15.死地へ
会議があった日の深夜、たった一人会議室に残り続けていたノア。
会議が終わった後、ノアはずっと思考を巡らせるように瞳を閉じていたのだが、数時間が経過したこの時間にようやくその目を開いた。
「……やはり、最優先事項は静滅銀刀の解放か」
いくらアルファルドといえど理力を扱うことはできないはず。
とはいえノアの残滓を追ってきたのだ、アルファルド自身だけの力ではないとはいえ、世界を超えることには成功している。
「つまり理力の知覚はまずできる……干渉できるかどうかが勝負を分ける鍵だが……」
理力の知覚というのは戦闘や魔法の要素として相応に大きい。
魔力と理力では性質は当然だが、その流れ方も根本から異なる。
魔力を理力と同じ風に扱うことができれば、理力そのものには届かずともその時点での魔法などを強化することは可能なのだ。
(『神撃』の流れ方は理力と同じだったが、使用していたのは魔力だった……つまり、この魔法を開発したであろうアルファルドは理力の知覚に関しては非の打ち所もないと言っていい。場合によっては、俺以上である可能性も考慮すべきレベルだ)
そこまでなら勝負は互角だろう。
故に問題なのは理力に触れられるかどうか。
ノアは意識を完全に深層に沈めることで表層に出てくる完全無意識の状態、もしくは静滅銀刀を握っている時だけ理力を扱える。
仮にアルファルドが常に理力に干渉できるのだとすれば、その時点で不利になるのはノアだ。
(世界を脱したといっても、俺の残した繋がりを辿ったというのが厄介だな……一応は自力で世界を超えているから理力を扱える可能性もあれば、自力とはいえ俺の痕跡から近道をしただけならば本来理力を扱える土俵に上がりきれていない可能性もある)
いっそのことどちらかに振り切ってくれていれば、ノアとしても考えることが減ったというのに……
「───いや、違う」
そこでノアはこの世界でたった一度アルファルドと会った時のことを思い出す。
「あの時、アルファルドは『壊滅の源弾』を使っていたが、ユキを滅ぼすのなら……理力を扱えれば、もっと適した魔法を開発できたんじゃないか……?」
アルファルドがユキのことをどのような存在だと考えていたのかはノアには解らないが、少なくとも記憶も力もないノアよりも先に滅ぼすという決断をした程だ。いずれノアに力が戻ることも考慮した上で、ユキを滅ぼしたのだ。
やはりアルファルドはユキのことを相応には危険視していたはず。
そして理力を常に扱えていた場合、この世界に来てからの三千年の間に理力を用いた魔法を開発できていても不思議ではない。
確かに個を滅ぼす場合ならば『壊滅の源弾』は強力だが、理力に勝る程の力はない。
つまりアルファルドは───
「───理力は知覚できるが、扱いきれない……?」
そこにその力があると認識することは可能でも、身に余りすぎる力であるが故に触れようとすれば逆に己が滅ぼされてしまう……
この仮説が正しいのならば、それは世界を単独で超える力がないのに世界を渡ることができた稀有な存在の宿命とも言えよう。
(これが正解とは限らないが、現状から考えるとこれが最も真実に近いはず……)
残るはそれすらも込みでブラフを張っている可能性だ。
アルファルドは賢しい。
理力という存在を知り、扱えるようになった上で扱えないと敵に思い込ませるということも考慮できる頭脳を持つ。
この世界内に理力を知覚できる存在などまずいないであろうことも含め、それでも対策は取るだろう。
力を持っていながら驕ることなく、全ての可能性を吟味した上で敵を油断させ、本気を出される前に叩き潰す……
それがアルファルドの戦い方だった。
かつてのノアが相手では小手先の謀略如きではどうにもならなかったが、今のノアが相手ならば、その知恵はアルファルドにとって有利に働く。
「……まずいな。実際の力はともかく、頭脳戦に関してはおそらくアルファルドの方が一歩先だ」
ノアとて考えなしに行動する程頭は悪くない。
むしろ戦況を見通し、的確に手を打つという点においてはどの世界にもほとんどいない程の天賦の才を持つ。
……だが、それはあくまでも戦闘中の話。
