第22話 思いと相反する現実
がちゃり、と拳銃の撃鉄を起こす音が辺りに響く。
サイレンサーを付けるという手段は湊に残っていなかった。世界中に纏わせた神力は、不測の事態の為にある。
拳銃を持ったスーツ姿の少年は、落ち着いた足取りで標的を追い詰めていく。
(嘘だ…。嘘だ嘘だ嘘だ嘘だぁっ!!!あんなのが、あんな奴がいるなんて聞いていないぞっ!!!)
退魔師協会に潜入していた男の橫を、一発の銃弾が通り過ぎた。
とある写真を盗み出すだけの簡単なお仕事の筈だった。何処で、一体何処で俺は間違えたんだぁっ!?
血は一滴も出ていない。だが、それ程までの恐怖感を男は与えられていた。
ふと、後ろからの気配が消えた。よく見ると、行き止まりだ。もはやここまでか。
ふひ、と思わず笑みが零れる。
標的の男は後ろを振り返らない。恐怖からでは無く、やるべき事が定まったという安堵によって。
(やっちまったなぁ。やっちまったなぁ、オイ!!テメェは今、俺の死に意味づけをしたんだぞ。その意味が分かってんのかぁ!?)
「悲劇なんかいらない」
無機質な声が、幻想を打ち砕く。
「ぅあ・・・!?」
間抜けな声だった。自ら死を選ぼうとしても、放たれた弾丸からはすでにそれを阻んでいた。
腹から零れ落ちた血液が、自らの足取りを悪くしている。
いつの間にか、血まみれの男の前に少年は立っていた。
「あんたは立派だよ。どんな風に人生を終えようがそれだけは認める。だから、これでさよならだ」
顔だけでも拝もうと男は力の無い様子で此方側を見た。
遺言は言わせない。眉間に一発銃弾を撃ち込む。それだけで不届き者はこの地を去った。死体はどこにも見当たらなかった。
湊は侵入者の対応を完了させると、最上階の環奈の部屋へと向かった。
彼女はどうやら使い魔で一連の流れを見ていたらしい。
「様になってるわね」
「恐縮です」
普段とは違う格好に湊は内心ドギマギしつつ、返事をした。
「それにしてもさっきの台詞、よくもまあスラスラと出てくるわね」
「まあ、そこは職業柄ということで」
「アイドルの護衛が何をいう。って言うか最近クビになったんでしょー」
よくもまあずけずけと物を言う。どんな話題もこの人の前では形無しだ。
「クビというか自由契約というか。アイドルの恐ろしさっていうのを知ったんですよ。あんなことをされちゃあ、ファンを敵に回してしまいますから」
「ふぅん。それは睦ちゃんが嫉妬しそうなことかな?」
隠された意味を彼女は理解したのだろうか?
