第18話 始まり
「君に良いバイトがあるのだけれども、やってみるかい?」
総理大臣が謎の死を遂げてから数日後、湊は校長室へと呼び出されていた。丁度、湊も同じ事を考えていたので、二つ返事で了承した。
「良いのかい?そんなんじゃ交渉の場ではカモにされてしまうよ」
「良いんです。相手の魂胆と俺の目的が一致しただけですから」
達観したその言い草に、校長は首を捻った。
「そうか。単刀直入に言うけど、君には護衛をして貰いたい」
「護衛、ですか?」
ノリの良さに校長は思わず舌を巻いた。
「ああ。君の護衛対象は高校生アイドルにして、最近お亡くなりになられた白鳥前総理大臣の娘である白鳥霞だ」
「誰も彼も皆、俺に託していくんですね」
冷たい言葉であった。ただ、冷たい現実に冷たいと言えただけで湊の心は充分に前を向けていた。
「あ~、えっと、はい。そのご依頼お受け致します。丁度、これからの在り方について考えていた所なんです」
気まずさに多少言い淀んだが、きちんと相手の目を見て湊は思いを伝えることが出来た。
「これからの在り方?神として生きるだけでは無くて?」
当たり前の疑問だった。それにどう答えるのかは自分次第────。
「俺は、人に戻れたとしても、戻れなかったとしても、過去に人であったという事実は変えられません。俺が、これからも俺自身で在り続けるには人として生きた時間が多分必要なんでしょう。自分の事に決着も付けられないような奴が、他人に関われる余裕なんて無いんです。ですが、他者と関わらないときっかけは生まれない訳で。本当に気まぐれですよね、世界って」
目の前に居る男子の事が少しだけ分かったような気がした。彼は、生を諦めてなど居ない。それが分かっただけでも校長にとっては大きな成果であった。
「それで、バイトの応募条件にはどんな事が書いてあったんですか」
この学校側から斡旋されるバイトなんて、裏があると言っているものだ。退魔師との繋がりも深い上に、何処と太いパイプを結んでいるのやら。
「その条件は”真実を教えてくれる人”だ」
その言葉に湊はハッとさせられた。誰でも、特に親しい者ましてや家族の面々が殺されるとなれば真相を知りたいに決まっている。俺だって、そうするだろう。どうやら、運命の歯車から自由になれるのはまだ先の事らしい。
「それで、護衛以外にも何かすることがあるんですよね?」
条件を持ちかけてくると言うことは、何かあると言うことだ。
「家庭教師です」
なるほど、そう来たか。
「家庭教師」
俺に対応できるだろうか。そう思いながらも相手の説明に湊は耳を傾ける。
「ええ。彼女はアイドル業で忙しい身。勉強に王道無しとはよくいった物ですが、少なくとも彼女には良い点数を取って欲しい。忙しいことを理由に、勉強に触れる機会が少なくなって勉強嫌い、強いては成績不振、からのアイドル引退、と言ったような負のサイクルを私は望まない。成績の良いあなたならば、教えることも造作も無いのでは?生徒にとって良いサイクルを作り出す。今回の依頼は、私の教育者としての理念も関係しているのです」
校長の建前はともかく、よく考えられている。確かに、彼女の目的と行動理念は一致している。護衛兼家庭教師。
護衛の際は、変装のマスクでもすれば大丈夫だろうか。少なくとも、力の一端を見せる事はあってはならない。人として生きると言うことは、そういうことだ。
「では、給料ですが」
その言葉に湊は思わず固唾を飲む。正直、これからとかそういう理由もあるが、この段階で話を受けた大きな理由はお金が必要であったからだ。今現在、人間として快適な暮らしを求めるのではあればお金は必要不可欠であった。
(その足掛かりを得るためにも、時給は大事!!!)
