18、茶会にて
ここでは「奥津城」という言葉を「墓所」という意味で使っております。
ヒルダの「ミルメコレオ子爵の屋敷で開かれる夜会に、アデレード嬢を卑劣な魔法で手に入れようとする者は本当に来るのか」という問いに、オシアンは頷いた。
「まず間違いないと思う。どういう訳か『死せる海の女神の魔法』を使う者には、それが自らの命を削る魔法であるにも関わらず、恋が成就するまで執念深くその魔法を重ねがけする傾向があるのだ。しかも、重ねがけする度に魔法はより巧妙になり、効果が強くなっていく。まるで、その魔法をよく知る誰かが、使用者に教授しているかのように」
「けれど、それならば一体誰が人間にその魔法を教授しているのでしょう。子どもの頃、ミュリエル様から伺ったお話によれば、彼の女神は遥か昔に自ら命を断ち、今は魂だけが海の何処かの孤島にある奥津城に眠っているということでしたが」
エズメの言葉に、オシアンは頷いた。
「その通りだよ、エズメ嬢。だが、神々には、必ず仕える従者や信者がいるものだ。その者たちが生き延びて『死せる海の女神の魔法』を人間たちに教えている可能性はあるやもしれぬ」
「それじゃ、その魔法を教えている奴もどうにかしなきゃならないわけだ。……でも、ボンボンショコラは海や水に関わる魔法とは相性が悪いんだよな?」
ヒルダにそう尋ねられ、オシアンは頷いた。
「君の言う通り、残念ながら我ら猫型妖精は海や水に関わる魔法とは相性が悪い。だが、その点については既にドミニクが手を打っているだろう。彼にはタレイアがついているからね」
程なくして、アデレード嬢がエズメとヒルダを茶会に招いた。その時間帯、オシアンの方はミルメコレオ子爵からの接待を受けることになったが、正直なところ、子爵がオシアンを上手くもてなせるなどと、エズメにはとても思えなかったし、ヒルダも同意見だった。
しかし、アデレード嬢は父親には似なかったのだろう、礼儀正しくもてなし上手だった。
室内の暖炉の炎は赤々と燃え、品の良い調度がきちんと整列した状態で飾られている。清潔なテーブルクロスに、清楚なスミレの花。アデレード嬢に招かれた部屋は、何処かけばけばしい印象だった応接室とは全く違い、とても居心地が良かった。
アデレード嬢は自分を救ってくれたヒルダに対してうっとりとした目を向けていたが、どうやらエズメに対しても好感を抱いたらしかった。
「それでは、エズメ様は刺繍がお得意ですの?」
「ええ。名付け親と家庭教師から厳しく仕込まれましたからね」
「エズメが刺繍して贈ってくれたハンカチは、私の御守りなのですよ。お見せしましょうか」
ヒルダが胸ポケットから、使われたことのないハンカチを丁寧な手付きで取り出すと、アデレード嬢は頬を染めた。
「まぁ、素敵な刺繍入りハンカチですこと。これを、エズメ様がヒルダ様に?」
「ええ。病魔を退ける薔薇とラヴェンダーの刺繍が入っているので、こうして大切に制服の胸ポケットに入れて持ち歩いているのですよ。おかげで風邪を引いたことはありません」
アデレード嬢は目を輝かせ、エズメとヒルダを交互に見た。
彼女がもし中流階級の少女だったなら、歓声を上げていたかもしれない。しかし彼女は「気品を忘るることなかれ」と育てられた上流階級の令嬢だった。
彼女は頬を薔薇色に染め、瞳を潤ませながらも、おっとりと微笑んでこう言っただけだった。
「私のお茶会にお二人がいらしたことを知ったら、私の友人たちはどんなにか羨むことでしょう」
なるほど、彼女はとても可憐で愛らしい少女だ、とエズメは思った。アデレード嬢に卑劣な魔法をかけた者は、彼女のこの表情を見初めたのだろうか。
「ところで、お嬢様がご出席された侯爵閣下のお屋敷の舞踏会は、どのような様子でしたの?」
薔薇とラヴェンダーは、ヒルダが愛してやまない唯一の姪、ヴィーナス・モリーの象徴でもありますから、ヒルダはこのハンカチを持ち歩きはすれど、決して使うことはありません。使うためのハンカチは、また別のポケットに入っています。




