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第17話 生き様

 「結局、アイツらは何がしたかったんだろうな」


 昨日の出来事から一夜明け、あっという間に放課後がやって来た。


 学校の屋上で、神となった少年は一人黄昏ていた。この調子では、心の修復は追いつきそうにも無い。フェンス越しに見える野球部の喧噪が一層湊の心に陰りをともし始めた。


 積み上げてきた物が一瞬で粉々になりそうな程に、湊の心は憔悴しきっていた。


 あっけない終わり。それでも世界は回っている。たぶん、アイツらは気付いたのだろう。自分らが何をしようと、それは結局舞台の上で踊らされている駒に過ぎないと。どれだけの善行を積み上げたところで、他者は見て見ぬふりをしたままその轍を掻き消してゆく。


 悪行だって同じだ。人類が続く限り、何処かには名前が刻まれるだろう。だが、全てが無へと帰ってしまえば、それを覚えている物はいない。


 実に素晴らしい発想だ。彼らは、小さな罪を持って、大きな罪を消そうとしたのだ。あわよくば、その様子を楽しもうとさえしている。


 「全く、とことん酔狂なヤツらだ」


 結局、世の中死んだ者勝ちだ。どう生きて、どう死ぬか。死まで含めて人生なのだ。俺は、そこまで深く他人に関わることは出来ない。


 空を見上げると、雲が楽しそうに流されていく最中であった。あの流れを俺は断ち切ったのだ。


 ふと、床に寝そべることにしてみた。あの雲は何処へゆくのか。それを見届ける義務が俺にはある。


 二時間ほどだろうか、夕焼けはひっそりとなりを潜め始めており、それを湊はようやく教室へと戻ることにした。


 (どうせなら、剣の素振りもしておけば良かったかな)


 自分でしか動けない時間で練習をするのはやはり寂しい。一億年もこもっておきながら、孤独には弱いし、感情の整理すら杖(もう一人の自分)が居なければままならない。あの時は、それ程までに没頭できていた。


 だが、皆がするような時の流れに身を委ねる修行も彼には必要だったのかもしれない。一億年という到底信じられないような時間の流れはもう本当かどうかも分からない。ただ、それでも積み重ねた物だけは嘘をつかない。それでも、浮かび上がった不信感は彼をやけにさせてしまうには十分であった。


 時の無情さも、不確実性も、全ては二つの可能性へと収束していく。勝つか、負けるか。


 自分を信じられなくなった少年は、荷物をもったまま窓の外へと身を投げた。


 衝撃は分散させなかった。無機質な音が、頸椎を破壊した証拠だった。だが、体が不完全でも少年は生きている。いや、生かされている。一秒もせずに体は元に戻った。


 「・・・・・・」


 今は、痛みで生を感じることが彼の精一杯であった。よろよろと子鹿のように立ち上がっては、元の教室へと移動し落下を繰り返す。


 流れ出る赤い血を見ても、己が持つ魂の真髄には辿り着けそうにも無い。


 「ははっ」


 笑っていろ。この体たらくを見て、笑っていろ。お前らは笑い死んで綺麗に散れた訳だ。諸々の責任を俺に押しつけて、その代償と言えば二度とこの世に生まれ落ちることが出来ないと言うだけ。


 自己を確立したまま、この世から消え去る。その魂は、誰にも汚されることは無い。


 行き場の無い怒りが神経を通して体を循環していく。魂の格がなんだ?敵が居ないからなんだ?良いように使われ続けるからなんだ?分かってんだろ。俺のやるべき事は────。


 「罪を簒奪すること、それだけだ」


 神は神らしく、その役目を全うしていれば良い。その名に刻まれた数字のように、彼は為すべき事へと焦点を定め始めた。















 「カオスルミナスが壊滅したって?」


 国会議事堂での審議を終えた夜、総理大臣の男は帰りの車の中でにんまりとした笑みを浮かべた。


 「結構なことだ。彼らは為すべき事を為したまで。貴い犠牲には、畏敬の念を表するとしよう」


 「総理。何故、あのテロリスト共に手を貸したのですか?総理ならば、もっと良い方法があったはずでは?」


 「君のその立ち回り方には恐れ入る。良いよ、それに免じて教えてあげよう。私の公約が何だったか、分かるかい?」


 数秒の睨み合いが展開される。だが、すでに結末は決まっていた。


 「自殺者ゼロ、でしたよね?」


 「ああそうだ。全く、この世界には絶望が多すぎる。おかげでこの国もいまや若者が凄い勢いで減っていって居る。ただでさえ、少子高齢化だというのに!!!」


 運転手は、車を走らせ続ける。彼の最後の目的地を目掛けて。


 「それでね。私は考えたんだ。人が進化すれば、あらゆる問題が解決すると!!!それを教えてくれたのが、マルコだ。あの頃は楽しかったなぁ。フィッシュアンドチップスをどれぐらい食べるか、競争したこともあったけ」


