第16話 人は人でしか有り続けられない/ 8460 8710
「それで、グラントは?」
日本で作戦を遂行するに当たって新たに雇った秘書と過ごしてからまる3年。久しぶりの我が家は、妙に真新しく感じた。
カオスルミナスのボスにとっては、久しぶりのイギリスだ。だが、秀にとっては初めてのイギリスであった。お互いにとっても、今日は心が安まることの出来る一日で無ければならなかった。だが、事はそう上手く運ぶ物ではない。
彼らが起こしてきた物語のツケが、じわじわと彼らを蝕んでゆく。
「彼は任務を果たし、お亡くなりになりました」
目の前の魔方陣から運ばれてきた彼の死体を見て、秀は臆すこと無く言い放った。
「そうか。結構だ」
ボスは暴れる代わりに、引き出しの奥にしまい込んでいた葉巻を取り出した。
胸ポケットに忍ばせてライターで、大事そうに火を付ける。
「禁煙されたのでは?マルコ様」
秀の顔には汗が滲んでいたが、彼は笑っていた。彼のブレーキは、ボスの血を浴びた瞬間からすでに壊れていた。
「私の名を呼んだな、秀。貴様は、その意味が分かっているのか?」
この場面で警告を言うほどに、ボスは身内には甘かった。
「貴方様に使えたその日から、よく知っております。そして、それを使うべき時が来たと言うだけのことです」
「新参者が、偉そうに…。せっかくの葉巻がお前のせいで台無しだ」
口ではそう言うが、マルコはどこか楽しそうだ。
「ルールはルールですから。地獄でのおもてなしを、グラント一人に任せるわけにはいかないので」
それは私の役目です、と言わんばかりに彼は毅然とした態度を崩さない。
「はははははっ。この馬鹿者がっ!!!まだ若いお前が俺より先に死ぬとは一体何を考えている!!」
来るべき時が来たと言うだけだ。何かを言ったところで秀の覚悟は堅いだろう。ならば、こちらも利用するまで。
マルコは俯いたままの顔の裏では、狂気を携えた笑みを浮かべていた。
「ただ、人間として有るべき姿を死してもなお貫こうと思っただけですよ。一人で何でもかんでも抱えこんでしまう我々の子供とは違ってね」
まだ見ぬ死に心が犯されているのか、秀はいかにも饒舌になっていた。
「ははっ。地獄に行くまでその心意気とは、些か傲慢すぎやしないか?お前のみっともない姿をみても、酒の肴にすら及ばない」
「ご冗談を。人は強欲くらいが丁度良いんですよ。胸の内に七つの大罪を秘めているくらいが、ね」
「ははは。それは言えてるな、我が友よ。別れをこの目で見られるだけで幸運というもの。奴に乾杯をしながら、君との別れを惜しもうか」
彼らは、自らの死すらエンターテインメントだと感じている。生きていても、居なくても、面白い物が見られればそれで良いのだ。
求めるべきモノが無ければ作れば良い。奪えば良い。求めれば良い。与えれば良い。
我々はただ、混沌を世に照らす者。死してなお、その栄光は止まず、決して途切れることは無い。
彼らにとっての愚かさとは、善だ。悪とは、存在証明だ。罪とは、人生だ。正義とは、対価だ。痛みとは、快楽だ。
各々が楽しければそれで良い。神を作った人類が、今更何を恐れる必要がある?
