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12.強き者へ

逃げられない万雷。


ノアにはこれを無効化させる術は───


「───『黒穹』」


夜闇に染まっていた空が完全なる黒色へと変化する。


そして───


「『落空』」


黒の空が───落ちる。


その速度はノアどころか、ヴァディアですらも認識不可能。


否……そもそも速度などという次元ではなかった。


『理編の醒星(ア・ルデンド)』と同じく、発動した瞬間に一切の時間を置かずに実行されるその力。


当然それは『雷霆』によって落ちる万雷を含め、世界の全てを圧殺する。


例外となるのは星線によって夜闇の理から一時的に外れたグラエムのみ───


つまり『雷霆』も含め、ノアとヴァディアすらもその対象となる。


「な───」


万雷が為す術なく押し潰され、同時に二人も黒い空によって地に叩きつけられる。


その速度は光速の数百倍程度ではなく、本来であればいくらノアやヴァディア程の頑丈な肉体であろうとも原型を留めなくなる程だった。


だがノアの本質は虚無。無であるが故に速度による肉体の影響は皆無だ。


同じく光となれるヴァディアも、速度の影響は受けなかった。


とはいえ、地に叩きつけられる衝撃は別である。


「がッ!」

「ぐッ!?」


世界を割らんばかりの衝撃が同時に二つ。


速度による莫大すぎるエネルギーにより、世界の根幹にすらも亀裂が入った。


───それでも。


「ここ、からだ……」


それでも、二人は未だに倒れることはない。


「そう、だな。ノア!」


『黒穹』は解除されない。


ノアがその選択を取っていない。


故に二人は、もう空中で戦うことができないでいた。


つまり、ここからは互いに地上で戦うことになる。


「───ッ!?」


瞬間的に迸る閃光。


ノアはそれに何とか反応して星刀で弾く。


(この重圧でもまだその速度を維持できるのか……!)


存在するわけではない故に空間そのものの影響を無視できる星線……それに守られているグラエム。


纏う壊滅の力により他から受ける影響を滅ぼし続ける穿界の魔手。


この二地点を除き、もうすでに世界はボロボロだ。


落ちた『黒穹』によって発生した超重圧は星そのものを圧縮してしまう程。


その重圧を受けながらも未だに地上に立てているノアも異常だが、ヴァディアは更にその上を行く。


(この重圧の中でも、奴は光速の五倍以上の速度を出す……やはり速度で勝つのは不可能だな)


ノアはこの状況下ではそもそも光速にすら届かない程度だ。


ヴァディアの速度の異次元さが窺える。


(だが、反応速度までは落ちていないんだ。予測も織り交ぜれば、十分に捌ききれる!)


互いに身体の動く速度が落ちただけであり、目視や魔力を感知する能力まではこの重圧の影響を受けることはない。


つまり、互いに互いの攻撃を見切れる状態になったわけだ。


(そしてこの状況下なら、『光の剣戟』が真価を発揮する!)