 冷たい視線が鏡越しに反射した。彼は慌てて咳払いでごまかした。


「彼は絶望していたんだ。医師として人を救う日々と、退魔師として魔を祓い続ける日々。中には、魔に取り憑かれた人を殺さなくちゃならなかった」


 「私はね、その事実に憂い、変えたいと願った。正攻法じゃ埒が明かない。だから、テロリストをでっちあげることにした。カオスルミナス。どうだい?良い名前だろう?」


 運転手は答えなかった。


 「まあ良いさ。彼らは時が来るまで人を助け続け、私は綺麗事を実行し続けてきた。全ては、あの日の為に。今の人は、期待の新人に目がなくてね。目に見える形を行うと、支持者はうなぎ登りなのさ」


 彼は、少し申し訳なさそうにしていた。


 「裏では、計画を話していたのですか」


 その余韻をものともせず、間髪入れずに運転手は質問を投げかけた。


 食い気味な質問に首相は面食らったが、すぐさま持ち直した。


 「そうだね。この若さで首相になるには表と裏、どちら側の支持も得られなければならない。そして、それは成功した。何故か分かるかい?」


 「人智の理を超えた世界の話ですか?」


 「私の人間的魅力もその一助になっていると信じたいが、そうだ。我が国は、無宗教でいて、他者に寛容だ。正月にハロウィンにクリスマス。この混沌した下地が、魔術を使うにはぴったりなんだ。最初は、信じられなかったよ。科学が魔術を否定し続けているこの世界で、魔術が躍り出てくるなんて」


 まるで無邪気な子供のようだ。男は年の割にはしゃぎすぎたのか、肩で息をしていた。


 「でもね、それこそが鍵だったんだ。魔法と言うのは誰彼構わず使っては神秘性が無くなる。現実という物を知ってしまうからだ。だが、この時代再び魔術全盛の時代が戻ってきた。マルコは、私の計画に乗った事で時代と、神秘性という二つの武器を手に入れた。彼を止められた物は居なかった。彼女を除いては」


 「工藤環奈ですか」


 「ああ。彼女はこの世界の特異点だ。むしろ、我々と対立してくれた方が良い。彼女は、我々が失敗したときのもう一つの可能性なのだから。失敬、話がずれたね。それで、魔術に頼れば、あっという間に私達の計画の効率が上がってしまった」


 「あなたの科学一辺倒という思い込みを、力業ではありますが逆転させたことによって・・・」


 「そうだ。私はなるべく、この国の未来になるように行動したつもりだ。誰一人とて、無駄死にとは言わせない為に」


 しばし沈黙が流れる。二人は、外を見ていた。最初で最後の景色を。


 目的地までの距離が半分を過ぎた辺りで総理は運転手に話しかけた。


 「君は、私の罪を簒奪してくれるのかい?」


 「ええ。それが僕に出来る全てです」


 運転手が後部座席の窓を開く。入ってくる夜風は無への入り口には丁度良い。


 「良い風だ。アイツは、この風を知ってたのかな?」


 「ええ。気持ちよさそうに感じていましたよ」


 「そうか。大した奴だなぁ、我が友は」


 風が男を無へと誘う。男が現世に留まる理由はもう無い。


 「なぁ。娘を」


 湊はその言葉を遮った。


 「喋らないで下さい、総理。俺は、あなたのこれからの罪を奪うだけだ。」


 強い言葉を湊は使えなかった。神様はまだ、子供であった。


 「優しいな、君は」


 「優しくなんか」


 そう言いかけて、止めた。


 「いえ、そうですね」


 突如、運転手から少年の気配が消えた。


 「君、此処で降ろしてくれて構わないよ」


 急な発言にも関わらず、運転手は冷静に車を路肩に止めた。


 「ご苦労様」


 そう言った手前、彼の意識は天に昇った。













 救急車だろうか。街一帯にサイレンが鳴り響いている。


 「ああ。分かっているよ」


 廃ビルの屋上で、少年はぼやいた。全てが終わったのだ。それでも、止まることは出来ない。絶望は、絶え間なく襲ってくる。それでいい。俺は前に進めている。この結末を見届けたのは、俺自身の責任だ。皆の分も、俺が背負えば問題無い。


 後は、それを俺自身が正しく受け取れられるかどうか。


 「ずるいな」


 過去が首を絞めてきた。いつもの感触を忘れずに、少年は一人夜空に繰り出した。








 



 





 




 

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