11.雷霆
「───ぐ、ぁ?」
ノアは閉じていた目を開ける。
気がつけば、ノアは地中に埋まっていた。
「今、何が……」
ノアはヴァディアとの戦闘を開始し、衝突した。
莫大な衝撃が二人を襲ったところまでは覚えている。
だが、ノアにはその先の記憶がなかった。
「吹き飛ばされた……?」
あれは確かにノアを軽く吹き飛ばすような衝撃ではあっただろう。
その速度は光速を優に超えるであろうこともノアには解った。
衝撃で吹き飛ばされ、そのまま山に突き刺さって地中に埋もれたのだろうか……
「……どちらにせよ、早く戻らないと」
そう考えた瞬間、ノアの視界が大きく開けた。
同時にノアを襲う、大量の雷。
「が、は───」
咄嗟に常闇で応戦するも、それも間に合わない。
「───はぁッ!」
それでも、ノアの闇は雷を呑む。
『常闇宿りし星の剣』の闇が星刀の力を底上げし、雷による莫大なエネルギーを消し去った。
「はぁ、はぁ……」
全ての雷を消滅させたノアが上を見上げる。
そこにいたのは当然、ヴァディアだ。
「ッ!」
その姿を確認した瞬間、ノアは光速を上回る速度でヴァディアへと斬りかかる。
「『雷光剣』、『雷鳴の太刀』」
ヴァディアもそれに対応する為に太刀を顕現させる。
二人は再度衝突し、先程とは違い今度は鍔迫り合いになった。
「あの数の雷を消し去るとは見事……それが、ガロンの力の真価かッ!」
高揚のままヴァディアは言葉を吐く。
自身が好敵手と認めた相手の持っていた力の真価を、それを受け継いだ存在が使っている。
その事実に、ヴァディアは歓喜していた。
だが、ノアは───
「これだけだと思ったかッ!」
「ッ!?」
宙に張り巡らされる星線。
それらは星と星を繋ぐように、展開され、二人の周囲を囲むように循環していた。
「これは───」
「『理編の醒星』ッ!」
繋がれた空間と空間が瞬間的に引き寄せられる。
それは空間の歪みを生じさせ、星線に囲まれた部分の全てを圧縮させた。
ノアとヴァディアがこの程度で死ぬはずもない。
故にこれは可能な限りダメージを与えることを目的とした道連れ行為だ。
鍔迫り合いの真っ只中……つまり、ノアもこの空間の歪みを受けるのだから。
それなのに───
「遅い」
空間の歪みはノータイムで行われた。
だと言うのに。
「───ッ!」
その歪みを食らったのは、ノアだけだった。
「何を……?」
たった今の空間の歪みによってノアの手足は本来曲がってはいけない方向に曲がっている。
ヴァディアも食らっていればこの程度のダメージだっただろうが、どうやって抜け出したのか、無傷だった。
ノアにはそれが理解できなかった。
(抜け出したのか?あの状況から?有り得ない。『理編の醒星』は完全にタイムラグなしのはず。その場にいたのなら、間違いなく必中になる。例えヴァディアが光速の数倍……いや、数百倍で後退したとしても、瞬間的に圧縮された空間から逃れる術はないはずだ。転移はしていない。足元に魔法陣が見えなかった。ならばどうやって───?)
一瞬の間に思考するノア。
だが、その答えは次の瞬間に明らかとなった。
「なに、空間が歪む直前、我は卿の認識できる速度を遥かに上回った速度で引いただけのことだ」
「───は?」
そこには特殊な能力などなく、魔法すらもなかった。
あるのは、ただただ圧倒的すぎるスピード……全て、ヴァディアのフィジカルによるものだ。
(俺に反応できない速度、だと……?)
