22、醜悪な人魚と毒蛇
人混みの向こうにいる、金の巻き毛が印象的な男と、癖のない鳶色の髪の男。エズメが感じた視線は、その二人の方から向けられたようだった。
「エズメ。どうかしたの?」
マグナスからそう尋ねられ、エズメは小さな声で尋ねた。
「……マグナス。あの金の巻き毛と鳶色の髪二人は誰?」
エズメが目で示す先を見たマグナスは、なるほどねと頷くと、こう囁き返してきた。
「金髪の方がメロウ子爵、鳶色の方がピットヴァイパー男爵。メロウ子爵に関しては、悪い噂をよく耳にするわ。具体的に何をしたのかは聞かないで。言うなれば女の敵、小さな猫型妖精のためのお菓子よ」
誰かを悪く言う事など滅多にないマグナスには珍しく、嫌悪を隠そうともしない口振りだった。
なるほど、それで以前の舞踏会で、テフナット子爵はメロウ子爵と踊ろうとしたアデレード嬢を慌てて止めたのか、とエズメは思った。
(メロウ、ねぇ……)
旧大陸北西部の人魚メロウは、女は美しいが男は醜いことで知られている。あの金髪の子爵は醜い顔ではないのだが、その内面は酷く悍ましいものなのだろうか。
(でも、顔立ちも大したことはないわね)
エズメは、オシアンの義兄弟だという、あの風精霊の美しい顔と、澄んだ目を一瞬思い出した。ブラウンの巻き毛も相まって、つい守ってあげたくなる雰囲気ではあった。昔飼っていた犬のような。
(人ではないし、中身もふわふわしていそうなのだけれど。……でもそうね、邪悪な心の持ち主でないのは確かだわ)
彼の笑顔を思い出すと何故か心が落ち着いたので、エズメはもう一人のピットヴァイパー男爵についてマグナスに尋ねた。マグナスは首を振った。
「ピットヴァイパー男爵については何も。ただ、いつもメロウ子爵と行動を共にしているし、彼はリンドウォーム侯爵家の次男だから、あちらの方が油断ならないかもね」
アデレード嬢に目を戻せば、彼女はヒルダに優しく話しかけられ、嬉しそうに答えていた。その頬を薔薇色に染め、瞳を星のように輝かせながら。
「……我らがアーケイディアの騎士様は、相変わらずの初恋泥棒ぶりね」
マグナスがそう囁き、エズメはまたしても苦笑するしかなかった。
ヒルダは美しく、女性としては背が高く、誰よりも騎士らしい。しかも、アーケイディア単科大学にいた頃は、いつも騎士見習いの服を着ていたから、彼女に初めて出会った同期の女性たちや後輩たちは皆、どうしても一度は彼女に憧れの念を抱かずにはいられなかったものだ。マグナスも、エズメも。
「あら、あちらの殿方は随分と嫉妬深いわね」
マグナスが、くすりと笑った。
「お嬢さんの周りに張った魔法の網に干渉して来ているわ。どちらが本命かしら?」
「それは、あの鳶色の髪のほうだ」
マグナスの言葉を聞いたオシアンがすぐにそう答えた。
「魂に罅が入っているのが見える。禁断の魔法を使ったのは一度や二度ではあるまい。隣りにいる男もかなり穢れた魂の持ち主ではあるのだが、邪悪な魔法に手を出した形跡はない」
エズメは少し思案した。
「マグナス、魔法の網を反転してあちらにかけることは出来るかしら?」
「さあ、どうかしらね。貴女のイメージする魔法の形がどういうものかにもよるわ」
マグナスの返事に、エズメはくすっと笑った。
「あら、それほど難しいことではないはずよ。魔力を巧みに編み上げることで、後にも先にも右に出るものはない『木蓮の聖女様』にはね」
エズメがその魔法のイメージをマグナスに耳打ちすると、マグナスは悪戯っぽく微笑んだ。
エズメもマグナスも失念していたのだ。その様子が、余人の目からは仲睦まじい恋人に見えるということを。そしてそれが厄介の種になることを。
〈登場人物紹介〉
メロウ子爵:エアリアル伯爵の嫡男。女性関係でとにかく良くない噂が絶えない。金色の巻き毛。
ピットヴァイパー男爵:リンドウォーム侯爵の弟。癖のない鳶色の髪。