「最低賃金です」
湊の脳内で、勝利のファンファーレが鳴り始めた。依頼を出した彼女も俺の正体に大方気付いているのかもしれない。俺を誘い込もうとしているのかしれない。ただ、それ以上に彼に人権があると認めてくれたのが何よりも嬉しかった。
「いやー、良かったですね。湊さん」
「はい。緊張しますが、全力で取り組もうと思います」
(ふっ。最低賃金で喜べる神様なんて見たことが無いよ)
校長には心の中で笑われたが、湊は新たな事に挑戦できる機会を貰えた事に感謝していた。
相手の思考を覗いては、勝手にショックを受ける。それらは全て自己責任だ。
「それで、開始日はいつから」
「明日です」
食い気味に返答された。
「とにかく、スーツを揃えて準備しておいて下さい。出席日数の方は此方で何とかしておきます。今のあなたにはそちらの方が重要だと思いますから。とにかく、誰かが襲ってきても問題無いようなスーツでお願いしますよ」
そんな某殺し屋の様な防弾スーツでも作れと言うのか。まあ、作業によって無心になるのは彼としても好ましいことではあった為、素直に了承した。
(あの美貌にやられて万が一の事があれば、割を食うのはこっちなんだから。ま、間違いがあったとしても彼は子供を作る事が出来ないから大丈夫か!!)
(そういう意味で了承した訳では無い!!)
湊の心は相手によって仕方が無く躍らされ始めたが、彼は適切なステップを踏むことに集中し始めた。
「あの」
ただ、どうしようも無い現実が目の前にあった。
失礼なことを考えた髭面の男は、即座に土下座の態勢を取った。だが、体は言うことを聞かなかった。
「どうしてそんなに饒舌なのか気になっていたんですよ。こちらが思考を読むことを前提に作戦を考えたのは良いと思いますが、如何せん相手が悪かったですね。大方土下座の写真を用いてこれからも厄介事に首を突っ込ませる魂胆だったでしょうが、そうはいきません」
「い、いやだな。わ、わたしがそんなゲス野郎なわけ無いじゃ無いですか。ただ単に私の性格が悪いというだけで」
な、何をすれば疑惑を晴らせますか?そう弱々しく男は少年に目で語りかけた。
「時給一万円」
「は?」
(クソガキが!!人生舐めてんじゃねぇぞ!!)
「こういうときにだけ正論を持ち出すのは頂けないな、先生。詳しく言おうか、退魔師協会側からの応援費と言う名目の補助金。そこから一万円、依頼を受ける度に貰おうと言うだけだ。使途不明金といういわれの無い誹謗中傷に対する完璧な回答を持ってきたんだ。むしろ感謝して欲しいな」
ふふ、という低い笑みが校長から漏れた。やり過ぎただろうか。予想に反して彼の顔は恍惚に満ちていた。
「合格です、湊君。これからもより良い関係性でいましょう」
彼は握手を求めてきた。
「ええ、こちらこそよろしくお願いします」
湊は、その差し出された手をがっしりと握った。
「「はっはっはっはっはっはっ!!!!!」」
二人の笑い声が、放課後の教室から鳴り響く。
笑い声が示すのは、恐怖か勇気か。二つの道を一つにして少年は、明日を迎える為に教室を後にした。
「霞!!今日も最高だったわよ!!」
収録終わりの楽屋で、霞はマネージャーに声をかけられた。
「そういえば、明日あなたの家庭教師兼護衛の人が来ると言っていたけれど何か知ってる?」
「あ、私がお願いしたんです。お父さんのことを引きずってばかりでは居られませんから。勉強についていけなくなるのも嫌ですし、私のせいで皆さんに迷惑をかける訳にはいかないので…」
「霞ちゃん…」
なんだか暗い雰囲気にさせてしまった。ここからどうやって場を和ませようかとしていると、偶々話を聞いていた顔馴染みの女性のスタッフが口を挟んだ。
「でも、家庭教師も護衛もこなせるような人が霞ちゃんの為に働いてくれるなんて素敵よね~。少なくとも、悪いようにはならないと思うわ」
「そうですね…。有り難うございます、和枝さん」
「良いって事よ。それより、明日もよろしくね~」
そう言って、場の良い雰囲気が保たれたままその日はお開きとなった。
翌日、彼女の元へとやって来たのは不思議な雰囲気を纏った少年と出会った。
「本日から護衛を務めさせていただく八代湊と申します。あなたのご期待に添えるように誠心誠意努めさせていただく所存です」
確かに、目の前のスーツ姿の少年はそんな事を言ったのだ。
私は、彼から全てを教えて貰うことにした。




