第12話 日常となるべき姿
「それで、先生はどうしてあんなことをしたんですか?」
「そりゃあ、ずるいと思ったからよ。何であなた一人だけが生き残るのよ。うわぁ~ん」
洋食屋でビーフシチューやらスープを食べてお腹も膨れたところで俺は支払いを終えて帰ろうとしたが、彼女はお代を俺が持つことを良いことに、居酒屋に行こうと言い出した。
正直、ここまで打ち解けるとは思わなかった。それならば、奢った甲斐はあったというものである。無論、お金を取り立てるなんて事もするつもりはない。ただ、彼女が幸せそうならばそれで良い。
そうして、今彼女は泣きながら酒を飲んでいた。
はぁ。これでは会話もまともに成り立たないな。
「先生。ちょっとよろしいですか」
「う~ん。湊君って都合のいい男だよね~」
ああ。溜まらずため息が漏れる。もう加減はしない。俺はたまらず指パッチンを敢行した。
「ふぇっ」
でろーんとしていた彼女は、即座に正気を取り戻した。
「ちょっ、何勝手にアルコール分解させてんのよ!!」
ジョッキを振り上げながら、彼女は急に現実の引き戻されたことに怒っていた。
「明日も学校は有るでしょうが。二日酔いのまま教壇に立たれちゃあ、俺が先生を誘った意味がありません。俺はただ、食事を通して先生の本意を聞きたかっただけですから。そこまで恥ずかしい姿を見せなくても…」
「ふーん。あんなことした私と仲良くなろうとするなんてあなたは余程の物好きね」
「恐縮です」
「でーすーが、あなたは一つ大きな間違いを犯しています」
「それは、明日が土曜日と言うことですか?」
「ちょっ、何で言っちゃうの?せっかくあなたが間違えたと思ったのに」
「間違えたのは本当ですよ。ただ修正しただけです」
「そう。じゃあ食べて良いわよね」
「どうぞ」
結局、終電まで彼女の愚痴に付き合わせられる事となった。
こうして、彼女は俺が守るべき人の一人となった。
「それで、湊は何円分を彼女に奢ったの?」
月曜日。睦は俺に会うなり、人気の無い場所に連れてきて質問をしてきた。
「大体6万円分くらいかな」
「ろっ、6万円!?たった一回の夕食でだよ」
「ああ。俺は彼女にそこまで使っても良いと判断しただけだ。殺されるより、余程マシだろう」
倉庫のドアをぶち破るほどのパワー。やはり、火事場の馬鹿力というものは恐ろしい。ちなみに、彼女は打撲と筋肉痛で週末は、うめき苦しんだらしい。流石にそこまでの面倒は俺も見切れなかった。
「だからと言って…。普通の人はそこまでやらないと思うけど?」
「やるやらないではなく、やるしか選択肢は無いんだ。仮にも俺はこの学園の生徒だ。内部で問題が起こったら、それを解決するのは当然だろう?」
「それはそうだけど…」
「元はと言えば、俺が存在しているから起きた出来事だ。それぐらいのことは、どうにか出来ないと駄目だよ。それこそ、睦さんや高坂にも協力を頼むことがあるかもしれないけど、良いか?」
「睦。さんは要らないよ。じゃなきゃ、助けない」
彼女のふくれっ面と共に繰り出されるその言葉は反則級に可愛かった。
「分かった。睦、これからもよろしく頼む」
高坂も、と小声で伝えておく。
「ちっ、ばれてんじゃねぇか」
「結人!?いつからそこに居たの!!」
彼は体全体を大方水蒸気にでもしたのだろう。俺達の声が聞こえたから、こっそり此方に移動して身を潜めていたという感じかな。
「それで、あの女は信用におけるんだろうな」
「ああ。俺が保証しよう。仮に敵対するとしても、その対象は俺だけだと思うから大丈夫だろう」
「まあ良い。取り敢えずホームルームが始まるから戻るぞ」
五分ほどが過ぎてホームルームが始まった。颯真はいつも通りニコニコしていた。
「と言うわけで、体育祭の時期となります。来週の火曜日までにどの競技に参加するのか考えておいて下さい」
それを言い終わるやいなや、教室が熱狂の渦に包まれた。
これじゃあ、授業が成立しないかもな。そういって湊は、配られた体育祭のパンフレットに頭を悩ませ始めた。
放課後。人気の無い教室で颯真が俺に質問してきた。
「なあなあ。湊はどの競技に参加するんだ?」
「そうだなあ。どうせなら、颯真と同じところが良いかもな」
「そうか?そうだなぁ。それじゃあバレーボールとかどうだ。俺、部活はやってないけど球技には自信あるし」
「そうか。じゃあ、それにするよ。後で、練習しようか」
