第14話 飛んで火にいる夏の虫。…但し、彼は除く。
「あなただけよ。この不条理に立ち向かうのは。あなたが早く天に昇ってくれれば、私たちは幸せに暮らせるというのに」
「そうだ。おまえさえいなければ、俺たちはこんな風にはならなかったんだ!!!」
漫然たる悪意が、夢の中で暴れまわる。きっとこれも昨日の敵のせいだろう。
寝付けない湊は、ジャージ姿に着替えて亜空間の扉を開けた。
目的地は、相続放棄扱いされていたあの家だ。玄関には明かりが灯っていた。
履き古した靴をわざわざ新品にしてまでこの場所に来たというのに…。世知辛いなぁ。
荷物はきちんと亜空間に収納していたし、触ってはいけないものには触れてはいない。それを見計らってかわざわざ買い手を付かせたのだろうか。それにしても、差し押さえ云々の前にきちんとした補填を退魔師や警察側は俺の家族達に対して行ってくれたのだろうか。
まあ、手紙を許すぐらいだからきっと大丈夫だろう。
とにかく、家だけは残り続けていた。形だけは同じで、中身は違う。俺もいつかはああなるのかな。
それでも、あの場所はもういない。それが分かっただけで今日を生きた意味があったのかもしれない。
未熟さを噛みしめる毎日。だが、それは戦いにおいて無敗を貫くために必要なことだ。負けないためには、負けが必要だ。敗北から始まる物語が。
少しでも後悔の波に飲み込まれない負け方を俺は知りたい。
「だからこそ、学校に通うんだ」
出来る限り、あいつらが俺に対して友好的にいてくれるまでは。本当は、そんなことは関係ないのに。
「あーあ、何か肩透かしをくらった気分だな」
そう言い聞かせて、湊はまた暗闇の中へと舞い戻った。
なんだかんだ言って学校生活は順調だった。湊は神力を抑える鍛錬を続けながら、元来の人間と同じように生活を送っていた。
人の姿で、人智を超えた力を操る。フィクションなどはこういった傾向の物が多い。前例があるから、道標が出来、やることがはっきりしている。前例が無くても、はっきりしている事に変わりはないが。
もうそんな時期か。窓際の風で揺れる短冊を横目に修行を付けた後、湊と颯真はいつものように語りあっていた。
「なあ、最近の湊は力を抑えているだろ。野暮だと思って目は使わなかったけど、何かあったのか」
体育祭後の中間試験の際、湊は紙で指を切ってしまったらしい。その時はご丁寧に絆創膏まで付けていた。らしくない。颯真は、これから起こる何かが不安で仕方がなかった。
「心配するな。これは修行の一環なんだ。力を抑える術を持たなくて、神が務まると思うか?そして、これは未来への投資でもあるんだ」
「未来への投資?」
「ああ。もし俺が力を失った時、生きていくためにな」
「力を失うって…。そんなにやばい奴がいるのか?」
「あくまで仮定の話さ。生きる理由が出来たのに、力を失ったぐらいで歩みを止めたくはないからな」
颯真はじっと聞き入っている。
「努力するという行為を忘れたくは無いしな。それに、芸は身を助けるんだ。いろいろやっといたほうが、この先お得だろ?」
湊は、彼自身が積み上げてきたものを芸といった。それほどまでに悩んでいるのか、君は…?
