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エズメ・ロイド教授の回顧録  作者: 書庫裏真朱麻呂
第二章 魅入られた令嬢

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16/17

16、夢魔ではなく

「そろそろ行かなければならないから、一つだけ。この屋敷のご令嬢から夢魔の臭いはしなかったし、夢魔が屋敷に潜んでいる気配もなかった。ただ、何処かから腐った海水の臭いがする。気を付けて」

 風精霊(シルフ)はそう言うと、何故か最後にエズメに微笑みかけた。

「それでは、またね」

 一陣の風が部屋を吹き抜けると、彼の姿は見えなくなった。

「何だか、慌ただしかったな」

 ヒルダがそう呟くと、オシアンが首を振った。

「仕方がないのだよ。彼と我とは魔力属性的に相性が良過ぎて、どちらかが感情を昂ぶらせただけで魔力共鳴による火炎旋風を引き起こしてしまうからね。かつて、そのために一つの街が灰燼に帰したこともあるくらいだ」

「……カイジンニ、キシタ?」

 エズメが硬直していると、ヒルダが訳知り顔に頷いた。

「そういえば前に、ボンボンショコラ一人でアーケイディアを瞬時に業火の海に変えられるって言ってたくらいだもんな」

「ヒルダがそれを望まない限り、実行はしないがね」

 オシアンはそう言うと、ヒルダに向かって優しく微笑みかけた。

 見目麗しいオシアン公が、これまた美しいヒルダに微笑みかける図、というのは目の保養ではある。

 しかしエズメはそれを堪能するどころではなかった。つまりアーケイディアの平和はヒルダが守っていると言っても過言ではないのだ。だというのに、ヒルダ本人は無茶と無謀の塊なのだから。

 それ以上、そのことを考えるのは嫌だったので、エズメは話題を変えることにした。

「ところで、風精霊(シルフ)さんは最後に、『腐った海水の臭いがする』と仰っていましたが、オシアン公に御心当たりはおありですか?」

 オシアンはあっさりと答えた。

「おそらく、『死せる海の女神の魔法』ではないかと思う。とはいえ同じ説明を二度もするのは億劫だ。子爵が入室してから改めて話そう」

 なるほど、猫型妖精(ケット・シー)が面倒くさがりだというのは本当なのだな、とエズメは納得した。


「公爵閣下、そして聖騎士団員のお二人に感謝を申し上げます」

 入室したミルメコレオ子爵がまずオシアンに頭を下げたのは、身分を考えれば仕方ないことではあろう。

 しかし、その子爵の態度に、他ならぬオシアンが不快げな顔をした。

「貴殿が礼を述べるべき相手は我ではない。貴殿の息女を救ったのは我が主たる、こちらの婦人だ」

 ミルメコレオ子爵がヒルダとエズメを見る目には、何処か不快な色があった。

「これは、これは。麗しいご婦人方に、改めて御礼とご挨拶を申し上げます」

 この男に握手を求められたら嫌だと思ったエズメだが、幸い、子爵がエズメとヒルダに握手を求めることはなかった。

「ところで、貴殿の息女はいつからあの状態なのだ。偽りなく答えてもらおう」

 無用なやり取りは止めよ、と言わんばかりのオシアンに、子爵は目を泳がせながら答えた。

「七月に、さる侯爵閣下のお屋敷で開かれた舞踏会から帰ってからでございます」

「やはり、そうであろうと思っていた。だが四カ月もの間、貴殿は一体何をしていたのだ?」

 オシアンの声から強い怒りを感じ取ったのだろう。子爵は、歯の根も合わないほど震え始めた。

「昨年嫁いだ次女に多額の持参金を持たせたために、当家の財産は潤沢とは言い難く……」

 オシアンは眉間に皺を寄せたまま、首を振った。

「なんと愚昧で薄情な父親か。血を分けた我が子は幾人(いくたり)あろうと、女子であろうと男子であろうと、皆等しく宝ではないのか。出費を惜しみ、あのように人前でも醜態を晒すほど酷くなってから、ようやく聖騎士団に依頼をするとは。しかと聴くがいい。あれは放置すれば記憶も正気も失い、死に至る魔法。『死せる海の女神の魔法』だ」

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― 新着の感想 ―
様子がおかしいのをわかっていたのに、長らく放置していたミルメコレオ子爵に、オシアンは怒ってるのですね……大丈夫かな??
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