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7.銀刀

矛盾概渦(ラグナディリア)』……


虚無によって構成された渦を展開するという点では『混沌災禍(ラグナヴィア)』と同じだ。


違うのは内包する力と汎用性にある。


力では比べるまでもなく『矛盾概渦(ラグナディリア)』に分があるが、汎用性だけを見るのなら『混沌災禍(ラグナヴィア)』の方が上なのだ。


混沌災禍(ラグナヴィア)』は渦の中心となる存在や空間を指定できた上に、力の指向性も操作できた。


だが、『矛盾概渦(ラグナディリア)』はそれができない。


中心となるのはノア本人かつ、力の向きは外側のみ。


つまり、圧倒的なまでに他を害することに特化しているのである。


「───っ」


そしてこの魔法は今のノアにとっては強すぎた。


そう、『終極之太刀』と同じで扱いきれないのだ。


「ぐ……ッ!」


出力的に世界を滅ぼしてしまう程ではないだろうが、渦の中心となるノアでさえもその力に侵食されつつある。


力は外に向いているのに、内側のノアですらこれなのだ。


これを至近距離でまともに食らったガロンは───


「───ッ!?」


ノアの魂に最も近かった右腕……そして、宵の星剣(アルデバラン)が、跡形もなく滅んでいた。


(い、ける……!)


それを見たノアは『矛盾概渦(ラグナディリア)』の出力を更に上げ、本気でガロンを滅ぼす態勢に入った。


確かに今のガロンなら『矛盾概渦(ラグナディリア)』に巻き込むだけで滅ぼすことは可能だろう。


抵抗したとしても、これだけ近い位置にいればそれも意味を為さない。


だが、それはあくまでも今のガロンであった場合の話。


「───『流星と常(アルデア・ラ)闇の神獣(・ヴィディム)』ッ!」


そう……神獣化したガロンであれば、その限りではない。


「な……ッ!?」


ノアはそれを知っていた。


その術があることを認識し、警戒もしていた。


故にそうなる前に仕留めようとしたのだ。


だが、それは失敗に終わった。


灰色の渦の中で常闇が荒れ狂い、その闇で形成された獣が現れた、その瞬間に。


【『宵の星剣(アルデバラン)』───】


神獣となったガロンは渦を常闇で塗り替えながら再度星剣を顕現させる。


そして、星剣の切先とノアの魂を強引に星線で繋げる。


当然その星線すらも『矛盾概渦(ラグナディリア)』の渦に呑まれるが……


(切れない……!?)


荒れ狂う渦に巻き込まれた星線……いくらガロンの権能の象徴であり、存在すらしていない干渉不可のものであろうとも、これだけの虚無と矛盾に巻き込まれては本来であればとうに切れているはず。


渦に巻かれて直線ではないが、それでも星線の始まりである星剣と終わりであるノアの魂には依然として繋がれたままだった。


つまり、あの剣身は最終的にノアにまで辿り着くことが確定している。


「……ッ!」


一瞬の迷いの末、ノアは『矛盾概渦(ラグナディリア)』の起動を解除する。


神獣……否、星獣となった今のガロンが相手ではこの魔法ですら分が悪いと判断したが故の決断だ。


(この状態にまで成ったガロンを滅ぼしきるには、静滅銀刀(ゼグル)が必須なのか……!?)


ノアは未だに静滅銀刀(ゼグル)を顕現することのできる条件に見当がついていない。


何故ヴェレイドとの戦いの時に不完全ながらでも顕現させることができたのか。


そして、先程の無意識状態……あの時もそうだ。


先程使えて今は使えない……前世のノアが自らに課した封印と関係があるのかもしれないが……


(どうする、どうすればいい?)


今のノアでは『終極之太刀』だけでなく、『原初之太刀』も完璧には扱えない。


つまり、『光の剣戟』は星線には効かない。


(───賭けだ)


残された道は賭けに出ることのみ。


成功すれば、一時的にでも危機を脱することができるだろう。


失敗すれば当然魂の滅びだ。


かつて成功したのは一度のみ。


その時これを使えた条件も何もかもが不明。


そして今回成功する保証は……ない。


「深層羅神───」


未だ神ではないノアが、その一言を呟く。


それを聞き取ったのか、ガロンは獣の姿のまま驚愕して僅かに身を引いた。


その瞬間、周囲一帯から色という色が消え失せ、世界はモノクロになる。


そしてそのモノクロすらも、ノアの魂から爆発的なまでに溢れ出した灰色によって塗り替えられようとしていた。


「『灰零無尽』───ッ!!」


灰色の球体が、少しずつ生成されていく。


その大きさはかつてヴェレイドの『崩終奈落』の中で発動させたものとは異なり、ノアとガロンを軽く呑み込む程だった。


「───ッ!?」


身の……魂の危機を感じたのだろう、ガロンがこの球体が完成される前に範囲から出ようと動く。


確かにガロンの速度なら今から動き始めれば球体が完成する前に脱出することは可能のはず。


───ノアが、邪魔をしなければ。


「───『理編の醒星(ア・ルデンド)』」


それは、星線によって確定した未来を今この瞬間に引き寄せる魔法。


使ったのは……ノアだ。


模倣したのだ。自身が星線を操作しているわけでもないのに。


その目的は───宵の星剣(アルデバラン)


