない気持ちになった。
注文のした物はラーメンセットだった。チャーハンと餃子が付いてくるというアレだ。
「おっ、決まったか。じゃあちょっと待ってろ。すぐに持ってきてやるから」
そういって十分ほどすると、お目当ての物が出てきた。
「おあがりよ!!」
ネギにチャーシューに卵。豚骨のこってりとしたスープに色合いが良くあっている。五目チャーハンに餃子も良い感じだ。
「いただきま
「いただきーっ!!!」
一切れの餃子は見るも無惨に捕食されていった。
「アレ?食べちゃまずかった?」
「いえ、貸し一にしときますからどうぞ」
「え~、そんなこと言わずにさぁ。もう一個。ねぇ、良いでしょう」
二宮先生の時の様にアルコールを分解しても良かったが、ここで悪魔が囁いた。
『お・持・ち・帰・り』
だーっ!!!もともと一緒だったんだからお持ち帰りも何もあるか。純情な男子高校生の心をもてあそぶんじゃありません!!
『ちぇっ』
こんなところで世界最強を見せつけて欲しくなかった。
奪われまいと急ぎつつも味わって食べたラーメン達は、湊に守りたいと思わせるには充分であった。
「あの、また来ます」
会計を支払い終えて、湊はそう言った。
「おう。なんなら一人でも良いぞ。俺もお前がどんな奴なのか知りたくなったしな。取り敢えず今日は環奈の奴を無事に送り届けてやってくれ」
そうですね、と言って湊達はその場を後にした。
夜道と、背中にのし掛かる柔らかい物が湊の足取りを引っ張っている。
「起きて下さい、とは言えないよなぁ」
気持ちよさそうに寝ている彼女をおんぶしながら、退魔師協会への道を歩いて行く。
たった1時間前まで、湊は侵入者への対応に追われていた。それが今はもう見る影も無い。
「結局、俺はこうまでして彼女に付き合った訳だけど…。結局俺は乗せられたって事で良いのかな?」
デートが始まって数分後、環奈から今回の依頼の詳細について説明された。
侵入者は嘘であること。彼は彼女の魔法によって生み出された存在で、人との区別が付かなかったのもその為だと。やはり彼女の強さは伊達じゃない。すぐに分析して次に生かさなくては。
とにかく、侵入者が本当かどうかはどっちでも良かった。ただ、心が読めるというのが当たり前になっていたからこそ、足下をすくわれた格好になったのかもしれない。
まあ、彼女には彼女なりの思惑があったのだろう。彼女は、俺を信頼してこの依頼を注文した。それで良いじゃ無いか。
(写真が何の写真であったのかは気になるけど…)
女の子は隠し事をしているほうが良いとか、そんな事を考えながら湊は彼女を家まで送り届けた。
「うぁっ!?」
工藤環奈は自室で眼を覚ました。世界最強の名を与えられている彼女の職場と家はセットであった。
だからこそ、湊は彼女を送り届ける事が出来た訳だが。
「いやぁぁぁぁっ!!!絶対に嫌われたぁぁぁ!!!!」
昨日のことを思い出して一人悶絶する。大人のお姉さんムーブをする感じがこれでは失敗という他ならない。
彼が意識の無い人を好き勝手するような男では無い事は分かっている。だが、やはり人間である以上意識の無い時間がどうなっているのかは知りたくなる物だ。
「あれ?あんなに飲んだのに、頭が痛くない…」
一番大事なことを彼女は思い出した。よく見ると、服も体も昨日より綺麗になっている。不快感も無い。一体どうなっているのかと環奈が悩んで居ると、キィと彼女の使い魔が鳴いた。
「これは?」
手紙だった。ご丁寧に封蝋までされている。
持ってきてくれたお礼に頭を撫でると、嬉しそうに使い魔は鳴いた。
封を開け、勢いそのままに目を通した。
『昨日は楽しそうでしたね。俺も楽しそうな環奈さんが見れて楽しかったです。ところで、昨日餃子を一個奪われた件についてですが、今回は不問とします。後、昨日の実験はもうこりごりにして下さい。
PS:服と体は洗浄魔法で綺麗にしておきました。使い魔さんの方にも許可を取っているのであしからず。ですが、一応お風呂にも入っておくことは進めておきます』
実に彼らしい手紙であった。これは死ぬまでとっておこうと彼女はベッドの橫にある引き出しの中にしまった。
引き出しの中には”白亜の鍵”と、少し前に撮ったある人と撮ったツーショット写真もあった。
ふふん、と枕の橫に着替えを持って脱衣所に向かう。
「少しは意識して貰えたかな…」
”魔”と戦う以外に出来た、自分のやるべき事。彼女は、最強だからこそ彼と共に歩みたいと思った。
持たざる物の苦悩も、持つ物の苦悩もどちらも知って居るあの少年ならば、私はありのままを曝け出せるのかもしれない。
(あなたが睦ちゃんと結人君を助けてくれたとき、私はとっても嬉しかった。私にも出来ない事があるんだって落ち込んでいたときに、あなたは私を助けてくれた。力を失っても絶望しないように生きようとしている事が分かった時に、私はあなたに恋をしたのだと思う。私はいずれあなたと共に戦いたい)
「だから、待っててね。私の神様!!!」
それは、どれほどの重い感情だったのだろう。勝手に湊を神にしてしまう自分に呆れてしまう。こんなので彼を好きになって良いのか自分の心に疑問が残る。
湊の動向は監視という名目で私に入ってくる。彼女がどんな気持ちで彼との別れを選択したのか。自分自身の力を抜きにしても、女の子というものがどうしても心の中で溢れ出してきた。
今はこんな風だけど。きっと、いつかは。
今日も仕事が始まる。




