第21話 一緒に居るということ
朝、亜空間から目を覚ました湊は諸々の準備を済ませて、マンションのドアを開いた。
ピンポーンとチャイムのボタンを鳴らすが、一向に反応する気配は見当たらない。
「仕方ない。これを使うか」
彼女とは合鍵を使って家に入って良いと事前に許可を貰っている。
もう朝の六時だが、彼女には早すぎただろうか。アイドルとして忙しいかもしれないが、睡眠時間はしっかりと取って欲しい。ただ、防犯の面を考えると…。
「ああ、もう。取り敢えず朝食を作るとしようか」
手を洗い、制服の上に持ってきたエプロンを身に着ける。
今日の朝ご飯は卵料理をメインに考えていた。時間が無くても手軽に食べられるし、シンプルな料理こそ腕の見せ所でもあるからだ。
火加減には気を付けつつ、卵を次々とドレスアップしていく。
皿に盛り付け、サラダをあわせる。主食はパンにしようか。
他にも準備をすること二十分。
「よし、良い感じ」
食卓には、バターロールにコンソメスープ、ソーセージとスクランブルエッグにサラダがずらりと並んでいた。彼女の分にはこっそりとラップを掛けておく。
彼女を起こしに行こうとも思ったが、お弁当の準備がまだだったので今のうちに準備しておこう。
昨日のうちに、作り置きしておいた物があるはずだ。
そう言って冷蔵庫から目当てのタッパー達を取り出すと、中身が少し減っていた。
盗み食いか。まあ、夜遅くに美味しそうな匂いをまき散らした此方にも責任があるという物。今回は見逃すとしよう。
食中毒の可能性も考慮して電子レンジで具材達を加熱しつつ、冷ましていく。ご飯も同じ要領でやっていく。
手際よく花柄の弁当に具材を詰め込んでいくと、あっという間に彩りの良い弁当が出来た。
「上手く出来て居ると良いけど…」
保冷剤と共にお弁当袋にお弁当を入れた。
ラップを掛けておいたとは言え、そろそろ朝ご飯を食べて欲しい時間帯になってきた。
「霞さーん。朝ですよー」
嫌な予感がしつつも、彼女の部屋のドアを開けた。
「遅いよ、湊くん。君はいつまで私をこんな姿で待たせる気!?」
彼女は何も身に着けてない状態で、仁王立ちしている。
部屋には、明らかに急いでいたであろうというふうなパジャマと下着が床に散らばっていた。
「お嬢様?」
生まれて初めて見る女性の姿に、湊は努めて冷静に言葉を返した。
「反応しないの?」
彼女の辞書に地雷と言う言葉は無いらしい。彼女は分かった上で言っているのだ。皆に見られても恥じないような体作り。出るとこはしっかりと出ていて、引き締まっているところはしっかりと引き締まっている。彼女の体には確かに努力の証が流れていた。そんな彼女が俺に問うのは、これからどうしていくのかという方向性の確認だろう。
いくら何でもこのままずっと彼女の元に居るなんて事は出来ない。
「反応はします。出る物はでます。ですが、それが決してある結末を迎えるかというとそうはならないと言うだけです。俺は、これからを生きる人を悲しませたくない。これは、俺なりのケジメなんです。もうどうしようも無いんですよ!!!あなたみたいな素晴らしい人と暮らしても、あなたが俺に裸を見せても、俺はあなたに何も返すことが出来ないっ。あなたを美しいと思えても、俺は、無責任には生きられないっ!!!」
目から一筋の雫が零れ落ちた。当分の間、それが止まる気はしなかった。
「分かっていた。分かっていたんだよ。もう、人間には戻れないかもしれないって。でも、人としての人生の未練は解消したい。自分勝手だって言うのは分かってる。でも、神としての罪を簒奪すると言う役目が偶然一致したときには喜ばずにはいられなかったんだ。罪を集めれば、歪なカタチでも人の戻れるかもしれないって。でも、もう戻れないんだよ。人の罪の結晶と言う存在が、人造神だ。集め続けた罪はただ、俺をより化け物へと至るために過ぎないピースの一つにしか過ぎなかったんだよ。俺は、皆が好きだ。皆の事がすぐ好きになってしまう。それが本来の感情なのか、神としてのものなのか、もう分からないんだ」
(ダメだ。意識が…)