後、彼の目の心配などをしたが特に問題は無いとのことだった。
「もしかしたら、発現するのに条件があるのかもしれない。一つは、感情の高ぶり。もう一つは、外的要因による影響だ」
「感情の高ぶりは分かるけど、外的要因って?」
「例えば、現実にもあるけどフィクションとかでもよく見る魔力や呪力といったものだな。颯真の場合は、そういう物が濃い場所で俊也に会うことを強く望んだから、目が進化したってことも考えられるけど」
「じゃあ、頑張れば幽霊以外にも、魔力や呪力といった力を捉えることが出来るって事か!?」
「ああ。だが、それでは急に大量の情報が流れ込んできて脳の方にダメージが行ってしまう。普段から目を酷使しているのに、それと並行してだからな。だから、まずは弱い力を見ることで徐々に耐性を付けておく。その特訓には俺が付き合うよ。これも、俺の責任だし。そして、ある程度魔力を目で知覚できるようになったら、今度はその感覚を体全体へと広げていく」
「それって大変じゃないのか」
「ああ、大変だとも。目には神経繊維が百万本もある。目で力の流れを完璧に操れるようになれば、全体に移行することなど訳ないさ。これは、意思があろうと無かろうと力を持った者の責任だ。最後まで面倒は見るさ」
「そうか。じゃあ、今すぐやろうぜ」
「じゃあ、少し待ってくれ」
そう言うと、湊は刀印を胸の前で構えた。
「方陣展開、運線来迎」
巨大な方陣が床に展開され、回転していく。この術は、九星術で言う方角の吉凶を、自分を支点にして、運勢そのものを変えてしまうものだ。五黄殺で無ければ、基本的に彼は不幸に巻き込まれることを防ぐ事が出来る。
「これで良し、と。さあ、始めようか」
万が一にでも、クラスメイト達に見られるわけには行かない。そこで、人払いの結界を使うのも一つの方法だが、この時間にまだ先生や生徒はいるため、通れないなどと言うことになって不信感をもたれるのは悪手だ。先日の結界については偶々上手くいったに過ぎない。あくまで運の良さと言うと言う体でこの特訓を見られないようにするという訳だ。
颯真は、授業よりも方陣の方に興味が移っていた。
「はいはい。後で仕組みを教えるから。今は、話を聞いてくれ~」
「ああ、分かった」
そこから小一時間ほど、説明や実践を繰り返した。
今日の体験で分かった事は、彼の筋が良いと言うことだ。
しっかりと、俺が映し出した幻を知覚できている。もしかしたら、発言方法にも得手不得手が関わってくるのかもしれない。
「良し。今日はこんなところで良いだろう。これを毎日続ければ、力の繊細なコントロールが可能になるだろう」
そこで、颯真が口を開く。
「なあ。俺の力の根源って何なんだ」
「うーん。名付けるとするならば、霊力、と言った所かな。人ならざる者が見える力。通常は、宗教の信仰を通じた魔力とか呪力が一般的だけど、颯真の場合は、第六感がそのまま成長したみたいな感じだから、霊感からとって、霊力で良いと思う」
「ふーん。なんとなく分かった。じゃあ、また明日」
「うん。また明日」
俺も、まだまだ修行を続けないとな。颯真の修行の様子に、湊も触発されつつ彼は教室を後にした。
下駄箱の前では、まるで仕組まれたかのように睦が昇降口の前で立ちすくんでいた。こっそり、防音結界を敷いておく。
「遅い!!」
「えーと。睦さん?誰かと勘違いしていらっしゃるのでは無いでしょうか?」
「良いじゃ無い。先週はアンナちゃん、今日は颯真君と仲良くしちゃって私とは仲良くしないなんて有り得ないじゃない」
「いや、それは…。分かりましたよ、お嬢様、お供致しますのでどうかお気持ちをお鎮めになって下さい。勿論、今日は私の奢りでございます」
「ふ、ふん。当たり前じゃ無い。って、違う!!!!私は、あなたと対等な関係で関係を構築していきたいの。今度、そんなことやったら二度と口を聞いてあげない」
怒った彼女の姿も可愛らしい。
「はいはい。分かりました」
「分かればよろしい。それと、今日は私の奢りだから」
ええ?と一気に湊の表情には暗雲が立ちこめた。
「何よ。ちゃんと私が結果を挙げて貰った報奨金だから、安心して。ほら、行くわよ」
「えーと、金曜日の発言、もしかして聞かれてました?」
「当たり前じゃ無い。私、あなたの考えていること何でも分かっちゃうんだから」
これが本当のファンタジーでは無かろうか。そう、湊は心の中で思った。