「逃がすかよ───ッ!」


瞬間、星剣がノアの魂に引き寄せられ……貫いた。


「ッ!?」


全てはガロンを球体から逃がさない為に。


「お前も俺と仲良く……この球体の中だ」

「───!」


もう逃げることは不可能と悟ったのかガロンは球体内部からの逃亡を諦め、自身の常闇を解き放った。


深層羅神を、深層羅神にて中和するつもりだ。


かつてのヴェレイドの時の神域と同様、同じタイミングで発動させたなら力で競り勝った方がその主導権を得る。


今この場はそんな状況にあるのだ。


だが……


「遅かったな」


ガロンが深層羅神を発動させる直前にその球体は完成してしまった。


間に合わなかったのだ。


ノアとガロンを呑み込んだ灰色の球体は空中に留まり、外部から内部の様子を見ることはできない。


内部で何が起こっているのか……


簡単だ。


尽きることのない虚無を、魂どころか存在そのものに叩きつけられる。


それは生命だけでなく、『灰零無尽』の力が及ぶ範囲全ての存在に作用する。


故に『崩終奈落』を消し去ってその場から出ることが叶ったのだ。


『灰零無尽』の力が及ぶ存在……そこに例外はない。


内部にいる限りそれを回避する方法は存在しない。


どんな存在であってもその影響から逃れることはできない。


そう、どんな存在であっても。


─────


球体が崩壊し始める。


崩れ、消えていく球体の破片。


その中から二つの存在が姿を現す。


その姿は……見るに堪えない程無惨であった。


片方はノアだ。


だが、ノアには上半身がなかった。


『灰零無尽』の力は、内部にいる限りはノア本人も影響を受ける。


自身の虚無により、自分を外側から攻撃し続けた結果がこれだ。


もう片方はガロン。


ノアとは対照的に、ガロンは首から上しか残っていなかった。


狼型の獣となり、星剣すらも再顕現させたガロンだったが、『灰零無尽』によって星剣は虚無の彼方へと滅び去り、ガロン本体もその身体を失った。


そんな状態の二つの存在だったが……彼らは未だに滅んではいなかった。


ノアの身体が虚無と再生により再構築される。


ガロンも本来胴体があった場所に常闇が集っていた。


どちらもまだ負けていない。


そして先に復活したのは……ノアであった。


「……ッ!」


自身でさえ想定していなかった威力に冷や汗をかくが、滅んでいないだけましというものだ。


「ガロンは……なッ!?」


先に復活したのはノアだった……だが、先に仕掛けるのがノアだという意味ではない。


ノアよりも後に復活したガロンが三本目の星剣を顕現させ、襲いかかったのだ。


「く……ッ!」


だが、ガロンもまた焦っていたのだろう。


確かにそれは星剣による攻撃ではあるが、なんの魔法も使用していないだけでなく、星線すら繋げていなかった。


つまり、ノアであれば弾くことは容易い。


ノアもまた魔法も『光の剣戟』も使用せずに白雪にて星剣を大きく弾き返す。


それによりガロンの体勢が大きく崩れるが……


(……お前も、そろそろ使うだろ)


ノアのその瞳は一切警戒を緩めることはない。


次のガロンの行動まで予測し、その対策を己の内側で密かに練っていた。


【星闇神域───】

「無广神域───」


二人の声が重なる。


互いが互いを対象とし、己の力を押し付けるべく異世界を構築した。


星の輝く闇と、何も存在しない虚無。


その二つが、これまでにない程空間をせめぎ合った。


【───『潜天』】

「───『虚空』」


神域の同時展開。


ヴェレイドの時と同様、完全に同じタイミングだったならより強い方の神域へと塗り替えられる。


そして、その力すらも同程度だった場合は……


「またこうなるのかッ!」


両者の神域の特徴を併せ持った、複合式の特殊神域───これもまた、ヴェレイドと戦った時と同じだった。


「……ッ!」


突如、ノアは水の中に沈んだような感覚に陥る。


そして、その瞬間に気づく。


(水中……いや違う、ここには何もない!)


例え水中であっても酸素がないわけではない。


魚が生きていけるのも、水に酸素が溶け込んでいるからだ。


海水のように塩分やその他不純物が溶けていることもある。


だが、ノアが沈んだこの場所にはそれすらもなかった。


(『潜天』……ガロンの権能から考えるに、闇の中に沈まされたのか……?)


視覚的にも何も見えない───否。


遠くで、光が瞬いた。


(天……星……そういうことか!)


