21、幼き者たちのための菓子
後書きに登場人物紹介をつけました。
ミルメコレオ子爵親子・テフナット子爵の家名が誤っておりましたので訂正いたしました(2026年7月21日)。
オシアン自身は「王様なんだな」というヒルダの歓声を聞いて苦笑していたが、エズメとマグナスは少しだけ、ヒルダに肩を竦めて見せた。まぁ、王様みたいだ、と言わなかっただけ良かったのかもしれない。
「それにしても、とても素敵な組み合わせよね。ルビーとペリドットなんて」
気を取り直したマグナスが、ヒルダにそう囁いた。ルビーがヒルダの髪、ペリドットがオシアンの瞳を指しているのは明らか。つまり、二人はお似合いだと言いたいのだ。
「私もそう思うわ」
エズメは微かな苦笑を浮かべてマグナスに同意した。
晩餐から始まった夜会は、取り立てて異常がないまま、広間でダンスをするところまで進んだ。広間に案内されるまでの数分の間に、オシアンがヒルダとエズメ、マグナスだけに聞こえるように言った。
「気を付けた方が良い。思いの外、ここには『幼き者たちのための菓子』が多く集まっている」
オシアンが何を言いたいのか、エズメにはすぐにわかった。ヒルダも僅かに顔を強ばらせ、マグナスは貼り付けたような笑みで頷いた。
三人が身構えたのも無理はなかった。猫型妖精は魂の本質を見抜く。その猫型妖精の王が幼い猫型妖精たちに菓子代わりに与えるものといえば、邪悪な人間の魂に決まっているのだから。
「それほど多いのか?」
ヒルダが尋ねると、オシアンは頷いた。
「子爵は、余程人を見抜く目がないのだろう。もし許されるのならば、今この屋敷に集まっている人間の半分の魂を、すぐにも我が国に持ち帰りたいと思うほどだ」
しかし、彼が決してそうはしないことを、エズメは知っていた。幾ら邪悪な魂を狩る猫型妖精でも、相手の寿命が尽きない限りは手を出せない。何故なら、邪悪な人間であっても、生きている間に魂の腐った部分を切り捨て、改悛の涙で穢れを押し流して更生する例がないわけではないからだ。
「やっぱり、私が駆けつけて良かったと思わない?」
マグナスがそう言って笑った。
「ここに来ている連中のためにもな」
ヒルダが大真面目な顔で頷いた。
客人の中ではオシアンが最も爵位が高く、その次がスレイプナー侯爵の長男で、次期侯爵となるべきエーンバル伯爵の称号を持つマグナス。その二人の連れであるヒルダとエズメに無礼な真似をすることは、流石にまずいと皆、理解しているはずだった。
ところが、愚か者はどこにでもいるものだ。しかもそれが他ならぬ依頼人だった時には、目も当てられない。
「いずれの花かは、と思っておりましたが、やはり、そちらのご婦人が公の情人なのですね。公も艶福家でいらっしゃる」
ミルメコレオ子爵は阿ったつもりだったのかもしれない。おそらく悪気など微塵もなかったのだろう。しかし――。
一瞬、オシアンの背後に白い炎が上がったような気がして、エズメは思わずヒルダに身を寄せた。
オシアンは、近くでアデレード嬢をエスコートしていたテフナット子爵に目を向け、極めて穏やかな口調で言った。
「テフナット子爵。君の叔父君は体調がすぐれぬようだ。夜会が終わるまで、自室で休ませるべきだろうな」
テフナット子爵は強張った表情ながら、声を震わせることもなく、はっきりと答えた。
「はい、すぐにも叔父を部屋に連れて行きます」
「アデレード嬢は、テフナット子爵がお戻りになるまで、私たちと一緒にこちらにいらっしゃいな。お話をしましょう」
エズメはアデレード嬢を手招きし、近くの席に座らせた。
その刹那、彼女は数人で固まっている招待客の方から嫌な視線を感じた。
先日、グリードル屋敷で駆除したケルピーの幼生の感触を思い起こさせる、ぬるりとした視線だった。
〈登場人物紹介〉
エズメ・ロイド︰聖騎士団第二隊所属の女性騎士。
ヒルダ・フォスター︰聖騎士団第二隊所属の女性騎士。エズメの親友。エズメの亡き兄の妻だった。フォスターは旧姓。
オシアン︰猫型妖精の王。本来は優美な長い毛並みの黒猫の姿だが、貴族絡みの任務中は「オシアン公爵」として、人間の姿になっていることが多い。
マグナス・ムア︰聖騎士団第二隊所属で、エズメ、ヒルダとは同期の守護者。「守護者」とは浄化の力で騎士の戦闘をサポートする後衛職。
アデレード・ヴィリアーズ嬢︰ミルメコレオ子爵家の三女。何者かに悪しき魔法をかけられていた。
ミルメコレオ子爵︰「獅子の頭を持つ蟻」という、連合帝国皇帝から悪意ある称号を授かった男。
テフナット子爵︰ヴィリアーズ家の本家、グリフィン侯爵家の子息。アデレードの従兄。




