15、記憶の操作に長けたもの
貴族の娘が昼間から屋敷を飛び出し、女性騎士に横抱きにされて屋敷に帰ったのだから、醜聞になりそうなものだが、実際にはそうならなかった。
「屋敷の使用人及び領民たちの記憶と感情は操作済みだ。『アデレード嬢は、以前危ないところを助けてくれた女性騎士に謝礼を渡そうとしたが、高潔な女性騎士はそれを受け取らずに去った。そこでアデレード嬢が女性騎士を必死で追いかけた。アデレード嬢の真心に打たれた女性騎士は自分を追ってくる途中で足を痛めた彼女を抱き上げ、改めて子爵家の屋敷に戻った。自分たち領民は、現代に生きる素晴らしい騎士と姫君の物語を目の当たりにしたのだ』とね」
応接室でミルメコレオ子爵を待つ間、オシアンから受けた説明に、エズメは苦笑した。
偽りの記憶の筋書きを書いたのはオシアンだから、少々不自然なところも無くはない。とはいえ、貴族の令嬢にとって醜聞は命取りだから、何もしないよりはずっと良いはずだ。
「猫型妖精って、そういうことも出来るのか?」
ヒルダが恐る恐るといった様子で尋ねると、オシアンは笑った。
「いや、我の力ではない。ちょうど、そういうことを得意とする者が、この街に来ているのだよ」
彼の言葉に不満そうに返す声が聞こえた。
「僕の義兄弟。こちらの麗しいお嬢さん方に紹介してくれないつもりなのかい?」
オシアンが、応接室の入り口の方を向いた。
「我が義兄弟よ、淑女たちに君を紹介しても構わないのであれば、まずはその姿を現さねばなるまい」
「確かに、そのとおりだね」
彼はすぐに姿を現した。濃いブラウンの巻き毛に、澄んだ瞳。身長は人間形態のオシアンほどではないが、スマートな体型で、最新流行のスーツを着こなしたハンサムな男性だ。
エズメはしばらくの間、彼に見惚れたが、ヒルダに背中を軽く突かれて我に返った。
「紹介しよう。この男は風精霊で、我が義兄弟だ。我が義兄弟よ、こちらの鳩の血色の紅玉の魂の持ち主が現在の我が主で、楔石の魂の持ち主は我が主の友にして義妹でもあるエズメ嬢だ」
風精霊は胸に手を当てて会釈した。
「申し訳ないけれど、風精霊の習いとして、握手はしないんだ。僕を掴んで良いのは妻と義兄弟だけだからね」
「奥様がいらっしゃるの?」
エズメが少しがっかりしながらそう尋ねると、風精霊は笑って首を振った。
「いいや、実はまだ婚約者もいないんだ。だからもし、僕の義兄弟とヒルダ嬢が結婚するなら、君は僕と結婚するというのも悪くないと思うよ?」
エズメは彼の言葉に呆れ、笑いながら軽く睨んで見せた。
「少し軽いところがおありなのは残念だこと」
「風だからね、きっとそういう性分なんだ」
オシアンが軽く咳払いした。
「義兄弟よ、若いご婦人に対して冗談を言おうと思う時には、よく考えてから口にするものだ。済まない、エズメ嬢。この男は信頼出来る男なのだが、人間とはまた異なる情緒の持ち主なので、驚かせたことと思う」
「大丈夫ですわ、オシアン公。少し驚きましたけれども」
エズメはそう返すと、風精霊に目を合わせて微笑んだ。
「風精霊さん、貴方がもし人間だったら、私はきっと貴方の頬を平手打ちしていてよ」
風精霊が頬を染め、目を白黒させた。
「……ええと、風精霊を平手打ちするのはあまりお勧めしないな、もし君が僕を自分のものにしたいと思うのなら別だけれど」
ヒルダが溜め息をつき、オシアンの顔を見上げた。
「今、なんか分かった。この風精霊、割とエズメと似てるよ」
「やはり君もそう思うのだな」
オシアンが、少し疲れたようにそう返事をした。
楔石とは、スフェーンという宝石のことです。オシアンの目には、聖騎士団はよく宝石が転がっている河原か海岸のように見えているのかもしれません。




