12、騎士たちの帰還
宿に戻ったオシアンとヒルダの話し合いは、案外あっさりと終わった。
ドアの側に控えていたエズメの耳に、オシアンが穏やかな言葉でヒルダにこう伝えているのが聞こえた。
親友の大切なものを取り戻そうとする気持ちは素晴らしいが、親友にとって、それとヒルダのどちらが大切かよく考えてほしいこと。自分の魔法はどうしても海中や水中では弱くなるので、あまり水には飛び込んでほしくないということ、もっと自分を大切にしてほしいということ。
「貴女を大切に思っているのは、エズメ嬢だけではない。貴女は我にとっても、他に比べるものなどないほど大切なのだ」
彼の言葉に、亡き兄に代わってヒルダを託せる相手は彼だろうと予感するエズメだったが、ヒルダの「ごめん、使い魔にとっても主が死ぬのは不名誉なんだもんな」という返事には頭痛を覚えた。しかしその反面、少し安堵したエズメは、酷い親友なのかもしれない。それでも、まだもうしばらくの間だけ、ヒルダの義妹でいたいというのが彼女の本心だった。
* *
モノセロス子爵家の屋敷を訪ねた三人は、次期アリコーン伯爵たるアルミラージ男爵とその妹グラディスに、護りの赤べこと、市松人形を返した。
「アルミラージ卿、グラディス嬢。これらは単なる玩具ではない。幼き者を数々の災厄から守護せんとする職人の魂と、我が子の幸福を願う親心の宿った品で、二人にとっては最強の守り人形だ。どうか、これからは側から離すことなく大切にしてもらいたい」
オシアン公がそう伝えると、兄は恭しく礼をして受け取り、幼い妹は顔を輝かせて人形を受け取ると、そのまま愛おしげに抱きしめた。
「ずっと、会いたかったのよ、私のアンドレア」
ヒルダが思わずグラディスに声をかけそうになったのを、エズメは制し、そっと囁いた。
「お姫様が親愛を込めて菊松殿を『アンドレア』と呼ぶのなら、それで良いと思うわ。貴女がオシアン公を『ボンボンショコラ』と呼ぶのと同じことだもの」
その後、徐々に皇国の玩具や人形は守り人形として、連合帝国の富裕層の子どもたちや独身女性たちの間に普及していくことになる。北部連邦や州連合には、中々その流行は届かなかったが。
アルミラージ男爵は祖父とオシアン公の後見によって無事に伯爵位を継ぎ、伯爵の妹君のグラディスは十八歳で良縁を得て嫁いだ。その輿入れ先には、あの菊松も一緒だった。
伯爵の書斎では、赤べこの角之進が、三十年経ても睨みを利かせている。
* *
モノセロス子爵領の駅で汽車を待つ間、エズメとヒルダはこの後、休暇を貰えるかどうかを話していた。
「もし休暇をもらえたら、ヴィーナスに会いに行くんだ」
ヒルダが拳を握りしめて、そう宣言した。それから、オシアンの方を振り向いた。
「勿論ついてきてくれるよな。いつものふわふわの姿で」
「……貴女がそう望むのならば、勿論」
オシアンが少々不本意そうに、しかし恭しくそう答えた。相変わらず通りすがりの女性たちが、彼をちらちらと、或いは熱っぽく見てくるのに、肝心のヒルダはオシアンの人間形態の麗しさにはさして興味がなさそうだからだろう。
これはこれで面白いから良いわね、と心の中で呟いたエズメだが、自分も北部連邦に帰ったら何をしようか、名付け親を同じくする二歳のハワードに会いに行こうか、などと浮き浮きと考え始めた。
まさかこの後、帝都に戻るなり、ある少女の護衛任務を言い渡されるとは、思っていなかったのだ。
しかも護衛対象の少女が、厄介なモノに付け狙われているということも。
エズメとヒルダは休暇を楽しみにしながら、程なくホームに入って来た汽車に乗り込んだ。
グリードル屋敷編はこれで終了です。
帝都に戻ったエズメは本当に熱々のフィッシュ・アンド・チップスを買い食いし、ヒルダに引かれてしまうのでした。一方のヒルダは、しばらく魚が食べられなかったようです。