ノアの知る限りではヴァディアは『光の剣戟』までは使えない。


だとするならば、互いの速度が見切れるこの状況においては『光の剣戟』を剣技としてまで昇華させることのできるノアに有利となるのだ。


「───」


魔力でも、理力でも、意力でもない力が星刀に集う。


あらゆる世界、あらゆる次元において不変のその力は眩い光となった。


それは『光の剣戟』の基本となる力。


剣技ですらない、ただの剣気だ。


「先程も何度か見たが……懐かしいな。いくら鍛錬しても卿のそれには追いつけそうもない」

「……なに?」


ノアがその言葉に違和感を覚えた瞬間にヴァディアが動く。


ノアはその違和感を一度頭の隅に追いやり、ヴァディアのその攻撃を受けた。


幾度目かの鍔迫り合い。


それにより、ノアの違和感の正体が明確になった。


「───お前、そういうことか」


『光の剣戟』があるのとないのとでは打ち合った時に相手へと与える衝撃に大きすぎる差ができる。


故に今回はノアの星刀にヴァディアの太刀が一方的に弾かれる───本来ならば、そうなるはずだった。


「お前も、使えるようになっているとはなッ!」


ヴァディアの太刀にも光が宿っていた。


それは雷と光の権能の光ではなく、『光の剣戟』のものだ。


ノアよりは練度が低いのか、次第にヴァディアの方が押し込まれていく。


「悪いが、これはガロンの時には温存していた力だ……あの時の我は、確かに本気だった。本気だったが……奥の手は一つしか切っていなかったのでな」


おそらくこの『光の剣戟』と先程の『雷霆』。


この二つも奥の手なのだろう。


ガロン相手ではそれすらも必要なかったとでも言いたいのだろうか。


「まだあるんだろう。全部見せてみろッ!」


ヴァディアに残された手札は数少ない。


少なくとも、奥の手と呼べるものはガロン相手に使った一つだけ……


地上戦を強要された以上、ヴァディアの速度は十全には活かしきれない。


つまるところ、その最後の手札を切るかどうかがこの勝負を決める鍵だ。


(だが、あの魔法には……!)


ガロンを滅ぼした魔法───『神を滅する万雷の太刀(デ・ラグナ・ジェンヌ)』。


一撃の威力ならば間違いなくヴァディアの魔法の中でも最強だが、太刀にて扱う魔法の為、有効範囲は極端に狭い。


範囲まで込みで考えるのなら確かに『雷霆』の方が便利な魔法ではあるだろう。


ただ───


(『黒穹』に『落空』……これらがある以上、『雷霆』は通じないだろう。『光の剣戟』の扱いはどう考えてもあちらの方が上、『神撃(ギアド)』も有効ではあるが、決定打にはならない……やはり、『神を滅する万雷の太刀(デ・ラグナ・ジェンヌ)』しかないのか……?)


だがそれはヴァディアにとっても自殺行為となる。


ノアはヴァディアがこの魔法を使おうとした瞬間、魔力の畝りから全てを理解して発動前に潰しにかかるだろう。


『神を滅する万雷の太刀(デ・ラグナ・ジェンヌ)』の発動には数秒もかかる。


ノアならばその間にヴァディアを滅ぼせるだけの一撃を叩き込めるはずだ。


今それをしないのは、地上に落とされてもなお光速の数倍で『光の剣戟』による猛攻を続けるヴァディアへの対応で精一杯となっているから。


つまり、現状は互いに切り札を使おうにも使えない状況となっているのだ。


(このまま続けば、滅びるのは俺の方だ)


ノアは光速を優に超える斬撃を捌きつつ、打開策がないかを模索する。


ヴァディアの速度は落ちたとはいえ、それでもなお速い。


その速度による斬撃は、いくらノアが頑丈といえども簡単に切断してのける力はあるはずだ。


故にノアは肉を切らせて骨を断つという戦法を取ることができない。


この速度の攻防で身体の一部に欠損が生じれば、それは間違いなく大きすぎる隙になる。


そうなればきっとノアですら滅びるような攻撃の準備をされてしまう。


(チッ……手はないのかッ!?)


