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13.門の修復

ノアは再度グラエムへと帰還するが……


「これは……」


ノアは目の前にある結界門を───否、結界門だったものを見ていた。


完全に大破し、その機能を失った門……今はノアの引いた星線によってグラエムを守っているが、それを維持し続けるのも意識を割く必要がある。


それにそもそも星線は夜しか有効ではない。


『星天の常闇(アルデ・ディヴィス)』を維持し続けている限りこの世界は夜に包まれるが、人々のことも考えるならばずっとそうというわけにもいかないだろう。


「俺は創造神の深層羅神なんかは使えないが……まあ、この門ならどうにかなる範疇か」


この大結界を張ったのは創造神の方のアスティリア。彼女の創造の権能は大元である界律の権能に統合されたが、その能力を使えなくなったわけではない。


むしろ権能を分けられていたこともあり、創造の権能としての方が余分な過程を経ていた。


その分より強い力を行使できることはグリアノスを虚無の地獄へと送る時、『崩壊神撃(ガル・アヴェナ)』を使った際にすでに気づいている。


「───『幻想神造(アトランテ)・結界門(アルトクレム)』」


それはかつて創造神がこの門を創った時に使っていた魔法と同じもの。


純白の光が展開され、荘厳な輝きを放つ雷光が迸る。


それはヴァディアの使っていた全てを滅ぼし尽くす雷光とは違い、死の概念からこのグラエムを守る為の雷光に他ならない。


結界門の反対……星線の外側から迫っていた死の概念を、その純白の雷光は簡単に押し返す。


概念にさえも作用するその力によって準備は整った。


「さあ───もう一度、人類を守れ」


閃光が周囲を覆い、次の瞬間にはそれが霧散した。


そこに残ったのは一つの門……


完全修復された結界門だった。


「……はぁ」


ヴァディアとの光速を超えた戦闘からの『黒穹』による超重圧、『光の剣戟』の並行使用に『神撃(ギアド)』、最後は結界門の修復……


そもそもとしてそれ以前の休息も殆どなかった。


いくらノアであろうとも、その精神構造は間違いなく人である。


肉体的には全快していたとしてもこれ程までの力を使い、更には攻撃も受けた。


当然、疲れないわけがない。


「次は間違いなくアルファルドだ……とはいっても、あいつは穿界の魔手を調整できる唯一の存在。あちらから攻めてくることはないと考えたいが……」


これはあくまでも予測でしかない。


つまりアルファルドが何かしらの自律調整手段を確立していた場合、今この瞬間に攻め込んできてもおかしくない状態となる。


「万全を期す為にも、やはり必要なのは時間か」


時間さえあれば勝てるという話ではないが、今この状態で戦っても負ける可能性の方が高い。


アルファルドの持つ壊滅の権能は、本来ならば他の追随を許さぬ程の圧倒的理不尽の権化だ。


それこそ、ノアの根幹に根付く力が虚無でなかったならば勝ち目すらもゼロになってしまうぐらいに。


アルファルド相手に界律の権能はほぼ通じないと言ってもいい。


届く可能性があるのは虚無と殺意のみ。それがノアに残された手札だ。


「……とりあえず、結界が再構築しきるまでは休もう」


結界門そのものは修復したが、その門が構築するグラエム全てを覆う結界の方はグラエムの防壁から徐々に上へと展開される。


完全に再構築されるまでは二日近くかかるだろう。


アルファルドが攻撃を仕掛けないのならば、ノアにとっては暫しの休養を取れる時間となる。


「それにしても……」


ノアはグラエムの中心に行くまで歩きながら先の戦闘を振り返る。


「最後の一撃に『神撃(ギアド)』を使ったが、あれは実質的に無意味、か……」


『神撃(ギアド)』はあくまでも打撃やそれに類する攻撃にしか影響しない。


ただの剣で斬ったのならまだ有効だっただろうが、白雪と星刀、しかも『光の剣戟』まで使った攻撃は完全なる斬撃だ。


つまり『神撃(ギアド)』は有効ではない。


「まあ初見の魔法だったし、これも貴重なデータだな」


ノアであればこのようなミスはしないが、『神撃(ギアド)』はノアですら見たことのない異質な魔法だ。


『魂魄操爪(フォルト)』など、属性に左右されない魔法ならばノアとていくつか知っている。


だが魔力量にさえ依存しないというのは初めてだった。


それはつまり、どれだけ魔力を込めたとしても、僅かにしか込めなかった時と威力に変化がないということ。


それだけ普通とは異なる魔法なのだ。むしろたった一度見ただけで使えるようになったノアが異常とも言える。


故にノアがその効果対象を見誤るのもおかしな話ではなかった。


「……アルファルド」


ノアはかつての部下であり、現在の敵であるアルファルドのことを考える。


(あいつの考えていることは大体解る……あいつにはあいつなりの正義があるんだ。それが、俺とは相反していただけであって)