「俺はね、能力に縛られているんだ。まるで睦の様だなって思うだろう?でも、彼女にも寿命がある。俺の場合は無い。たとえ宇宙が崩壊しようが生きている自信が今の俺にはある。それで、能力の話だったな?俺の場合は、何をやっても成功する。いや、成功しなければならない。そんな重圧に押しつぶされそうだった。体育祭の時までは。そりゃあ、自分自身だけで臨めばそうなるさ。だからこそ、一億年剣を振っても疲れることも精神が摩耗することもなかった。嘘じゃないぞ。あの時はまあ、熱中してたからな。何かを積み上げることの大切さってヤツに。誰かと比べるわけでもない。才能がどうとか必要ない。ただやればやった分だけ、見えてくるものがあったからだ。それはまあ、アイツがいたっていうのも大きいけど。まあ、今のほうがよっぽど疲れる。それはなぜか分かるか?」
「俺に出会ったから?」
颯真はポロポロと泣き出していた。
「半分正解、半分ハズレ。人はさ、魔法とかが使えなくても、才能に悩んだりするだろ?もちろん、魔法使いにだって才能は必要だけどさ。とにかく、人は他人と比べたがるだろ。人は一人では生きていけない。むしろ個ではなく、集団でこそ強みが発揮されるとも言える。才能って言葉で全てを片付けて、前に進むことを忘れてしまっている。でも、それは一度向き合った証拠なんだ。諦められないことっていうのは、どうしてもあるだろうし、俺にだってある。だからさ、俺はそういった人の味方になりたいんだ」
「俺は、これからも良い様に人に使われていくだろう。罪によって生まれ変わり、他者の罪も全て俺が引き受けてしまう。もしかしたら、生まれたことが罪なのかもしれない。それでも、俺は颯真に感謝していると伝えたかった。誰かと生きることの大切さを俺は病院の中で教えられて、それを睦や高坂、そしてお前が実行してくれたんだ。人と関わる以上、運勢の流れはどうしても影響してくるし、俺自身が未熟だから人との関係性も上手く築くことは出来ていない。それでも、俺が学校に通い続けることが出来たのは、八代湊という人間に向き合おうと出来たのは、お前達がいたからだ。颯真」
「そこは俺だけで良いだろ」
照れ隠しなのか、むすっとした表情で颯真は言う。
「いや、だって聞かれてるかもしれないし」
気配も片時も感知していないが、いるのだろうと予測はしていた。
はぁ、と颯真がため息を吐いた。
「まったく、これぐらいの隠密にも気が付かないなんて神様失格なんじゃないか?」
「仕方ないだろ。未熟なもんは未熟なんだ。成長することはまず、己の立ち位置を分かっていなきゃな」
「それもそうだね。じゃあ、後は睦さんに任せるわ。高坂と俺はおとなしく退散するよ」
「ちょっと待て!!!お前らいつの間にそんな仲良しになったんだよ。もしかして性癖でも語り合ったのか?」
「違うよ!!湊はどんな劣勢からでも確実に反撃してくんのは止めろ!!あー、もう!!せっかくの雰囲気が台無しじゃないか」
男にしては可愛らしい怒り方だな。こりゃあ、ある層の女子にモテるのも納得だな…。
「悪いな。これだけは譲れないんだ」
「まあ、湊らしくて良いけど。じゃあ、また明日な」
「ああ、また明日」
如何にもすっきりとしたというような表情で、颯真は教室を出て行った。ドアは誰もいないはずなのに勝手に閉まったということは、どうやら本当に高坂がいたらしい。
「どうやら、私たちの姿が見えていないっていうのは本当みたいだね」
「まさか、この声は…」
彼が見えないことをいいことに、睦は彼の前でドヤ顔をして立っていた。
「睦殿!!!っていうのは冗談で、睦さん。帰りましょうか。丁度、環奈さんに用事があったんですよ」
突然の暴露に彼女は慌てて隠密状態を解除した。
「ちょっと!!!会った途端に、他の人の名前を出さないでよ」
本気で怒っていないのは分かってはいたが、ヤカンが沸騰しそうなほど彼女の顔面は真っ赤に染まっていく。ウン、可愛い。
「いや、お気になさらず。あなたという存在にはこの言葉がいろいろな意味でクリティカルヒットするという情報が流れてきたもので。それにしても、あのドヤ顔は良かったです。俺の今までの苦労は報われるでしょう」
さらに彼女の頬が赤みを帯びた。
「どどど、どうしてそれを!!!」
「いやー、ただの予想ですよ。ほら、マスク越しに変顔する人とかいるじゃないですか。大方、自分が有利を取ったことで、千載一遇のチャンスを逃しまいとしたのでしょうが、当たりでしたね」
湊はニヤニヤとどこか悪そうな笑みを浮かべた。
「ふ、ふん。それで、環奈さんに何の用があるの?」
「それは着いてからのお楽しみ、だね」
二人は消え入る夕焼けを横目に二人校舎を後にした。