『黒穹』の重圧が更に大きくなり、ヴァディアの太刀の速度もまた上がる。


「ッ!また……ッ!」


重くなったはずなのに上がっていく速度……ノアからすれば理解できない事象だ。


本来なら動きは鈍くなるはずなのに───


「我を見くびるな」

「くッ!?」


一瞬だけヴァディアが動きを止め、次の瞬間には速度を捨てた重い一撃がノアを襲う。


動きの緩急によりそれを正面から受けざるを得なかったノアは超重力の中吹き飛ばされ、かつてノアが内部から破壊したオルテア山脈に突き刺さった。


「何故、その速度で動ける……」


瓦礫を砕き、消滅させながら地上に這い上がるノア。


吹き飛ばされた時に当たったのか、左目は潰れ、後頭部にまで瓦礫が貫通していた。


「簡単な話だ」


そんなノアを横目に、ヴァディアは太刀を見つめながら言う。


「───慣れた」

「……そうかよ」


瓦礫を無に帰させ、再生させることで傷を消す。


二人の間にはかなりの距離……だが、この二人の速度ならば一歩で届く範囲内だ。


───つまり、この時間はノアにとって致命となる。


「会話に興じたな、ノア───時間は稼げた」

「……」


ヴァディアの持つ雷鳴の太刀(デグラ・ザンド)に宿る、これまでとは比べ物にならない程の魔力。


そう、会話をしたこの数秒でヴァディアの準備は整ってしまった。


「『神を滅する万雷の太刀(デ・ラグナ・ジェンヌ)』───」


ガロンを滅ぼしたその刃が形成される。


余波だけで周囲一帯の全てが帯電し、耐えきれなかった瓦礫や地表、大気そのものさえが焼け焦げ、滅びていく。


熱によって砕けた山脈の岩は融解し、ものの数秒でオルテア山脈だったものが消え失せた。


(半径数百キロメートル規模、それも刃を形成する余波だけで……確かに、まともに食らえばガロンでも滅びるのは当然か)


ノアにとって救いなのは概念レベルで作用する力ではないということ。


他の追随を許さない圧倒的な電力と熱エネルギー。


それを更に昇華させたものが、この『神を滅する万雷の太刀(デ・ラグナ・ジェンヌ)』なのである。


「───ガロンは、これに耐えられなかった」


ゆっくりと太刀を上段に構えるヴァディア。


ヴァディアはこの魔法を使った一撃において、速度を出すつもりはなかった。


どれだけ遅くとも、絶対に当たるからだ。


(あの威力はガロンを一撃で滅ぼせる程……つまり、世界に直撃すればただでは済まない)


躱せない……躱すという選択をすれば、世界が滅ぶのだ。


この攻撃に速度は必要ない。


相手に『受けなければならない』という選択肢を強要するが故に。


「卿はどうだ───?」


ヴァディアが一歩ずつ歩を進める。


太刀に蓄積されていく魔力。それによって相乗的に増すエネルギー。


世界全土を融解させ、更地にせんばかりの圧倒的熱量。


気象さえも畝るように変化し、二人の頭上に現れる暗雲。


そこから落ちた雷さえもまたヴァディアの力として太刀に吸収されていった。


「今の我は、これまでとは違う」


これまでのヴァディアも確かに強かっただろう。


少なくとも刺し違える寸前とはいえ、ガロンを滅ぼしてのけた……その力は疑いようもない。


だが、今のヴァディアはその更に上を行く。


あの時と違うのは『神撃(ギアド)』があるかどうかという点しかない。


それなのに、ガロンと戦った時と比べて強くなりすぎている。


それは一体何故なのか───


「強者との戦いこそが、我の全てだ───」


結局はそれなのだろう。


完全に同格であったガロンと滅ぼし合ったから。


それ故に、自身の力をより深層にまで至らせることができたのだ。


「───はぁ」


際限なく増していくエネルギーを見て、ノアは小さく溜息を吐く。


「今回ばかりは、曲げないつもりで戦ってたんだがな」


ノアは左手の近くに魔法陣を描き、その中に手を突っ込んだ。


それはこの滅ぼし合いが始まる前にノアがア(・)レ(・)を仕舞った魔法陣……


そう、ノアが取り出そうとしているのは───


「───白雪(ユキ)、思っていたよりも早く、お前の出番が来たみたいだ」


取り出したのは常闇の星刀(ガロ・アルデバラン)と対を成すかの如く純白の刀……界律神装、白雪であった。


「使うかッ!それをッ!」


ヴァディアはそれに歓喜の声を上げる。


「───征くぞッ!」


突如、突進して爆発的な加速をするヴァディア。


その速度はこれまでの攻撃よりも遅いとはいえ、確実にノアの選択の時間を奪う。


(残された手は実質的に一つ……これに失敗すれば、俺どころかこの世界ごと滅ぼされる)