ノアの知る前世のヴァディアも光速は上回っていたが、当時の速度なら今のノアでも目で追うことはできる。
だが今回は、それすらも不可能だった。
「───そう、か。お前はそれだけ強くなってたんだな」
行使される再生の権能。
今の傷はただの空間の歪みで起こったもの。そこに権能は干渉していない。
故になんの抵抗もなく手足を戻せる。
そしてたった今、初撃で消し飛んだ両肺と心臓も正常に作動しだした。
「悪いな、ヴァディア……ここからが本当の勝負だ」
「ふっ、良かろう。今一度、その権能を見せてみろッ!」
第一ラウンドはヴァディアの勝利だろう。
だが、滅ぼし合いにおいては最後に勝った方がその戦い全ての勝者だ。
その速度にただただ圧倒されていた今までとは違い、ノアも権能の力を十全に使う。
それを突破できるのかはヴァディア次第だ。
「……『是正星線』」
魔法によってより強固な星線を編む。
そしてその速度は……文字通り光速だった。
「───なるほど」
星線が複雑な形状に編まれる。
それはまるで、鳥のように。
『───ッ!』
星線によって象られた常闇が巨大な鳥となり、それがヴァディアへと突撃する。
「一種の式神に近しいものか……確かに、ガロンはしてこなかった戦法だ」
ヴァディアはその鳥……闇不死鳥の突進を躱すことなく、雷鳴の太刀にて受ける。
『───ッ!』
だが、闇不死鳥の力は凄まじいものだった。
攻撃方法こそ異なれど、純粋な威力や敵を滅ぼす力は最低でも『常闇宿りし星の剣』と同等以上。
それ故にヴァディアの太刀は闇不死鳥を滅ぼしきることなく、逆に弾かれてしまった。
「威力もなかなか……ふむ、鳥に弱い要素はないな」
これが本体ではないということまで考えるなら、並の神々なら闇不死鳥一体だけでも滅ぼせるかもしれない。
───だが、ここにいるのは穿界軍元帥、ヴァディアだ。
「この鳥は弱くはない。弱いのは───卿自身だ」
「ッ!?」
再び行われるノアの認識できない速度の移動。
(まずい───ッ!)
咄嗟にノアは星線で距離を離そうとするが、行動に移す前にヴァディアの攻撃が迫っていた。
その攻撃は右手に持つ太刀ではなく、何も持たない素手によるもの。
魔力こそ感じるが、その量は微弱。ノア程の存在であれば本来ならば警戒すら無意味となるレベルの魔力しかない。
それなのに───
(あれは駄目だ……あれを食らうわけには……ッ!)
ノアの本能が警鐘を鳴らす。
あの左手の攻撃は、ノアすらも滅ぼしうるものだと。
だが───ノアの行動よりも、ヴァディアが腕を振り抜く速度の方が速かった。
「───『神撃』」
直後訪れる静寂。
そして、次の瞬間───
バキッ───
───時空が、崩壊した。
「あ、が……?」
ノアの身体は時空に引き裂かれ、全身がバラバラとなって末端から消滅していく。
(なに、が……?)