遠くの光……星がノアへと落ちてくる。


どこを見ても同じ光景……そう、全方向からの圧倒的な質量攻撃だ。


しかもその全てに星剣と同様の闇の力が宿っている。


「……まさか」


嫌な予感がしたのか、ノアは『無看の慧眼(ラヴル)』にてその星々を見た。


「……そうなるよな」


その星々の全てに、『是正星線(アル・ガルヴ)』が繋がっていた。


その線の先は当然、ノアの魂だ。


普通に見れば絶体絶命。しかしそれでもノアは笑みを浮かべていた。


「……その星が届くことはない」


ノアの内側に秘められていた虚無が爆ぜるように周囲を滅ぼしていく。


ここは確かにガロンの神域、『潜天』の中だが、同時にノアの神域である『虚空』の中でもあるのだ。


そして、『虚空』はノアの意思のままに存在を無に帰させる。


星線や星ですらもその例外にはなり得ない。


「───消えろ」


ノアがその一言を放った途端、ノアを襲おうとしていた星々やそれに繋がっていた星線が跡形もなく消滅した。


そして、その奥からガロンが姿を現す。


闇の中、宙に佇むその星獣はいっそ神聖なものにすら見えた。


【『闇流星(アルヴォルフ)』】


闇色の流星が再出現し、再度ノアを襲う。


「無駄だ」


だがそれらもノアにとっては先程と同じだ。


新たな魔法も使わず、ただ睨むだけでその星々を消し去った。


「───解ったんだ」


ノアは左手を自身の胸に当て、目を閉じる。


(これまでずっと謎だった……それが、もう解る)


今のノアなら解る。


これまでの自分と今の自分の違いに。


「深層羅神、そして神域……これらを短時間の間に連続で展開する。それこそが、裏道の条件」


今の今まで使えなかったものが、今なら使える。


そう、これこそが、ノアの切り札───


「根源神装───『静滅銀刀(ゼグル)』、顕現───」


瞳を開いたノアの左手に灰色の理力が集う。


それは一振りの刀の形になり、やがて結晶化した。


「───これなら、お前を滅ぼせる」


相変わらず刀身は殆どない。


だが、それでもガロンを消し去るのに十分すぎる程の力を……理力を秘めていた。


「───ッ!」


ノアは静滅銀刀(ゼグル)に内包されていた理力を意図的に解放する。


それはただそこに存在しているだけでこの特殊神域そのものを無に帰させてしまいかねない程の暴力的なまでの虚無だ。


神域すら使えるかどうかという危険な橋を渡る程だったノアに、これ程までの力を制御しきれるはずがなかった。


「くッ!」


だが、それでもノアは止まらない。


「───ラァッ!」


そうしてノアは静滅銀刀(ゼグル)を───振り抜いた。


「───ッ!?」


その瞬間から崩壊していく神域。


神域の呆気ない幕引きに、ガロンは焦ったように力を制御しようとしていた。


それでも神域の崩壊が止まることはない。


ガロンが扱えるのは魔力であり、ノアが干渉できるのは理力だ。


この時点で、ガロンに勝ち目はなくなっていた。


───パリン


ガラス玉が砕けたようにノアとガロンは上空に放り出される。


特殊神域そのものが完全に消滅してしまったのだ。


「───これでお前の残りの手札は深層羅神だけ」


砕け散った世界の破片が宙を舞う中、ノアとガロンの視線がかち合う。


ノアは右手に白雪、左手に静滅銀刀(ゼグル)を。


ガロンはその口に宵の星剣(アルデバラン)を。


おそらく一時的なものではあるだろうが、今ノアは理力にまで干渉できる存在となっている。


たったそれだけで、ここからガロンが勝つ未来は殆どが潰されていた。


逆にこれまで劣勢だったノアに絶大な勝機が回る。


「油断はしない」


ノアは刀身の殆どを失っている静滅銀刀(ゼグル)をガロンへと向け、その言葉を吐いた。


「容赦もしない」


盟友であったガロン。


それでも、敵に回ってしまったのならノアは世界を救う為に躊躇なく滅ぼさなくてはならない。


「───」


しばらく間が空いた後、ノアは睨んでいた視線を和らげ、笑みを浮かべながら語りかけた。


「……でも、大丈夫」


ノアがガロンへ向ける瞳は優しいものだった。


それは、真に盟友へと向けるもの。


屍として敵対していても、その心は、その意志は盟友なんだと宣言するような瞳。


「全てが終わったら、弔おう」


滅んだ者を悼んでいる時間は今はない。


盟友であるガロンを、かつての配下であるヴァディアとアルファルドを……


その全てを滅ぼしてようやく、その者達を弔うことができる。


だからこそ、今は───


「今は、お前を滅ぼす───それだけだ」


憎いから、悪だから滅ぼすのではない。


ただそうしなくてはならないから滅ぼす。


世界を想うのなら、そこに私情を挟むわけにはいかない。


おそらく、次が最後の攻防となるだろう。


それだけ理力という存在は大きすぎる。


「来い、ガロン」


挑戦者(チャレンジャー)は逆転した。


その戦いの最後の火蓋は、ノアのその言葉によって切られたのだ。


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