左手に握った白雪を正面に構え、ノアは目を閉じた。


ノアの使う手札とは───


「───深層羅神」


それは、今のノアには十全に使えるはずもない力。


本来ならば神との戦闘で神気を浴び続けて、『自身は神である』と理を騙し、改竄し、そこまでやってようやく使えるようになる術。


「なッ!?」


ヴァディアも有り得ない言葉の羅列に驚愕し、刹那にも満たない小さな隙を生じさせた。


「───」


その間にもノアは力を溜め続ける。


次第に白雪に純白の光が集っていき───


「───『赦天斬雪』」


そして、その光が放出された。


「これは───ッ!?」


その瞬間から僅かに降りだす、小さな小さな雪。


ヴァディアはそれを最大限警戒するが……それも、無意味に終わった。


「───『解放(リベル)』」


ノアがそう呟いた瞬間……雪が儚く散った。


だが、当然それだけなわけがない。


「あ、がッ!?」


突如として全身を切り刻まれたかのように血を吹き出し、左腕に至っては完全に切断されていた。


これこそが、『赦天斬雪』───


ノアの虚無の権能でも、殺意の権能でもない。


ガロンの星と常闇の権能でもなければ、アスティリアの界律の権能でもなかった。


そう、これはユキの持つ力───『切断の権能』による深層羅神だ。


ノアはあらゆる時代において白雪を上手く扱える存在だったが、遂にユキなしでその力を引き出すにまで至ったのだ。


「なん、だ……この力は……」


気づけばヴァディアはその歩を止めており、落とされた左腕と己の持つ太刀の切っ先を見つめていた。


『神を滅する万雷の太刀(デ・ラグナ・ジェンヌ)』を発動させた状態の雷鳴の太刀(デグラ・ザンド)が……半ばから切断されていたのだ。


「万全のお前なら回避できていただろうよ」


今度はノアがゆっくりとヴァディアへと近づいていく。


「一か八か……いや、それにすら及ばない賭けと呼ぶのも烏滸がましいただの願望だったが、存外に上手くいった……あの魔法を発動させた段階でお前はその動きを遅くする。何故ならその魔法をどうやって受けるかを模索する為に知略を巡らせ、攻撃するという発想に至らせないからだ」


