第20話 詭弁
「うん、久しぶりにしては良いんじゃ無いかしら」
俺が作ったハンバーグを一口食べて、目の前の雇い主はそう呟いた。
「ありがとうございます」
「でも、まだまだよ」
彼女が釘を刺してきた。だが、隠し味をしておいたデミグラスソースはすでに無くなっている。
「素直じゃないんだから…」
「何か言った?」
おっと、聞こえてしまったようだ。
「いえ、何も」
誰だって褒められて悪い気はしないものだ。久しぶりの感覚に湊は笑みを見せた。
「驚いた…」
見ると彼女のフォークを持つ手が止まっている。
「あなたって笑うのね」
そんな風に言われても此方が困ってしまう。確かに以前の僕よりかは感情の振り幅が激しいようにも感じるが…
「ええ、まあ。嬉しいときには笑いますよ」
「…そう。いつもの笑顔と違って見えたから、何かあったのかなと思って。ああ、そういえばプレゼントを渡すのを忘れていたわ!!」
これまた急な方向転換だな…。まあ、素直に喜んでおくとしようか。
後ろで一人そわそわしている湊とは対照的に、彼女は後方に隠し持っていたのであろう30cm四方の箱を2つ持ってきた。
「はい」
「これは?」
ずい、とブラックとホワイトの配色の箱を押しつけられる。箱の大きさにしては、ずっしりとした重みがその箱には詰まっていた。
じっ、と彼女に目で訴えかけるが彼女は視線を合わそうとはしない。
「それは、私のお父さんのものね」
何故、此処でその話題が出てくるのであろうか?
「…へぇ?」
真相を確かめようと、湊は取り敢えず彼女に向けて殺気を放った。
「…っ!!!」
勿論加減はしたつもりだが、彼女にとっては脅威である事に変わりは無い。
これまでとは違う湊の迫力に彼女は思わず後ずさりしたが、恐怖に足がもつれて前に倒れるような格好になってしまった。
「良いよ。君はそうあるべきだから」
この際、真実なんて関係ない。いや、まだ本当かどうかも分からないか。
料理が乗ったテーブルからプレゼントを持ち上げ、移動してきた他の机に置く。
「それでは、開けさせて頂けます」
本のブックカバーにでも使うのかと言うぐらい丁寧に梱包を外していったその先には、見覚えのある拳銃が入っていた。
『思い出してくれたかな』
軽薄そうなあの声が頭の中で蘇る。脳内で響くそれを湊は固有能力で無理矢理せき止めた。
白鳥宗一の意識を天へと押し上げた際、彼の肉体は消滅していなかった。人の目を恐れて彼との決着を付けられなかったのだ。あの時、きちんと全てを終わらせておけば良かったのか。マルコは、自己を確立したまま無の空間を彷徨い続けることとなった。そして、その魂の所有権は湊にある。だが、宗一の魂の権限は湊には無い。
「ああっ…!!」
心臓の鼓動がやけに五月蠅い。もう、そんなものは必要無いのに。
責任は自分にある。片方を得る代わりに片方を失っただけのこと。いかにも、俺が目指す人間らしさとはそういう物だったでは無いか。
「俺は化け物なんだよ!!人以上に傲慢で無くてどうする!!」
湊が忘却の刹那を解除すると同時に、男の声が再び聞こえてきた。
『君は実に愉快だねぇ。こうまでして思い通りに動いてくれるともはや呆れてくるよ』
結果が目の前に現れた。今すぐ握りつぶそうと右手を伸ばすが、その手は空を切った。
『おいおい。私を進化させた君がこの力の事を知らないはずも無いだろう。自己の確立。そして、それは人によって様々だ』
理論武装したものはふよふよと湊の周りを回っている。
『あの時、私も見学していたのだよ』
拳銃が示す物は、どうしようも無い現実であった。
『君が神になる前、我々は患者全員に武器を与えた。君にも与えられたよなぁ、あの拳銃が。あの時の表情ったら忘れもしない。そんな生ぬるい感じで死にに来たのかとがっかりしたよ。スライドの弾き方とかも分からなかったお前が、最後の方ではしっかりと狙いを定められていたじゃないか!!!』
「止めろ!!!」
今はただ、叫ぶことしか出来なかった。
『罪を簒奪する?何を馬鹿なことを。罪をある程度吸い尽くして人間にでもなるつもりか?人であったころからまともじゃないくせに。ただ狂うしか出来なかったお前が、力を得て調子に乗ったお前が、偶々一回だけ力を正しく扱えただけのお前が、馬鹿言ってんじゃねぇ!!!あまり人類を舐めるんじゃないぞ。お前はもう化け物だ。人には、なれないんだよ!!!』
人を散々道具扱いしてきて何を言ってんだと湊は思う。ただ、正義はいつだってあちら側だ。俺は、人に倒される存在。神を名乗らなきゃ生きていけない程のちっぽけな存在だ。ただ、これだけは言わなければいけないと湊は思った。戦いとは、最後に立っていた方が強いんだ。
「生まれた意味なんて、生きてみなきゃ分からない。宗一さん、この話はもう良いよ。俺、まだ自分の事を好きになれてないし。ただ、あなたにこれだけは言いたい」
澄んだ目で魂の場所を捉える。
湊の選択肢は、勝つか負けるか。でも、それだけじゃ無いのかもしれない。その選択肢を増やすには、自らの立ち位置を平和な状況へと持って行かなくては見つからない。それでも、湊は繰り出す。
俺は、矛盾の体現者だ────。