攻撃を食らうのはまずいとはノアも思っていた。
だがどうなるのかまで予測できていたわけではない。
「ふむ……実践でまともに使ったのは初めてだったが、なかなか上手くいったようだな」
時空が崩壊する前に後退していたヴァディアは己の左拳を開いたり閉じたりしながら感覚を確かめる。
消し飛んでいくノアを眺めながら、その魔法の能力を再度確かめていた。
「『神撃』……魔力量や質に一切依存しない、完全に技量による威力決定の打撃魔法か……我では小規模の時空崩壊程度ならできるのだな」
この魔法の恐ろしい点は、技量さえあれば誰でも同じ現象を引き起こせるということ。
ヴァディアの技量は間違いなく高いが、同程度の技量さえあれば例え病弱かつ魔法の才能も一切ない病人であろうとも時空崩壊を起こせるのだ。
まともに身体が動かないような重病者でも、文字通り世界の一部を完全に滅ぼせる……魔力量や属性、質に関係ないというのはそういうこと。
アルファルドが『出力に多少の差はあれどお前が使った方が有用』と言った理由もそれだ。
『神撃』は完全な打撃でしか発動させることのできない魔法。
故に、主にライフルを用いた遠距離戦を得意とするアルファルドとは少しばかり相性が悪い。
技力の観点から見ればヴァディアよりもアルファルドの方が上だろうが、使い所まで考えるなら確かにヴァディアが持っていた方が有用だろう。
アルファルドはここまで見越していたのだ。
ここで、確実にノアを滅ぼしきる為に。
(───『不滅の闇球』)
時空の裂け目に呑まれる前に、ノアが魔法を行使する。
それは歪んだ時空を無視して闇球を形作り、身体が滅びかけているノアを完全に覆った。
「ほう……?」
ノアは星と常闇の権能の所持者だ。
ノアが自身の虚無で再生したり、アルファルドが傷を壊滅させることで無傷の状態に戻るのと同じように、この権能を持つ者は常闇そのものが手足と同義。
つまり、それさえあればいくらでも再生できる。
(数秒だけでいい……この闇球の中なら、数秒あれば再生できる)
当然ヴァディアはその力で以てこじ開けようとしてくるだろう。
だが、この闇球は術者が己の意思で解除しない限りは、文字通り不滅なのだ。
単純な力や属性だけで壊せるような代物ではない。
「……『鏖殺せし雷電』」
闇球やその近くの時空の裂け目だけを狙い撃つように、絶大な雷電の奔流がそれらを襲う。
空は焼かれ、空間は滅び、時空の裂け目すらも打ち消す程の力。
それが直撃した闇球だったが、無傷だ───
「ふむ……力押しで解決する代物ではないということか?」
そこから数秒が経ち、闇球が内側から剥がれるように消えていく。
その中から姿を現したのは全ての傷が完治したノア。
魂を除いたありとあらゆる外傷が消えている。
(今の魔法……直接食らうのはまずいな……)
だが傷が完治したとはいえノアの不利は変わらない。
『鏖殺せし雷電』の威力は終末獣となったガロンでさえも、身体の末端とはいえ無条件に滅ぼされた程。
今のは『不滅の闇球』があったから良かったが、直撃すればただではすまないことはよく解る。
(速度勝負は圧倒的に不利……だが、能力勝負に持っていくにしてもその隙を作らないことには話にならない)
ノアはその速度勝負に応戦するしかないと結論づけ、星刀を構える。
「……その勝負は我の土俵だぞ?」
ヴァディアの速度はノアですら反応できないレベルにまで達している。
それを捉えるのはノアですら至難の業であり、失敗すればその雷電に打ち滅ぼされるだろう。
「そうだな。よく知ってるよ、お前のことは」
それでもノアはその勝負に乗る。
それはそれしか手がないから……だけではなかった。
「ガロンを滅ぼしたことは許せない。許せないが……お前の人柄そのものは、別に嫌いじゃない」
ヴァディアは良くも悪くも裏表のない性格。
ただ強者に対して敬意を払うのみ。
「だから、付き合ってやる」
「……ッ!」
ノアの宣言にヴァディアの瞳が見開かれる。
完全な能力勝負にさえなってしまえば、それはもうノアの土俵だ。
そうなればまず間違いなくノアが勝つ。
問題となるのはどうやってその状況にするか。
(その策は───ある)
ヴァディアのように速い存在ほど引っかかりやすい、回避不能の罠が。
(ただ、準備が必要だ……それまでの時間を稼がなければ意味がない)
ヴァディアに有利な速度戦をすることの一番の意味はそれだった。
だが、それでも───
「お前にとって今の俺は好敵手と言ってもいい程の強さのはずだ……あの時叶えてやれなかったお前の望みを、二万年越しに叶えてやる」
「それは……」
そしてノアは、当時ヴァディアが言った言葉を一言一句外さずに言った。
「『卿と滅ぼし合いたい。それで我が滅びるのならば、それも構わない』……あの時は配下のお前を滅ぼせなかったが、今なら敵同士だ。本気で、滅ぼし合おうぜッ!」
その言葉を聞いたヴァディアは、しばらく言葉を発することができないでいた。
「───」
それは当時のことを想起しているのか、あの時叶えられなかった望みが遂に叶うことを歓喜しているのか───
「───感謝する、前王───否、ノアよッ!」
ヴァディアの反応からしてどちらかは明白。
その歓喜の震えに呼応するように、彼の身体からはバチバチとスパークが迸った。
「『鳳雷』───ッ!」
降り注ぐ、億を超える雷。
その衝撃に───世界は終焉を垣間見た。
「『冥闇』───」
それに対抗するのは全てを侵食し、呑み込み、冥界へと送る遥かな闇。
『鳳雷』の光は常闇すらも焼き尽くし、『冥闇』の闇は雷を消し去った。
ノア、ヴァディア、両者共に無傷。
つまり、魔法は互角だ───
「はぁッ!」
「チィッ!?」
故に、この勝負は互いの身体がものを言う超絶近接戦闘こそが勝負を分ける鍵となる。
(やはり、これは……ッ!)