ノアの善性とアルファルドの善性は種類が異なる。


自己犠牲の末に、自身以外の全て……文字通り、『全て』を救おうとするノア。


自身の世界を救う為に他の世界の犠牲が必要ならば、容赦なくその引き金を引くアルファルド。


犠牲のない理想主義か、犠牲あっての現実主義か……それだけが二人の違いだった。


(きっと俺が悪いんだろう……俺があのことを伝えていれば、何か変わったかもしれないのに)


ノアはかつて皇帝をしていた時に、レノンの存在を誰にも伝えることはしなかった。


あの世界の絶対的な力の象徴であったノアですら確実に負ける存在が世界の荒廃の元凶だったと知れば、きっと住民は絶望しただろう。


故に誰にも……それこそ、エレンにも言っていなかったのだ。


つまりアルファルドもその存在を知らない。


アルファルドは未だにあの世界の神、邪印デネスが元凶だと信じ込んでいる。


奴さえ消せば、世界を救えると。


確かにアルファルドの力ならば、他の世界の霊域核を取り込めばデネス程度ならば勝てるだろう。


だがレノンとなれば話は変わる。


どう足掻いても不可能なのだ。


そのことを知っていればきっと、他の世界に侵攻することも……


「……いや、これは考えるべきではないな」


結局は無意味な話、『もしもこうだったなら』の世界だ。


ノアは虚無であるが故に追憶の権能を持っている状態でも己の過去に干渉できない。


無を無として閲覧することは可能でも、触れることなどできないのだから。


「今はただ、勝つ算段を考えなくては」


どんなことを考えても、まずはアルファルドに勝たなくてはならない。


話はそれからなのだ。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


ノアがグラエム中心部へと戻ると、不安げな顔をしたエルナとアルテマ、そしてジェラルドが出迎えた。


「ノア様、結界が破壊されたようですが……」

「今度は一体、何があったんだい?まさか例の皇帝とやらが……?」

「ここに戻ってきたってことは、勝ったのか!?」


この三人は『原初之太刀』と『終極之太刀』の並行使用による『世界からの抹消』の影響を受けている。


つまり、ヴァディアの記憶が抜け落ちているのだ。


「ああいや、アルファルドはまだだ。結界の件は気にしないでくれ。二日で直る……直るまでは夜のままにはなるが」


結界が直るまでは夜が続くが、そのことは四王から民に伝えれば問題はないはずだ。


それだけ四王は民からの信頼が厚い。


「そう、ですか……解りました。民には布告しておきましょう」


何かあったと察したエルナはノアには何も聞かず、ただその意思を実行する。


この場にいる他の二人は疑問符を浮かべていたが……


「そういえば、クレスは?」


この場にクレスがいないことを疑問に思ったノアの質問によって、二人の疑問が解消する間はなくなってしまった。


「ふむ……クレスは死傷者の身元確認の為に奔走中だよ。彼の魔法は追跡や特定に特化している。私達には真似できない芸当さ」

「グリアノスとヴァリディギウスの被害がかなり深刻でな……大抵は確認できたが、まだ終わってねぇんだ。この前の落石の件もあったしな」


落石の件……というのは、ガロンと戦った際の砕けた隕石のことだろう。


アルテマの話によると、確かあの時もクレスが駆り出されていたはずだ。


「……汎用性が高いというのも考えものだね。彼、早死するんじゃないかい?」

「だからこそオレ達がそれ以外の業務を担ってんだろ……そういうの、オレ向いてないんだけどな」

「まあ今の戦いはジェラルド様ではついていけませんからね。それについては私達も同じですが」

「立つ瀬がねぇな」


仲良く……まるで友人とでも話しているかのような三人。


それぞれの種族の王であるのも確かだが、実際に友人としての関係値も築けているのかもしれない。


「───ふふっ」

「ノア様?」


そのことに対し、ノアは小さく吹き出してしまった。


「いや、エルナが楽しく話しているのを傍から見るってのが、何だか感慨深くてな」

「そ、それは……」


思えば二万年前、ノアと共に暮らしていたエルナには友人と呼べる存在はいなかった。


あの当時は世界の危機がなかったこともあり種族間でいがみ合っていた。


そんな中、人間の村にたった一人の魔族の娘……迫害され、友人などできるはずもない。


そんなエルナが他種族と軽口を叩き合っているのだ、ノアからすればそれは確かに感慨深いだろう。


「まあ、それは今はいいんじゃないかな?それよりも、私達は今後のことを話し合った方がいいと思うね」

「そりゃそうだがお前、もう少し親子ってものをだな……」

「いや、いいんだジェラルド。次がこの世界にとって最も重要な戦いとなることは確実……それまでにお前達に話さなければならないこともある」


話を進めようするアルテマにジェラルドが苦言を呈するが、それを止めたのは他ならないノアだった。


「……だからアルテマ、ジェラルド。クレスも込みで話したいことがある。手配しておいてくれ……そして、エルナ」

「は、はい」


ノアはエルナだけを名指す。


「話がある。そう時間はかからないだろうが、少し二人で話すとしようか」


ノアが親としてする、決戦前の最後の話───


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