戦闘開始前の相手手札の見通しならともかく、自身の手札を巧妙に隠し、どれだけ相手を騙せるか……この一点においてはかつてのノアよりも弱者であったアルファルドの方が上だ。
(力を持っていたが故の高慢……それがこんな所で不利に働くとはな)
力があるが故に、有事の際でもそれで解決すればいい───その思考が危険であるとは、ノア自身が当時から思っていたことだ。
それが当時の力を失った今であればどうだ。
いとも容易くアルファルドの頭脳戦に引きずり込まれ、その土俵での勝負を強制されているではないか。
「となればやはり、理力を扱えると考えておくしかないか……」
アルファルドの性格なら仮に扱えないにしてもこうやって余計に警戒させ、意識を割くことも視野に入れているだろう。
だがノアはこれに乗るしかない。
解っていても、理力を扱えるという可能性がある以上はどうしてもその警戒をする選択しか取れないのだ。
その警戒の分、ノアは『アルファルドには奥の手がある』と考えて様子見するしかなくなる。
アルファルドが狙うのはいつも短期決戦……つまり、ノアが取らなければならない選択である初手の警戒こそがアルファルドの勝負の場だ。
「……やはりあいつは厄介だな……扱えるにしても扱えないにしても、考えることが増えるのは俺達の戦闘速度からすれば実質致命傷だ」
ノアの速度はヴァディアよりも少し遅い程度。つまり、最高速度は光速の十倍は超える。
アルファルド自身はこれよりも遅い。が、弾丸の速度は今のノアよりも数倍速い。
連射速度も異次元であり、弾丸そのものはアルファルドの壊滅の魔力によって自動装填される為、弾切れもない。
更に空間魔法によって弾丸を転移させ、四方八方から同時に狙うこともできる。
武器などで弾いた弾丸や跳弾までも視野に入れるため、銃での戦闘だけでもかなり多彩だ。
そして当然、アルファルドは近接戦闘もできる。
『神撃』をヴァディアよりも強い威力で使えることからもそのことは読み取れるだろう。
アルファルドは部下を見捨てる程薄情ではないが、かといって部下の為だけに『神撃』を開発するとも思えない。
少なくとも自身が使うことを想定していたはずだ。
となると、ノアが知る二万年前のアルファルドとは比べ物にならない程近接戦闘が強くなっていても不思議ではないのだ。
「……考えれば考える程、思考に組み込まなければならないことが増えていく……これが強者との戦いの本来の在り方なんだろうな……」
かつて……皇帝をしていた時代のノアがそのレベルの思考に至ったのは戦ったことのある中だとただ一人。
おそらくはノアよりも一段階強かったであろう存在……呪神アグネスだけだ。
アグネスはかつてのノアが全力を出して戦った存在の中で唯一勝ちきれなかった呪いの世界の神……
少なくとも今のノアでは勝負にすらならないだろう。
「……今アグネスは無関係だ。アルファルドについて考えなければ」
アグネスのことは一度置いておき、次の戦いの為の思考を広げる。
(戦闘方法が変わっていなければ、アルファルドは間違いなく銃を……黒死銃を使うはず。あれは擬似神装だ。武器そのものの格で言えば界律神装である白雪の方が上……そしてアルファルドは神ではない。つまり神域も深層羅神も使えない。そこまでは良い。問題となるのはその力だ)
二万年の間で戦闘方法すらも一新していれば、銃弾の対策などの思考は根本から瓦解する。
故に目を向けるべきなのは壊滅の権能そのもの。
(魔法を使用していない、ただの壊滅の魔力を込めた弾丸程度ならば今の俺でも身体に傷はつかない。多少のダメージはあるかもしれないが、その程度なら無視しても問題はない。だが魔法となれば話は別だ)
ユキを一撃で滅ぼしてのけた『壊滅の源弾』……
あの魔法はあの時のノアの腕を無条件に滅ぼし、魂すらも穿った。
あれ以来強くなったノアであろうとも、魂に直撃すればやはり致命傷となってしまう。
虚無すらも壊し、滅ぼす……それこそがアルファルドの持つ壊滅という力の根源だ。
その力は間違いなく破壊神とは比べるまでもなく上位だろう。
それにそもそも『壊滅の源弾』がアルファルドの使う最上位魔法というわけではないのだ。
当時は使用に制限があったり、代償なんかもあっただろう。