しかしそうなるとノアは圧倒的に不利な立場となる。
ノアの最高速度とヴァディアの初速でさえも数倍以上の開きがあるのだ。
今は反応できているだけでも運が良いと言うべきだろう。
「がぁッ!」
光速を遥かに超える攻防は刹那の間に数百万回を超え、二人の移動だけで山脈は爆ぜ、海は干上がり、更地は土地ごと消滅した。
(あと、少し……!)
ノアの策の準備が完了するまで、あと5秒───
4秒───
「『雷神衝』!」
万雷すらも一方的に打ち砕く雷電がノアを全方向から襲う。
「───『刻赫螺閃』」
ノアはそれを世界から瞬間的に外れることで回避する。
「───ッ!?」
が、ノアの視覚の外にいたヴァディアの攻撃までは防げない。
それにより、ノアは腹部を貫かれた。
3秒───
「『連爆の雷鎖』」
「ぐ、ぁ───」
ヴァディアの太刀から雷で構成された鎖が出現する。
ノアを貫いている太刀から現れる鎖……そう、ノアは今身体を内側からズタズタにされているのだ。
「ッ───『闇裂きし星晶の刃』ッ!」
「『金色の雷閃』」
ノアの反撃の刃は雷を纏う閃光によっていとも容易く受け流された。
2秒───
「───落ちろッ!」
星線が繋がり、巨大な隕石が二人の頭上に出現する。
その大きさはかつてノアがガロンとの戦いの最中で受けたものよりも遥かに大きく、重かった。
「ッ───なるほどなッ!」
隕石は秒速数十キロメートル。ヴァディアならば簡単に躱せる速度でしかない。
だが───
「これをお前は、受けざるを得ないッ!」
二人の下には、穿界の魔手があった。
この隕石のエネルギーならば、頑丈な魔手でさえもかなりの痛手となるだろう。
その内部にアルファルドがいるのだ。
この程度でアルファルドが死ぬ……それどころか傷にすらも期待できないが、魔手さえ消えれば霊域核はこの世界へと還元できる。
世界の滅びを、この時点で回避できるかもしれないのだ。
ヴァディアにとってはこれ以上ない条件が揃っている。
故に、避けない。
1秒───
ジジジジ───
ヴァディアの周囲に魔力が溢れ出し、空気中の水分さえ雷電によって分解されていく。
これは、大魔法の予兆だ。
「───『雷霆・逆鳴』」
下から上に向かって落ちる、数千億の巨大な雷の柱。
一撃一撃が『鏖殺せし雷電』の数百倍のエネルギーを秘めており、星線によって生み出された隕石を粉々に砕いた後、その残骸の全てを圧倒的なエネルギーによって消滅させた。
あと、0.5秒───
「───ッ!」
大魔法を放った瞬間のヴァディアを狙い、ノアが『黄昏之刃』にて斬りつける。
「チッ!?」
ここで、初めてヴァディアに一撃が入った。
だがその傷は浅く、せいぜい腹部を抉った程度。
ただの人類なら命に関わっただろうが、この二人の戦闘ならそれは軽症でしかない。
(まだ浅いかッ!)