「娘の前で、そんなあんたを見せるんじゃねぇ!!霞さんとあなたは実の親子だろ!?奇跡みたいな再会をぶち壊してまで、俺と話をしようと思ったのか!!」
『そうだよ。全く、君という物は人を信頼しすぎるきらいがあるようだね。いや、そうやって気持ち良くなることでしか生を実感できないのか?マルコ達が教えなかった刀をあんな風に使いこなすことが出来て、さぞ気持ちよかっただろう?時間を掛けるだけ掛けて、積み重ねた物はどうだい?本来の実力から目を背けて行う鍛錬は?己の芯となるものを作れた気分は?それで女の子を守れた気分は?どうだったのかい?』
「楽しかったよ」
少年は冷静だった。
「剣を振れるようになるのは楽しかった。自分だけの力で何かを積み上げる経験が少しでも出来たから。誰かを守れるのも嬉しかった。それがあったから、俺は誰かと関われるようになったんだ。あなた達が始めた恐怖の教育を、自分なりの組み替えることで俺は俺の存在を肯定した。それを気持ちよくなっただの言われようが関係ない。俺は、俺だけの生き方を以て今を生きていかなきゃないからな」
『ふうん。それを言われちゃあお終いだな。まあ良いさ。実は君にプレゼントがあってきたんだよ』
「今まさに目の前で最悪のプレゼントを貰ったところなんだが」
『ははっ、気にしない気にしない。拳銃を箱から取り出してみろ。その下にお前のライセンスがある』
「ライセンス?」
あの拳銃は、あの頃のままだった。それについて色々思うところがありつつそれをどかすと、己の証明写真が此方側を覗いてきた。
「これは…?」
『拳銃の取り扱いの証明書さ。仮にも、あの実験は国の思惑が幾ばくか関わっているからね。基本は全滅を考えていたんだけど、運良く君が生き残った。それに対する保証とお礼として、許可証なるものを作ってこれからの生活に困らないようにしようという魂胆さ。気に入ってくれたかい?』
「…霞さん。あなたのプレゼントは何ですか?」
湊は彼を無視して彼女に質問をした。初めて見る父の姿に、彼女の脳は理解を拒んでいた。
そんな折、湊から名突然の質問に彼女は鳩が豆鉄砲をくらったような顔をしていた。可愛いな。
「えっと、その、スマートフォン…です。睦さん達との連絡とか、情報を仕入れるためにとか、私との連絡先の交換とか出来たら便利かな、って」
もう一つの箱の方、ブルーとピンクで彩られたそれの中には白色のスマートフォンがその中で眠っていた。
さっきまでとは雰囲気が違って柔らかい雰囲気が彼女から滲み出ている。これが本当の彼女なのだろうか?
「宗一さん。あの娘は出来る子ですね」
実を言うと、自分にとってスマートフォンはあまり喜ばしい物では無い。何故ならば、これがあるだけで居場所を特定される可能性があるからだ。だが、スマートフォンを選んでくれたその気持ちまでは否定することはできない。そこに、彼女の本質が眠っているのだから。
『そうだろう。私にはもったいない位に出来た子だよ。って、あれ?なんで、私がお前の所にいるんだ?』
いつの間にか、実体を持ったその魂は湊によって無へと吸収されていた。
「あなたと俺の中で繋がりを作っただけのことです。あなたの言葉は、俺の心に穴を開けた。俺は、それを利用したまでです。娘さんの話題で意気投合し、あなたは一人舞い上がった。その隙に俺があなたを在るべき場所へと移動させた。それだけです。あなたの置き土産、キチンと使わせて貰います。それでは」
『霞!!おい、湊くん。あ、ちょっと待』
白鳥霞は、図らずも父親の最後を見ることが出来たのであった。
「こんな終わりで申し訳ありません。仮にも、あなたのお父様でしたのに…」
彼女は、悲しむどころか少し微笑んでいた。もう会えないと思っていた父親に会えたからだろうか。
「良いんです、湊さん。私は、父が何を行っているのか何も知りませんでした。ただ、父の部下から話を聞いてその通りにやっただけです。傷心を癒やすのでは無く、それを言い訳に勢いのまま行動してしまった。心よりお詫び申し上げます」
彼女は深々と頭を下げた。
「良いんです。演技をしているあなたも素敵と言うことが分かったので」
かあっと彼女の頬が赤みを帯びる。
「あ、あれは忘れて下さい!!こうした方が湊さんの気を引けるかと思ったので」
「まあ、そういう風に来る人は多いです。でも、あなたらしさは残っていました。これからのあなたがどんな感じかは分かりませんが、これからもお付き合いしていくのであれば少しずつで良いので見せて頂きたいなとは思いますが」
「それはもう!!それなんですけれども、契約を本当にこのまま続ける気なのですか?」
彼女は嬉しさと、驚き、疑問が入り交じったよく分からない表情をしていた。
そうだろうな。でも、俺は続けることにしたんだ。
「ええ。俺は、あなたのお手伝いさんですから」
彼女は目に涙を浮かべて頷いた。
「よろしくお願いしますっ!!!ところで、一緒に住みませんか?その方がお仕事もやりやすいでしょうし」
急な発言に湊は苦笑せざるを得なかった。
いったい本当の彼女はどれなのか?それを知るためにも、もう少し彼女の元で働いてみようと思った湊であった。