だが今のアルファルドは繋がりがあったとはいえ殆ど自力で世界を超える程の力を持っている。
そのような魔法などとっくに制限なしで使えるようになっているはずだし、そもそも『神撃』を開発するレベルなのだ、己の根幹である壊滅の権能による魔法ならば間違いなくそれ以上のものを開発しているはず。
つまりアルファルドは……ノアの知っている当時と比べて、別人というレベルにまで成長していると考えて良い。
「……どれだけ考えても憶測にしかならないのが辛いところだな」
二万年という歳月は大きい。
文明が幾度となく生まれては滅び、新種の生物が誕生しては絶滅していく……それ程の時間だ。
穿界の魔手に界滅爪……魔法でなくとも、アルファルドの開発したものは多い。
「あいつもあいつで、救おうとしているんだよな……」
結局はそこに行き着いてしまう。
ノアもアルファルドも、根幹で考えていることは同じなのだ。
違うのは手段と過程。この二人においてそれだけは、絶対に交わることのない道。
ならばノアの取るべき選択肢はただひとつ───
「アルファルド───お前を、滅ぼす」
作戦などない。
もう戦術が通用する相手ではないからだ。
情けをかけることもない。
交わらぬ道ならば、それを突き通すのみ。
そして何より───
「───ユキを滅ぼしたこと、俺は忘れない」
その紫色の瞳に確かな意志が宿る。
その意志の色は漆黒……そう、殺意だ。
この世界でできた大切な存在を……ユキを滅ぼされた。それはノアにとって殺意を抱くに値する。
グリアノスに向けたような殺意とは大きく異なるが、それでも殺し、滅ぼすということに変わりはない。
この感情は、この意志は、アルファルドを滅ぼすまで止まることはないのだ。
「必要なのは、理力───」
それこそがアルファルドと対等に、そして上回る為にノアが欲するもの。
理力さえあればノアは根源神装を……静滅銀刀を使える。
静滅銀刀さえあれば、必ず勝てる。
「───」
故にノアは、己の魂の根幹……深淵へと、その眼を向けるのだった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
あれから半月。
会議室の椅子から一歩も動くことなく、ノアはずっと瞑想していた。
だがそれでも、未だにノアは理力を扱えていなかった。
(知覚はできる……魔力のように流れを感じる……なのに、触れられない……)
前世では息をするようにできていたことが、今ではできていない。
それはいつも通りなのだが、ノアに残された時間は、もうなかった。
─────
世界が揺れる。
震源は当然、穿界の魔手だ。
「───はぁ」
久方ぶりにノアは瞳を開き、窓からその様子を見た。
この会議室に一つだけ設置された窓からは、様子を見る為か、穿界の魔手がよく見える。
かつて引き抜かれた界滅爪は残った一本の指だけが天高く突き抜けており、どの場所も地面とは接地していない。
それでも、魔手の揺れが空間を伝わってこのグラエムの中心部にまで響いている。
「……そろそろアルファルドも痺れを切らしている頃合か」
アルファルド側から攻めてくることはない……ノアはそう踏んでいたが、どうやらそれよりも先にこの世界が持たないらしい。
本来なら最短でもあと十年は持っただろう。
だがそれはノアが一切干渉しなかった未来の話であり、ノアという異分子が入り込んだことによってその未来は混沌と化した。
ガロンとヴァディアの戦いを初めとして、幾度となく世界が滅びかける衝撃がこの世界を襲ったのだ。
滅びが本来よりも早まるのも当然と言えよう。
「あと、二ヶ月───」
それは未来の権能の力ではなく、ただの憶測だ。
しかしここでノアが根本を解決しない限り、きっと世界はそれだけしか持たない。
「───行くしか、ない」
理力を扱えずとも、アルファルドの通常の弾丸魔法程度なら虚無で相殺できる。
最早それしか、手段はなかった。
ノアは半月ぶりにその椅子から立ち上がる。
そうして、魔手を見ながら小さく呟いた。
「きっとこれが───この世界での最後の戦いだ」
死地へ───
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