26、二人だけの秘密
邪魔は、急いでいる時に限って入るものだ。
* *
今度は青褪めた顔の執事がやって来た。
「オシアン公爵閣下とエーンバル伯爵閣下にご報告いたします。先程、当家においでになったリンドウォーム侯爵閣下が、御二方との面会を求めていらっしゃいます」
今のところ、テフナット子爵がミルメコレオ子爵の代理として毅然と対応している。しかし末弟を亡くしたリンドウォーム侯爵は興奮しており、テフナット子爵を銃殺しかねない、と。
「リンドウォーム侯爵は銃を持っているのだね?」
オシアンがそう尋ねると、執事は強張った顔で頷いた。侯爵閣下は、マスケット銃を携えておいでです、と。
オシアンは、如何にもあのジャスティン・アイザック・モロー卿のやりそうなことだ、と首を振った。
「それは如何に聡明なテフナット子爵とて手に余ることだろう。我とマグナス卿は急いでそちらに向かう」
オシアンは執事にそう伝え、それからエズメと風精霊に目を向けた。
「義兄弟よ。エズメ嬢のことを頼んでも良いかね?」
風精霊は得意げに片目を閉じた。
「任せて、義兄弟。この素敵なお姫様のことをきちんとエスコートしてみせるからさ」
「そう言ってもらえると心強い」
オシアンはマグナスを伴って部屋から出て行った。
風精霊と二人、部屋に残されてしまったエズメは少し肩を竦めたが、何も言わなかった。この風精霊は見た目があまりに繊細なので頼りない感じがするのだが、オシアンがエズメの護衛を頼むということは、それなりに実力はあるのだろう。
(うっかり喧嘩してしまいそうで、不安ではあるけれどね……)
エズメの内心を知ってか知らずか、風精霊は澄んだ瞳で彼女を見つめ、にっこりと微笑んでいた。
「まずは釣りに必要な物、釣り竿と糸と餌付き針を用意しようか」
風精霊は楽しげだったが、エズメは微笑む気にもなれなかった。
「何が必要ですの?」
「糸は、僕の魔力と君の魔力を撚り合わせて作ろう。おあつらえ向きに、君みたいに程良く樹木精霊の血を引いている子の魔力は風精霊の魔力と馴染み易いんだ」
その時、エズメは無意識に険しい顔になったらしい。何故なら次の瞬間、風精霊が明らかに苦笑したからだ。
「そんなに怖い顔をしないで。大丈夫、精霊の血を利用したいなんて打算があったなら、まずは自分の血を使うよ。僕の方が遥かに純度が高いんだからね」
それは確かにそうだ、とエズメは思った。
相手が正真正銘の精霊だということも忘れてつい身構えてしまったのは、精霊の血を引いていることを秘密にするよう、幼い頃から名付け親に厳しく言われてきたせいかもしれない。純血の精霊が急速に数を減らしている今の世の中では、薄く精霊の血を引く者までもが同じように狙われるのだから、と。
「急いでいるんだろう、君の身体の外に溢れている魔力をちょっとだけ使わせてもらうよ」
風精霊はエズメの身体から少し離れたところを摘まんで引いた。まるで糸を紡ぐ際に綿の塊から糸を摘んで引き出すように。次いで彼はそれを自身の左手の先から摘んで引き出した魔力と撚り合わせ、蜘蛛の糸よりも細い糸を作り上げた。
「糸はこれで良し。次は餌付き針だけど、それにはこれが良いんじゃないかと思うんだよね」
風精霊が取り出した物を見て、エズメは思わず声を上げた。ただならぬ魔力を秘めていることが一目瞭然のその品は――。
「……どうして貴方がそんな物を持っているの?」
相手は悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「人間には入手困難だろうけど、僕らにはそうでもないからね」
〈人物紹介〉
リンドウォーム侯爵:ジャスティン・アイザック・モロー卿とも。ピットヴァイパー男爵の兄。気に入らない相手をマスケット銃で脅そうとする。




