14、魅入られた令嬢
「お願い、あの方の元へ行かせて頂戴!」
若い女性の声がそう叫んでいた。
「悪い、ここで馬車を停めてくれ」
ヒルダは御者にそう言うと、オシアンの顔を見た。
「支払いは頼む」
「承知した」
馬車が停まるとヒルダは馬車から飛び降り、女性の声がした方へと駆け出した。
「走っている途中の馬車から飛び降りなくなっただけでも進歩した方ですわね」
エズメはオシアンに向かって肩を竦めて見せると、自分も続けて馬車から飛び降りた。
「どうか、お戻りください、お嬢様!」
どうやら若い女性を説得しているらしい中年の女性の声が聞こえた。
エズメがその声のした方に駆け付けると、若い女性が髪を振り乱した状態で暴れており、それを中年の女性がどうにか引き留めようと、腕や服を掴んで引っ張っていた。
暴れている上に、中年女性に服を掴まれて力任せに引っ張られたせいだろうか、近付いてみれば若い女性は髪だけでなく、着ている衣服も乱れていて、とても直視出来る状態ではなかった。
そこに、先に駆け付けたヒルダが近付くのが見えた。彼女はコートを手早く脱いで腕に掛けたまま、若い女性を抱き止めた。
「どうなさいましたか、お嬢さん?」
「お聞きください、どうしても私は、お慕いするあの方の元に行かねばならないのです」
そう訴える女性に対し、ヒルダは優しく微笑んだ。
「それならば、お手伝いしても構いませんが、その姿では、少々不都合なのではありませんか?」
女性はほんの少しだけヒルダに見惚れた後、自分の衣服を見直して、顔を赤らめた。
「どうしましょう、これではあの方の元には行けませんわ」
「ええ、その通りですとも。どうぞ、こちらを羽織ってください。そして一度お戻りになって、貴女に相応しい素敵な装いにお召し替えを。そうすれば、麗しい貴女に心奪われない男がありましょうか」
女性にコートを着せながら、ヒルダは低めの甘い声で優しく言い聞かせた。相手の女性はといえば、先程まで暴れていたのが嘘のように頬を染め、ヒルダの言葉に素直に耳を傾け、大人しくコートを着せられているではないか。
呆然と二人の様子を見守る中年女性に、エズメは声をかけた。
「もう、大丈夫ですよ。私たちが無事に御宅までお連れいたしますからね」
若い女性は柔らかな室内履きで外に出て来たものらしく、足の裏に血が滲んでいた。
ヒルダは、失礼いたしますね、と女性に声をかけると、そのまま彼女を横抱きにした。
女性は可愛らしい悲鳴を上げ、ヒルダの首の後ろに手を回した。
「このまま、ご自宅までお連れいたしましょう。教えて頂けますか、貴女がどちらのお嬢さんなのか」
ヒルダの問いに、女性は恥じらいながら、こう答えた。
「……私はミルメコレオ子爵の三女、アデレードと申しますの」
エズメは、その様子を見て、やれやれと肩を竦めた。アーケイディア単科大学にいた頃、ヒルダがあの調子で守護者候補の女子の心を鷲掴みにしていたことを思い出したからだ。
ヒルダは背の高い美人で、しかも凛々しく、守護者や一般の女性に対する振る舞いは、誰よりも騎士らしい。
同期の少女たちは、アーケイディア単科大学に入学した当初こそ、男性的な話し方をし、騎士を目指すヒルダを胡乱な存在として遠巻きにしていたが、半年が経つ頃には、理想の騎士はランスロットでもトリスタンでもなく、ヒルダだ、ということで意見が一致していた。
だからミルメコレオ子爵の令嬢がヒルダの腕の中で恍惚としていても、何も不思議ではなかった。
「実に興味深いな。その令嬢からは厄介な魔法の気配がするのだが、ヒルダはそれを無効化出来るのか」
御者に料金を払って来たオシアンが、ヒルダと令嬢を見てそう言った。