ノアは星刀と白雪、その二本に『光の剣戟』を纏わせ、言葉を続けた。


「俺相手にその油断……だからこそ、お前は『赦天斬雪』を避けられなかった。あんなにスカスカだったのにな」


『赦天斬雪』とは、降らせた雪の結晶の繊維一本一本を空間そのものを断つ斬撃へと変換させる術だった。


現段階のノアがユキの力を借りて使う『赦天斬雪』では雪と斬撃の密度が圧倒的に少なく、ヴァディアが最速で動ける状態だったなら完全回避も有り得ただろう。


だが、ヴァディアは『神を滅する万雷の太刀(デ・ラグナ・ジェンヌ)』を発動させていた。


それこそが実質的な敗因なのだ。


「ッ……!まだ負けては……!」

「いや、お前の負けだよ。ヴァディア」


黒白の二つの刀がまるで共鳴するかのように光を増していく。


右手に持つ星刀には『原初之太刀』を、左手に持つ白雪には『終極之太刀』を。


これまでのノアであればまず間違いなく使えなかったであろう『光の剣戟』の中でも最上位に位置する剣技の同時使用だ。


だが、これだけではなかった。


「『光の剣戟』は魔力を一切使わない、言わばただの剣技だ。故に魔力と同時運用はできても、魔法はそうはいかない」


『光の剣戟』は魔力を使わなくていい……というわけではない。


『光の剣戟』を使うには、魔力はむしろ邪魔となる。


多少慣れれば魔力と同時に『光の剣戟』を使うことは可能だが、それはただ魔力を垂れ流すだけに過ぎない。


魔法も同時に使うとなれば話は大きく変わってくる。


それも、ノアが今から使おうとしている魔法は特に。


「───『神撃(ギアド)』」

「───ッ!?」


ノアが使った魔法は、この戦闘で初めて見たはずの『神撃(ギアド)』。


それも、星刀と白雪の二つを同時に。


そう、ノアは今『原初之太刀』と『終極之太刀』、そして二つの『神撃(ギアド)』を全て制御している状態なのだ。


(あ、有り得ない……この男のことだ、『神撃(ギアド)』程度なら一度見ただけで使えるようになるとは思っていた。だが、いくらこの男でもそれを二つ同時に……更に、我が二万年かけてようやく習得した『光の剣戟』、それを更に昇華させた剣技さえも二つ……)


ヴァディアもヴァディアなりに研鑽は積んできたはずだ。


速度、魔法、技術に至るまで、その全てがノアの知っていたものとは別次元とも言えるレベルにまで極められていた。


それこそがヴァディアの力の証明である。


───ただ、それでも及ばぬ領域があるというだけの話。


こと技量に関して言えば、前世と同等のものを持つノアに勝てるわけがなかった。


「……そういえば、これは使ったことがなかったな」


ノアは二刀を見てからもう一度ヴァディアに向き直る。


「『原初之太刀』と『終極之太刀』……非存在に干渉する究極の刃と、存在に干渉する究極の刃。この二つに同時に斬られた場合どうなるか……」


試したことは前世にもなかった。


だが、どのような結果になるかは考えついている。


「『存在』であるお前自身を斬り滅ぼすのは『終極之太刀』による力……そして、『非存在』である過去を斬り滅ぼすのは『原初之太刀』の力だ」


ヴァディアの現在と過去を同時に滅ぼし、なかったことへと変換する。


つまり、ヴァディアを初めから『存在しなかった』と書き換えるのである。


そんなことをしても魂から滅んだ命であるガロンが蘇ることはない。


魂が滅びるとは、世界を書き換えてもなお戻らない絶対的な現象なのだ。


ただ、人々の記憶からはその存在が抹消される。


この世界の存在は誰一人としてヴァディアを思い出すことはない。


別の世界からの付き合いであるノアや穿界軍……彼ら以外の存在は、完全にヴァディアのことを忘れ去るのだ。


「別にお前のことは嫌いじゃなかった……これは単に、ガロンを滅ぼされたことへの怨みだ」

「くっ……!」


ヴァディアの身体は通常の人間とは異なり、雷電を浴びることで傷が再生していく。


それでもなお、『赦天斬雪』によって斬られた数十箇所の傷の再生は遅々として進まなかった。


文字通り世界を断たれたからだ。


斬られた箇所は空間が全くの別であると世界そのものに判断されてしまう。


故にヴァディアは今、別の世界にある傷を再生させようとしている状態なのである。


ヴァディアの力は確かに強い。少なくともこの世界最強の神であるガロンを、切り札を二つも残した状態で滅ぼせる程度には。


だがそれでもヴァディアの力の本質はただの雷と光でしかない。


出力が神をも上回る程高いだけで、その質に関して言えば概念に触れることさえもできない。


できたとしてもそれは研鑽による副産物であり、力の本質から概念に干渉するのはヴァディアでは永久に不可能なのである。


「───詰み、のようだな」

「ああ、もうお前に抗える手段はない」


初めから不可能だったのだ、ノアに勝利するなどという幻想は。


(我は、ここで滅びるのか……)


ただの雷の化身が虚無の王に勝てるわけがなかった。


(悔いがないわけではないが、それでも───)


いくらノアが二万年前と比べて大幅に弱っていようとも……それでも届くことはなかった。


(───それでも、いつかはその高みへと至れると、そう信じていたのに)