湊が読み取れたのは、”睦にすぐにでも伝えてやれるぞ”、といった笑みだけだった。
「まぁ、環奈さんが嫉妬しても可笑しくない内容だとは思いますが」
なにおう!?と顔が赤くなった彼女は湊に肘打ちをかます。だが、湊に効いた様子は全くなかった。
彼女の攻撃を受けつつ、湊は少し遠い目をしてこんな事を言った。
「たぶん、この選択は一つの物語の終わりなんです。白鳥宗一の娘という物語の。でも、今度あった時は違う。一人の、何のしがらみも無い女の子として会える。俺も、護衛という誰かから与えられた立場から、まっさらな自分として彼女に会える。俺が彼女を守りたいから守る。そんな事を望んじゃダメですかね?」
彼女の攻撃が止まった。
「そうね。あなたにそんなワガママを言えるような世界を作ることが私達の目的だから行って貰って構わないわ。そもそも、私があなたに勝てば世界はまるく収まるのに」
「そんな事は言わないで下さい」
鋭い眼光が環奈を刺した。
「あなたが、睦の思いをカタチにした。俺に居場所を作ってくれた。それを今更否定なんてさせやしない。俺と衝突する人の責任は俺が取る。だから!!環奈さんはこれからも俺が生きていても良いって思えるような世界を作り続けて欲しい。俺はあなたにそう在って欲しい」
(霞は分かっていたのだろうか。もしそうならば・・・。いや、霞はそれでも俺を・・・・)
「湊君?」
怖い顔をしてしまっただろうか。不安にさせまいと湊は笑顔を環奈に向ける。
「あ~、えっと。大丈夫、ではないけど大丈夫にして見せるから」
湊の答えに環奈は疑問符を浮かべた。
「その様子だと、何かとんでもない事に気付いたようね」
「ええ。でも、その壁をぶち壊すのが俺の役目なんで。俺の知っているヒーロー達ならそうするはずだ」
人からこんなに好意を向けられることに時々不安はあった。そして、それが幻想だからなせる技だということも。
だが、あの時の霞に嘘偽りは無かった。睦と手を繋いだときだって。俺は確かに俺自身としての積み重ねを彼ら、彼女らとしていたはずだ。
俺が神だからといって無条件にすり寄るような人では無かった。
だが、もし世界がそうさせているんだったら俺は抗う。例え、誰も選ばないという選択を取ってまでも俺は答えを選び取ってみせる。
”全部を選ぶっていう選択肢は無いのか?そんな”声”が頭によぎる。
今の俺ではまだ無理だ。選んだとしても、選べなかったとしても、アイツらの魂だけは誰にも渡す物か!!!!!
”ははっ。確かにそれはお前にしかできない事だな。それぐらいの気持ちがありゃあなんとかなんだろ”
声は聞こえ無くなった。なんて都合の良い存在なのだろうか。だが、このチャンスを逃す手は無い。
彼女たちは弱くない。だから、不安は一旦ここに置いておこう。
「ねぇ、環奈さん。少しお時間ありますか?」
闇を見てきた者達のデートが今始まる。
(行っちゃった。私があんな事をしなければ、彼は今も此処に居たのかな?)
白鳥霞はベッドの上で一人うずくまっていた。一週間前の事を今も引きずっている。まだ仕事に支障は来たしていないが、そろそろ限界が近いのかもしれない。
霞の両親に対する反抗期はもう少しだけ長引きそうだ。湊が私の好意に気付いていたのは知っていた。でも、同時に彼は疑っていた。
そりゃあ怖い。あんなに何人もの女の子から好意を寄せられたら私だって何かあるんじゃ無いかって疑うわよ。神としての自分、アイドルとしての自分。幻想を打ち砕くのは、似たもの同士だから出来たのかも知れない。
「嫌だなぁ。負けたくないよ」
涙が溢れてくる。私から契約を切ったというのに、まだその実感が湧かない。初めて裸を見せた相手。父の尻拭いとしてじゃない。神に恐れを抱いての行動でも無い。ただ、私の気持ちを彼にぶつけただけだ。
ぶつけた後で気付いた。彼が壊れてしまうかもって。だから終わらせた。
多分真実を知れば、彼に関わる女の子達はもっと彼を好きになるだろう。アイドルだからといって、恋のレースに勝てるわけでは無い。でも、これは一人の女の子として戦えるということだ。
「まだ遅くは無いよね?」
選ばれるとかそんなの関係ない。彼を好きな人が何人居ようが関係ない。私は私の好きなようにやる。
彼は多分、別の女の子と居るのだろう。残酷な事実を知った上でも、彼は一人一人真摯に向き合うことを決めたのだ。
私がそうさせた。だから、責任は私が取る。例え、彼に何かがあっても私だけはあなたの側に居てあげる。
だから頑張って?私の好きな人。
彼女は裸だった。嘘偽りなどどこにも無かった。そこに在ったのは、安らかな天使の微笑みだけがあった。




