第19話 待ち人来ず
「どうぞ、こちらです」
白鳥霞は、今回の事件以前からマンションで一人暮らしをしていた。彼女曰く、しがらみや偏見から一切解き放たれ、一人の人間と生活したいとの要望だったらしい。
父親も彼女の夢を応援してくれており、生活面は仕送りを少々といったもので、なるべく娘の自主性を尊重していた。マネージャーが実質母親代わりの様な存在であると言うことを事前の下調べで湊は認識していた。
「失礼します」
初めて入る女性の部屋に、八代湊は眩暈がした。百聞は一見にしかず。いくら世界中に神力を纏わせていたとはいえ、その一つ一つまで詳細に知ろうとは湊の良心がそれを許さなかった。おまけに、余計な情報で頭を埋め尽くしてはこれ以上身動きが取れなくなってしまう。
例え恥を掻いたとしても、経験に勝る物は無いと湊はそれを肌でしかと感じていた。
「さて、私は何からあなたにお尋ねすれば良いのでしょうか」
本当ならば、今日は学校に行った後に番組の収録を済ませるつもりだった。しかし、学校側から公欠の連絡が来た上、収録の方も体調不良と言うことになっており、何が何だか分からなくなってしまった。
原因は只一人、目の前に居る少年だ。調べた所によると、私と同じ高校に通っているらしい。
(そんなに優秀なのかしら…。いえ、まずは話を聞いてみなくちゃ)
「では、私から一つ。真実とは、必ずしもあなたに寄り添ってくれるわけではありません。むしろ、牙を剥くことが多いといっても良い」
「そのつもりです。出なければ、あのような条件をつけてまで募集をかけません」
あまりアイドルという物に触れてこなかった湊でも、彼女の凄さはひしひしと感じていた。
(総理大臣の娘やアイドルという肩書きを抜きにしても、彼女はしっかり芯が通っている)
彼女の心を見通した上で、湊は事実を躊躇無くぶん投げることにした。
「分かりました。では、言います。私は、あなたの父親とその仲間によって化け物にされました」
彼女は、目の前の少年が何を言っているのか分からないと言った表情をしていた。
「カオスルミナスを作ったのもあなたのお父様です。彼は、小さな罪を持って大きな罪を打ち消したのです」
「何を・・・言っているの?」
彼女は少しでも相手の発言の内容を噛み砕こうと必死そうな表情をしていた。その上で、湊は次の言葉を紡ぎ始めた。
「私は和泉総合病院で行われたある実験に応募したのです。対象は、自殺を考えている人。その数、何と二万六千人。年代は私と同年代の子供達がほとんどですが、その中には会社員やスパイといった人も居ました。年代では無く、一つのある共通の目的意識を持って我々は病院へと向かったのです。それが何か分かりますか?」
沈黙が流れる。こういった話の流れで質問は良くないのだろうか?そんな事を思いつつも、湊は続きを話し始める。
「答えは、”人類の為”です。それは、奇しくもカオスルミナスも同じ事を考えていた。彼らは、神を作ろうと考えていた。あなたのお父様は、少子高齢化で過ぎゆく日本の未来を変えるために。マルコ・アングレイは、目の前で救えなかった命への新しいアプローチの方法として。そして、私達はどうせ希望も無い世界なら少しは人類の為になることでもしよう。そんな感じです。皆がみんなそうだとは言いません。親にお願いされて、あるいは無理矢理連れてこられた人だって居ます。ただ、最後は笑って終われるようにしたいと思った人がその時偶々集まっただけなんですよ。 結果、僕を除いて彼らの命は見るも無惨に散っていった。死を望んで居たはずの体は、無意識に生を求めてしまう。どうせならば、嘘を吐いてでも幸せに死ねれば良かったのかもしれない」
彼女は依然として口を堅く結んでいる。そうだね、余り長い時間話すことでも無いしもう少しの辛抱だ。
「マルコは、退魔師協会に潜り込ませていたスパイが任務に失敗して自決した後、わざわざ俺に挑発をした上で命を散らしました。要するに勝ち逃げです。無論、あなたのお父様もだ。あなたのお父様は、最後にあなたの事を僕に託そうとしたんです。マルコの方は、ただ笑っているだけでしたが。結局、俺は掌で踊らされているに過ぎないんです。全てに決着を付けるとき、俺が出来たのは、ただ彼の望みのままに彼の魂を天に送ること。ただそれだけです」
最後に湊はトドメを刺した。
「もう良いわ!!!」
彼女は耳を塞ぎ、ソファの上で縮こまった。ただ、目線を切らすことは無かった。
「それは!!!拒絶ではなく防衛本能だ。今しか、あなたに真実を言えるタイミングが無いんです。何をするにしても、最後まで聞いて下さい」
思わず強い口調になってしまった。これじゃあ護衛失格だ。おまけに、上から物言いなんて教師としてはあってはならない言い草だ。だが、それでも根気強く彼女に向き合い続けなければならない。
湊は、彼女のベッドから少し離れたところで、彼女から目を背けて話し始めた。
「ここからは私の独り言ですので。彼は、いや彼らは、ずるいです。自殺者ゼロを掲げておきながら、死を望んで居る人をこれからの人類の為の有効活用といって、実験体にした。あの人が無駄死には無かったなんて言った際には、心底呆れましたよ」
こっそり部屋の奥の方に目をやると、彼女は声を押し殺して泣いていた。声をかけようとしたが、ぐっと堪えてやるべき事に湊は集中し直した。