ヴァディアは、昔から戦うことが好きだった。


戦うことが生き甲斐だった。


強さを見せつけることこそが、彼にとっての自己証明だったからだ。


ヴァディアの人生……その最初の敗北はアルファルドだった。


生を受けて数百年研鑽を積み、戦い……そしてそこで、絶対に超えられない壁を見た。


アルファルドとヴァディアでは、文字通り次元が違っていた。


方や概念までも滅ぼし尽くす壊滅の権能。方やただの雷と光だ。


世界の根幹すらも消し炭にする力相手に勝てる要素は皆無だった。


だからこそ、ヴァディアはアルファルドに敬意を示した。


妬むでも怖れるでもなく、ただただその強さを凄いと思った。


故に、そんなアルファルドでさえも服従せざるを得なかった当時の皇帝……ノアとは戦うまでもなかった。


アルファルドでさえ勝てない相手に、ヴァディア程度が挑むことなど烏滸がましいと考えたが故に。


だが……否、だからこそ、力の大半を失ったノアならば、あるいはと思ったのだ。


力を落としたノアを一目見た瞬間、力の格以外は全て勝っていると直感した。


その持ち前の虚無以外は取るに足らぬ権能だと一蹴するつもりだった。


それなのに、ノアはその虚無を使うことはなかった。


ヴァディアが滅ぼしたこの世界の神……ガロンから権能を継承していたノアは、その弔いの為か、星と常闇の権能しか使ってこなかった。


界律神装を……そしてその力の真髄である深層羅神を使ったとはいえ、虚無を一切使われることなく負けた……残ったのはその事実だけ。


力を落としていようともこれなのだ。


初めから……ヴァディアはノアに勝つことなどできない。


そういう運命だったのかもしれない。


「もう、卿に障害などないだろう……次は陛下に会うはずだ。遺言というわけではないが、我の言葉を伝えてはくれないか」


だから、ヴァディアは自身が最初に敬意を示した主君に言葉を遺そうと思った。


「……聞いてやる」


それが最期の言葉であると感じたのか、ノアも二刀を構えながらその言葉を待った。


「───我は陛下の激動の人生の、お役に立ちたかった───と、伝えて欲しい」

「……っ!」


ノアとてヴァディアがどれだけアルファルドを慕っていたかなど知っている。


かつてのノアの側近、エレンがノアに向けていた感情と同じように、ヴァディアはアルファルドを心の底から敬愛していたのだ。


「さあ、滅ぼせ───元より陛下と卿の道は交わらぬ命運にあったのだろう。ならば陛下に付き従う我を滅ぼすのは、陛下とはまた違った修羅の道を往く卿にとって必要な通過点のはずだ」


ヴァディアは己の滅びを受け入れていた。


ヴァディアの目は、全ては敬愛するアルファルドの為……と、己の使命を全うした者の目であった。


「……伝言、ちゃんと伝えておこう。お前の命は、無駄にはしない」


ノアも前皇帝としてそれに応えてやらねばならないと思った。


そうすることで魂は滅びても、その願いと意志だけは受け継がれると信じて。


「───っ!」


『神撃(ギアド)』を纏った『原初之太刀』と『終極之太刀』がヴァディアへと迫る───


「───ああ、卿にも伝えておくべきだったな」


ノアの二刀がヴァディアの肩に吸い込まれる瞬間、その声が小さく……しかし確実にノアの魂に響いた。


「───強き者に、敬意を。我は卿に、陛下と同等の敬意を捧げよう」

「ッ!?」


決着は一瞬。


音もなく、終わりを告げた。


「───」


ヴァディアの身体から生命の息吹が消失し、どさりと地面に倒れ伏す。


その少し後、ヴァディアの身体は粒子のように崩れていき、最後は風に浚われていった。


「ヴァディア……」


ノアが『黒穹』を解き、世界から重圧が消え去る。


「……軽いな」


それは重圧が消えたことによって身体が軽くなったから出た言葉なのか、あるいはかつての配下の魂を、過去を滅ぼしてもなお裁かれない世界の法に対してなのか───


それを知る存在は、ここには誰もいなかった。


ヴァディアは最期まで誇り高く───


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