追撃を避ける為、ノアはこれまでの最高速度で退避する。
その速度は光速の十倍……ヴァディアの初速と同程度だ。
当然の如く、ヴァディアもそれを追った。
あと、0.1秒───
逃げるノアと、追うヴァディア。
ノアが作り出したかったのはこの状況だった。
(この状況なら……お前でも躱せないはずだッ!)
ノアがヴァディアの眼前に生成するのは闇球。
「な───」
光速の十倍……否、それ以上の速度を出していたヴァディアは、目の前に現れたそれを躱すことはできない。
何故なら、速すぎるからだ。
「く───ッ!」
ヴァディアが闇球に呑まれる。
───ノアは、これを待っていた。
0秒───
「───『闇と混沌』」
これまでにはなかった常闇としての性質が闇球の内部で渦巻く。
それは全てが存在し、同時に全てが存在しない不確定な混沌。
『闇』とは元来、その外殻を認識することは可能であっても内部までは認識できない存在だ。
それ故に闇の内部には全てが含まれ、全てが除かれる。
そう───その闇には、文字通り全てが存在しているのだ。
過去、現在、未来……それらの時間も例外ではない。
「『是正星線』」
夜闇の理を定める光の線が、ノアの手元へと集う。
それは常闇の星刀を包み込むように覆っていき、その刀身は全ての理を確定する純白の剣へと変貌した。
「───『理断ちし星白の刃』」
迸る一閃。
それは闇球すらも一太刀のもとに斬り伏せ、どれだけ速くとも躱しようのない過去そのものに干渉した。
「───」
切断された闇球から姿を現したヴァディア。
彼が持っていた雷鳴の太刀は半ばから消滅し、ヴァディア本人は左肩から右脇腹へとかけて、完全に両断されていた。
「見事だ───」
血を吹き、ヴァディアが地に落ちる───
ことはなかった。
「───だがまだこの魂には届かんな」
「ッ!?」
突如としてヴァディアから溢れ出す暴雷。
それは魂をより活性化させたが故の、ヴァディアの本気の力。
「もう加減はやめだ。そんなことをしていては我が滅ぼされてしまう」
ヴァディアの身体は実質的に雷や光そのものにもなれる。
逆に、それらを受けることで肉体そのものさえも修復ができるのだ。
つまり、自身の魂から放った世界を焼き焦がす暴雷にて両断された身体を繋ぎ合わせたのである。
「お前……まだ加減してたのか」
「ふ───」
再度雷鳴の太刀が顕現され、ヴァディアの周囲の空間が無条件に滅びる。
いくら権能と呼べるまで昇華されたと言っても、概念を有していないただの雷と光でこれ程までの力を得るというのはあまりにも異質だった。
(……まあ良い。解析は済んでいる)
本当なら今ので倒し切りたかったが、ノアとてヴァディアがそう簡単にやられる存在だとは思っていない。
むしろあれで勝てていたのならいささか拍子抜けする程だ。
故に、ヴァディアの復活も予測はしていた。
……だが。
(二万年前よりも強くなっているのはいいとして、ガロンと戦っていた時よりも明らかに強く見えるのは気のせいか……?)
