19、一級守護者の到着
エズメが問いかけると、アデレード嬢は首を傾げた。
「それは、リンドウォーム侯爵のお屋敷で開かれた夜会のことでしょうか?」
その時のことを思い出そうとしたのだろう、アデレード嬢は少しの間、遠くを見つめた。
「そうですわね……。あの日は――」
* *
その晩、アデレード嬢はエアリアル伯爵の嫡男であるメロウ子爵と、リンドウォーム侯爵の弟であるピットヴァイパー男爵からダンスを申し込まれた。しかし、メロウ子爵とのダンスが始まる直前に、グリフィン侯爵の甥でアデレード嬢の従兄のテフナット子爵が息せききって駆けてきた。
「申し訳ないのですが、アデレードの父で、我が叔父でもあるミルメコレオ子爵が体調を崩しましてね。早く行こう、アデレード」
あまりに急だったので、アデレード嬢は慌ただしくメロウ子爵とピットヴァイパー男爵に謝罪と挨拶をすると、テフナット子爵に連れられて控え室の一つに入った。
ところが、控え室にいたミルメコレオ子爵は至って元気そうに葉巻煙草を燻らしていた。
そのミルメコレオ子爵に、テフナット子爵が噛みついた。
「叔父上、どうしてアデレードにシャペロン(付き添いの婦人)をお付けにならなかったのです。彼女は、たちの悪い男からダンスを申し込まれていたのですよ」
「私が自らエスコートしているのだから構わないだろうと思っていた。まさか思いもしないだろう、デビューしたばかりの娘が、私が少し目を離した隙に悪い男に近付くとは」
ミルメコレオ子爵は忌々しげにアデレード嬢を睨みつけた。
そのまま叔父が手を上げそうだと思ったのだろう、テフナット子爵は、アデレード嬢の前に立った。
「叔父上。アデレードは何も悪くありません。叔父上のお言い付け通り、身なりが良くて礼儀正しそうな男性からダンスに誘われたから応じようとしただけです」
彼は叔父に諫言した。
メロウ子爵は非常に評判が悪い男だが、社交界にデビューしたばかりのアデレード嬢には、そのようなことなど知る由もない。だから、彼女を夜会にエスコートして来たミルメコレオ子爵が、きちんと側に付いていなければならなかったのだ、と。
気分を害したミルメコレオ子爵は、アデレード嬢を会場に置き去りにしてタウンハウスに帰ってしまった。幸い、テフナット子爵がタウンハウスまで送ってくれたが。
* *
「メロウ子爵は、次の夜会にもいらっしゃるので、それが不安なのですが、幸い、今回はテフナット子爵がエスコートしてくださるそうなので心強く思っておりますの」
令嬢の話を聞き、ヒルダが軽く眉を顰めた。
「評判の悪い男が来るのか。今回は既にドレスを手配しているから、私が男装するという訳にもいかないだろうし、エズメにもエスコートしてくれる相手が必要だな」
エズメも騎士だけに勿論強いのだが、厄介事は避けるに越したことはない。側に男性がいれば、分かりやすい防護壁になるはずだ。
しかし、これからドミニクに電報を打ち、誰かを寄越してくれと頼んで間に合うだろうか。
しかし、その誰かは、翌朝にはきちんと此処にやって来たのだ。
* *
「はじめまして、聖騎士団第二隊所属の一級守護者、マグナス・ムアと申します」
ミルメコレオ子爵の屋敷の玄関でそう挨拶したのは、透き通るような青い瞳と柔らかそうな黒い髪、それから、ほっそりとした見た目ながら充分に鍛え抜かれていると分かる体躯の持ち主だった。
「まさか、貴女が来るとは思わなかったわ」
エズメがそっとそう囁くと、マグナスも囁き返した。
「ええ、昨日レグザゴーヌから戻ったところだったのよ。そうしたらドミニクに、『守護者が必要だ』って言われてね」