「いつか人が未曾有の危機に瀕した時、彼とその仲間達は救世主と呼ばれるでしょう。人類が科学や魔法を以て、絶滅の危機を乗り越えられたのは、《日本の革命児》”白鳥宗一”と《カオスルミナスのリーダー》”マルコ・ラングレイのおかげだと。その後に起こる犠牲は、次の世代に降りかかることは間違い無いでしょう。勿論、今の時代もですが。死んでしまえば、責任の取りようがありませんから」
どうして、と彼女は小さく呟いた。
「どうして、あなたはこんなことをしたの・・・?」
弱々しく吐き出した言葉は、湊が張った結界によって行き場を見失う。
「人々の罪を簒奪する。それが、俺のやるべき事だからだ」
彼女はただ呆然としていた。
「あなたは、あなたは私を殺すの?それとも、ごうか」
「少し、落ち着こうか」
振り向きざまに、彼の視線が私の目を打ち抜いた。有無を言わさぬその目に、彼女は深い闇を見た。
湊がキッチンから持ってきたホットミルクを飲んで、霞は少しずつ現実と向き合い始めた。
「すみません、湊さん。はしたないお姿をお見せしてしまい、白鳥家の娘としてお詫び申し上げます」
「いえ、そうかしこまらずに。あなたは強い。それは胸を張って良いところです。それに、こういう女性の姿を見るのは初めてですから、あなたは私の初めてを奪ったというのも同然ですね、なんて。すみません、悪ふざけが済みました。生憎、こういう雰囲気の和ませ方のバリエーションが乏しいもので」
彼女は初めのうちはポカンとした表情を見せていたが、徐々に笑みを浮かべ、ついには堪えきれなくなっていた。
「ふふっ。あはははははっ。私が、あなたの中にある一つの初めてを奪ったの言うのなら、私だってあなたに初めてを奪われました」
「へぇ。それはどのような」
湊は冷静に返答した。
彼女は時間をたっぷり使った後、こう言った。
「醜いところです。家族にも見せられないようなそんな深い深い激情を」
一瞥したに過ぎないが、表面上はすでに立ち直っているように見える。これが、アイドルという存在なのだろうか。
「元気が出たようだ。一応おたずね致しますが、ご気分は」
「とっても悪いわ。もう歩けないみたい。誰か、つきっきりで看病してくれると嬉しいんだけれども」
「それはありがたい申し出ですね。しかしながらお嬢様、私めではそのような権限はもっておりません」
「ここでは私が主よ。手続きは私がしておくから、看病なさい」
何と言うことか。やっぱり似たもの同士かもしれません。
「ちなみに業務内容は?」
「部屋の整理、衣服の洗濯、毎日のお食事の提供、宿題の解説、お風呂のお世話、そして、私の初めてを奪うこと♪」
ブフッ、と湊は飲んでいた自分の分のホットミルクを吹き出すところであった。
「お言葉ですがお嬢様、これはとてもアルバイトという範疇を超えているのでは?」
「あら、私の初めてに関しては言及しないのね」
「いや、その、昨日校長先生から子供が出来ないという趣旨のいじりをされたばかりの手前、ツッコミを入れる気力も無いというか…」
「そうなの?まあ、私にもそんな事をする時間は無いからね。でも、この契約自体は良い物では無くて?」
確かにこれは湊にとっては願ってもない話だ。此処以上に人間的なスキルを磨く場は無いと言っても過言では無い。だが、彼女がこんなに好意的に動くのだろうか。
最近、自分は本音と建て前に心をかき乱されていると思う。相手が自分を愛そうが、裏切ろうが、此方はただ愛す事を貫き続ければ良い。
そこには、神や人としての境目など無い。それが例え無理難題だとしても、取り組んでみようと行動することが、この世を楽しめるきっかけなのでは無いのか。
どうにでもなれ、とやけになる人生の生き方へと舵を切るにしても、俺はやっぱり他人に優しい在り方が出来る大人になりたい。
そうだ。神とかそう言う物以前に、俺は大人になることを目指すべきだったんだ。
「おーい。話聞こえてるー?まあ、信用できないっていう方が当たり前だしむしろそっちの方が普通だよね」
いや、と湊は彼女の言葉を否定した。
「あなたの初めて以外のことならば、契約を結びたいと思います。ちなみに、もし契約に不備があった場合は化け物の力が降り注ぐこととなりますがよろしくて?」
へ?と彼女の思考が停止した。代わりに、湊の顔面には笑みが浮かんでいる。
「まあ、その話はまた今度にしましょう。取り敢えず、私は今日の夕飯の材料と、明日の分のお弁当の材料を買いに行って参りますが、何かご要望はありますか?」
「そうねぇ、今日はハンバーグをお願いするわ。明日のお弁当はあなたに任せる」
「分かりました。キッチンを使用しますがよろしいですか?」
「良いわ。後、今日の仕事が終わったら私からのプレゼントがあるからありがたく頂戴しなさい」
「へぇ。それは楽しみです。では、失礼いたします」
そうして、八代湊は白鳥霞のお手伝いさんとなった。
彼女の気の変わりよう。悪い物では無いと良いが。
マンションからの帰り道、少年は財布を握りしめたその手でスーパーへ向かう。
「まずは、ハンバーグの付け合わせを何にするかだな」
何はともあれ、お金を貰っている以上はしっかりとしたものを提供しなくては。
食事の必要が無い体となってからは、付き合いとしての外食が多かった。特に、睦との食事は楽しかった。
お金を得ようとしていたのも、もとはと言えば、二宮先生に奢ってからだ。あの時は無茶なことしたなぁ…。
自分の大切な物と、相手の大切な物はそれぞれ違う。これから作って行く料理はそれを知るためのものだ。
「霞さん。喜んでくれるといいな」
周りに目を向けられる余裕が出来た今、少年は一歩ずつ前に進んでゆく。夕焼けが沈む前には帰ろうと、湊は足を早めるのであった。