感情を爆発させると、その後の事まで考えるのを忘れてしまう。ここで倒れれば、今日の予定が無に帰してしまうというのに。
「私を…、あなたを好きになった私達を舐めるなっ!!」
彼女が、喝を入れてきた。
「えっ…?」
彼女は裸である事を気にもせずに湊の目の前まで詰めてきた。その姿に湊は驚き、先程とは違って目を逸らそうとしてしまう。
「霞さんっ!?服を」
「いいから」
さっきの勢いとは打って変わり、彼女は優しく湊を抱きしめた。
「ごめんね」
誰かに抱きしめられたのはいつぶりだろうか。もう、随分昔のことだ。
「あの依頼を出したの、お父さんの部下に言われるがままにやったって言ったよね。実はあれ、嘘なんだ」
「そうか」
不意に納得してしまった。彼女はどこか悲しそうな顔をしながら此方をみる。
ふと、二人の目が合った。かーっと恥ずかしさが二人の中でこみ上げてきたが、彼女は恥ずかしさを隠すように、より一層湊を抱きしめる力を強めた。
「私はね、お父さんに言われるままにこの学校に依頼を出したんだ。一人暮らしをしていると言ったくせに、結局はお父さんの良いなりになっちゃった。あなたがお父さんを殺すかもって言うのは事前に聞かされていてね、私は反抗した。父が何をやっているのかは、風邪の噂程度で聞こえてきた。支持率が右肩上がりなのも、自殺者がこんなに減っているのは可笑しいと思うぐらいには総理大臣としての公約は成功への階段を駆け上がっていった。父は、政務を行う中での不信感も、自分の死も含めて計画のうちに入れていたんだと思う。でも、それに対して私は何も出来なかった。父は父なりの正義があって何かをやっているのだろうし、それに反論できるほどの力を私は持っている訳でも無かった。でも、私は私自身の正義というものを貫き通してみたかった。だから、アイドルになったの。結局、上手くいかなかったんだけどね」
「そう、だったのか」
すっかり湊の涙は奥に引っ込んでしまっていた。霞は、ここぞとばかりに顔を湊に近づける。
「あのね、皆があなたに気持ちを隠さないって事はあなたが皆に慕われている証拠なんだよ?」
急に彼女がそんな事を言った。
「あなたの事を嫌いって言う人も、好きって言う人も、一目惚れの人も、ツンデレの人も、積極的な人も、男性も女性も関係なくみーんなあなたの事を待ってる。ずっとあなたを好きでいることも難しいのかもしれない。でもね、好きになったっていう事実は誰にも否定出来ないんだよ?」
とびっきりの笑顔に、思わず湊は笑ってしまった。
「君は」
先の言葉を言う前に、霞の唇がすぐそこまで来ていた。
彼女は数秒湊を見つめてから、その唇にキスをした。
何秒キスをしたのかはもう分からない。相手に時間を止められたのは、湊にとって初めての経験だった。
初めてのキスは、とても柔らかった。
現実を知っても、魔法は使える。その証明が、この瞬間だった。
「あ、朝ご飯食べなきゃ。続きはまた今度ね」
しばらくして、霞の方から話を切り出した。流石にやり過ぎだと思ったのだろう。その体には、毛布が巻かれていた。
「そうだね。ありがとう、霞」
「霞っ!?今、霞って呼んだ!?」
「どうでしょう?取り敢えず、学校に行く準備をして下さい。お弁当もキチンと作りましたから。もう朝の七時です。送迎の準備に、宿題の確認、後は朝食の感想も聞きたいので3分で済ませてださいよ」
「えー?女の子は準備に時間が掛かるって知らないの?」
「そのままでも美しい霞さんなら、最低限のケアと制服で充分美しいですよ。早くしないと、ご飯抜きですからね」
そう言って湊は部屋を後にした。
(ビックリした。まさか、あんな風な事になるとは)
思ったより自分の心は早く音を上げた。少しずつではあるが、杖が持って行ったという自分に近づけているのだろうか?
そんな風な事を思っていると、お腹がぐ~っと鳴った。
(そういえば、俺もまだ朝ご飯食べてなかったな)
テーブルに乗せられた自分の分の朝食。冷めてはいたが、充分美味しかった。
「俺ももっと成長しろ、って事なのかな」
慌ただしくなりそうな予感を感じながら、湊は食器を洗いにキッチンへと足を向けた。