少なくともガロン戦では『鳳雷』も『雷霆』も使っていなかった。
あれらは二万年前のヴァディアを知るノアからしても初見の魔法だったのだ。
ただ単にガロン戦で使わなかっただけなのか、それとも……
「───」
「───」
両者共に、傷は浅くはない。
互いの手札が相手に通用すると確信した以上、迂闊に攻めた方が不利となる。
故に訪れる数秒の静寂。
───パリッ
その瞬間、ヴァディアの周囲で小さく雷電が迸る音がした。
その音に対して何かしらの攻撃かとノアが構えた瞬間、ヴァディアがノアの後ろへと回り込む。
「『鏖殺せし雷電』ッ!」
これまでよりも更に一段階速くなったヴァディアによる神速を超えた局所的な終焉。
だがノアもそれを予測していないはずがなく、用意していた闇球を即時に展開し、全ての攻撃を取り込んでいく。
「『金色の雷閃』」
圧倒的速度を活かした全方向からの剣閃。
刹那にも満たない瞬間に放たれた数千の斬撃……ノアも全てに対応することは難しく、そのいくつかはしっかりと傷を残す。
そして、斬られた箇所から雷電が迸る。
「チッ!」
動きに支障が出ると瞬時に判断したノアは攻撃を受けた部位を闇により抉り取り、もう一度ヴァディアの動きを見切ろうとする。
(俺にすら見えない程速い……だがヴァディアとて人だ。動きには癖がある)
意思ある限り、その動きには必ず癖が表れる。
目で追えなくとも、進む先が解っていれば攻撃は当たるのだ。
(今はとにかく攻撃を当てろ……当てさえすれば、勝機はある)
一瞬の瞑想。
ヴァディアはそれを怪しく思ったのか、目を閉じたノアに攻撃することはなかった。
(この技は、お前には見せたことがなかったな)
星刀に光が集う。
それは星線の光ではなく、『光の剣戟』だ。
「───『暁之刃』」
放たれる斬撃。その剣先の速度はヴァディアの速度とは比べるまでもなく遅い。
だが───
(躱せない……!?)
ヴァディアは速い。速すぎる。
動きも効率的で、数手先を読みつつ次の行動に繋げるように立ち回る。
それこそが、ヴァディアの動きの癖なのだ。
攻撃間隔もそうだ。
ヴァディアはランダムにしているつもりでも、数百の斬撃を総合的に見れば自ずと規則性が出てきてしまう。
戦闘のレベルが高く、速すぎるが故の弱点だ。
だからこそそれがノアに読まれてしまった。
「くッ!?」
どうにかヴァディアはその太刀で受けようとするが───
「な───」
雷鳴の太刀は、一切の抵抗もなく『暁之刃』によって切断された。
(何故……ッ!?)
『暁之刃』は単体では『光の剣戟』の技の中でも最弱クラスに位置する剣技でしかない。
だが、それは用途の違いである。
『黄昏之刃』が切断に特化した剣技であり、『刻赫螺閃』が瞬間的に理から外れる剣技であるように、『暁之刃』にも役割がある。
それは、『敵の力を簒奪する』ということ。
たった今起こったこと……それは『暁之刃』が雷鳴の太刀の力を喰らい、奪ったが故に太刀は抵抗もなく斬り落とされた。
そして、この剣技の真価はこの先にある。
「───はぁッ!」
『暁之刃』を途切れさせることなく放たれる二撃目。
そこには、簒奪した雷鳴の太刀の力が内包されていた。
(そういうことかッ!)
ヴァディアはその剣技のことを完全に理解する。
だが、普通に対処していてはヴァディアですらももう間に合わない。
躱すことはできず、新たに太刀を生成するのも間に合わないどころかそれすらも『暁之刃』相手では糧となるだけ。
この攻撃で滅びることはないだろうが、あまりにも大きすぎる隙はできる。
(今、ノアは間違いなくアレを使える……ならば、どうするべきか)
───もう、ヴァディアの中で答えは出ていた。
(───否、否だッ!我の力で全てを圧倒するのみ───ッ!)
それこそが、戦闘狂と呼ばれた所以。
ノアの刃が届くよりも先にその魔法が展開される。
「なッ!?」
もうどんな術も間に合わないであろうと考えていたノアは意表を突かれたように驚愕の声を上げた。
ヴァディアでさえも躱せない状況……それはつまり、ノアもまた同じということ。
(まずい───)
魔法の前兆だけで暴雷が降り注ぎ、世界を焼く。
そして───その魔法が落ちる。
「───『雷霆』ッ!」
文字通り世界そのものを飲み込むような万雷。
その中心にいたノアは───
万雷は全てを呑み込む───
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