理性を捨てても尚、人は人のカタチでしか生きられない。
それこそ、我が人生の一助なり。
「頃合いだろう、秀。カオスルミナス総員一同貴様の願いに応えよう」
いつの間にか、彼の周りには老若男女問わず多くの団員達が集まっていた。全員、ナイフを手に取っている。
「「「「マルコ様、万歳!!!!」」」」
皆一斉に首にナイフを添える。
「何故…?」
まだ日が浅い秀は、最後の最後にミスを犯した。
「我々が仲間を置いていく訳無いだろう。アイツが一人で地獄ツアーへの抜け駆けとか許せる訳がない!!!そうだろ、野郎共!!!」
ボスが、周りを盛り上げる。加えていた葉巻は地に落ちた。
「「「「おおおおっ!!!!」」」」
まるで宴会だ。魔法でも使ったのか、あっという間に部屋中へと燃え広がる炎の中でお互いに体を切りつけ合い、しだいに彼らの血液が一つへと混じり合っていく。
「八面六臂の我が子に捧ぐ。お前の活躍が地獄にまで伝わってきたとき、その時は私達の負けだ。さあ、諸君らはいつまで逃げ切れるかな?」
マルコが言葉を言い終わるや否や、各々のナイフに首が、臓物が、目が、腕が、手が、餌食となって落とされてゆく。
ああ、こんなにも素晴らしい仲間達に恵まれて、私は幸せ者だな。
彼らは、自らの行動を正当化したように笑顔で地獄の門をくぐり抜けた。
弱いことは、時に強い事よりも凶悪だ。魔法のような理の外に位置するような力を持って生まれたとしても、心の弱さ一つで持たざる者よりも惨めになってしまう事がある。
中途半端。極端でしか生きられないこの世界で、どちらにも染まりきれない俺が、完全に力を振るえる訳がなかった。
帰路につき、人目につかないところで亜空間への扉を開こうとしたその時、強烈な不快感が湊の心を襲った。
世界中に纏わせた神力が、事細かに様子を一瞬のうちに伝えてくる。
「まさか…。勝ち逃げする気か。マルコぉぉぉぉっっっ!!!」
ここで忘却の刹那を発動すれば、ヤツらの高笑いは絶望へと変わるであろう。
だが、アイツらはそんな物では止まらない。狂ったことを俯瞰しながら、そのまま突っ込むようなヤツらだ。だが、それは絶望を与えない理由にはならない。
「忘却の刹那ッ!!!」
これ以上負ける必要は無かった。あの日負けたのだから。俺の残りの人生には必要無いものだった。
感情に飲まれて術の制御が追いつかない。今まで支配してきた一瞬は、物理法則に支配された世界のみだった。
だが、今回は術が発動した世界だ。地獄が現世と繋がっている。こんな事態は初めてだ。
俺はまた知らない世界に打ちのめされた。
「ふざけるなよ!!!!何が、国家だ。何が勝ち逃げだ。何が、神だ。俺が、人間に憧れたのが悪いんじゃないか。特別を捨ててまで普通になりきる覚悟が出来なかったから。俺が、弱いから…」
まだ、世界は止まっている。弱音を吐いても、足だけは止まらなかった。
「全部、あの時に置いてきただろ。俺は、勝たなくちゃいけないんだろ!!!頑張れよ、八代湊!!!世界を止めたのなら、その責任はお前が負うんだろ!!!」
神凪を無から取り出し、鞘から引き抜く。
神凪に触れた途端、思考がクリアになった。これが、相棒という物なのだろうか。
ありったけの神力を相棒に込める。神凪の能力(神力の出力増幅、安定)で、神力が金色から虹色へと変化していく。
力を込めている間、ヤツらを倒した後の事を考える。
カオスルミナスの壊滅は、トカゲの尻尾切りなのだろう。国家ぐるみで引き起こされた人体実験。それに何故、カオスルミナスが用いられたのか。何故、魔術という物が世界に広まったのか。何故、人はまだそれを用いないのか。
「その罪、俺が貰う!!!」
崩壊が始まりそうな空間の中で、湊は瞬間移動をしたと同時に地獄への入り口ごと彼らを葬り去った。
「はぁっ、はぁっ」
ヤツらを消し飛ばす寸前、彼らの顔は笑顔に満ちていた。まるで我々の価値だと言わんばかりに。
「ここであなた達とはお別れです。自ら地獄に行こうなんて、俺が許すわけ無いだろ。お前ら全員止まった時の中を彷徨い続けるんだ。せいぜい、噛みしめろ」
ヤツらは思考も、行動も、何も出来ない。もう、何処にも存在しない。
こうしてまた、日常へと戻っていく。日本に戻ってすぐに湊は、和泉総合病院へと向かった。その両手には、花束が握られている。
「死を望んで居たあなた方は、無理矢理にも生への渇望を余儀なくされ、亡くなってしまった。俺は、一人だけ生き残り、高揚し、狂い、後悔し、今に至っている。なんとかやれてるのは、皆のおかげです。敵は取りました。今日はゆっくり休んで下さい。また来ます」
成仏させた彼らに贈る言葉。彼らの事を忘れない限り、少年は何処までもいけるであろう。




