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5.星と常闇

つんざく轟音。


その中心にいるのはノアとガロン。


その衝撃は常軌を逸しており、これまでで最も世界を震撼させていた。


その衝撃は『星震(アベル)』よりもなお大きい。


「く……ッ!」

「───!」


数秒間の膠着の末に互いの武具が弾かれ、二人は再度距離をとる。


(チッ……刀身に触れるのがまずいのは解っている……だから躱せないものは防ぐしかないが……)


速度はほぼ同じだが、ややガロンの方が優勢だろう。


ノアも光速で動いているが、ガロンは光速の壁を一段超えている。


今のノアが万全ではないことを考慮したとしても、出せる速度の上限は変わらない。


故にノアが速度で上回るのは現状では実質不可能だ。


(速度では勝てない……なら、光速の攻防の中でガロンに想定されない動きをするしかないか……)


ノアは再度『光の剣戟』を発動させるが、『世界斬』を使おうとはしない。


「───ッ!」


光速の突進。


だが、その動きは直感によるランダムだ。


ノア自身ですら自分がどこに動くかを想定できない。


『無意識を意識的に支配できる』ノアだからこそ、『完全に無意識に動きを委ねる』という荒業ができる。


ノアがこの動きについて定めているのはただ一つ。


『ガロンに攻撃する』ということ。


そう、たったそれだけだ。


だからこそ『世界斬』を使っていないのである。


(『世界斬』は一振り限りの技だ。光速の攻防には向いていない。だから使うのは何の技も使わない『光の剣戟』……!)


刹那の時間を置き、ノアが迂回しつつガロンへと特攻する。


「───」

「だろうなッ!」


ガロンの方が動きが速いのだ。反応速度もまた、ガロンが一枚上手である。


だが、この攻防においてガロンには『反応しなければならない』というハンデがある。


光速を僅かに超えた速度で放たれるガロンの反撃の刃。


それに対し、ノアは───


「ッ!」

「───!?」


星剣が───『無の混沌(ラグデネア)』を内包させた左手に弾かれる。


完全なノールック。それも、ノアですら反応できないはずの場所とタイミングだったはずだ。


そう───なんの反応もせずに、その身体が動いたのだ。


これこそが『無意識』である。


軽い衝撃や魂にまで届かない攻撃には反応できないが、魂に干渉されるような攻撃に対して、今のノアは意識せずともフルオートで反応するのだ。


(いける……これなら、勝負にな───)


勝負になる……そう考えた瞬間、ノアの視界がグラついた。


(これ、は……)


その瞬間、ノアは重大な見落としに気づく。


至近距離で視線を交錯させる両者。


その二人の間に走る、一本の線に。


(な───)


ノアはそれを知っている。


水晶を砕いて、ガロンの権能の力を見た時に。


(これは、星の……ッ!?)


その線の地点を境界とし、二人の距離が強制的に離される。


まるで初めから距離を取っていたように。


(情報はあったが、これがそうなのか……)


これこそが星と常闇の権能の真髄。


界律神アスティリアによって創られ、自らの意志で世界を守護しようとしていたこの世界最強の神の、真の力。


(星々を結んだ星座の如く、夜闇に線を引いて世界のルールを自在に弄る力……!)


星と常闇の権能の真価───


それは、『夜空に星を出現させ、それらを線で結ぶことによって世界の根本にあるルールを定める』というもの。


つまり、ガロンの引いた線こそが、この夜闇の理そのものなのだ。


ガロンがこの世界にしか干渉する力がないことから、高次元の存在までは扱えない。


故に、ノアの虚無そのものを消滅させるといった一方的なルールは作り出せないだろう。


とはいえ、その周囲はガロンの自由自在だ。


(まずいな……この線もルールも、物理的な物体でも現象でもない。世界という単一空間なら『世界斬』に斬れないものはないが、それはあくまでも物質であればの話だ。ルールや理を担うあの線を斬る力はない)


それこそ、あれに干渉したいのなら『光の剣戟』ではなく虚無の権能を使うべきだろう。


だが、それも一筋縄ではいかない。


(あの線が引かれている以上、今は近づくことすら難しい。遠距離射出の攻撃をしても届くことはないだろうし、そもそも俺の持つ遠距離攻撃程度でガロンを追い詰めるのは実質的に不可能に近い……)


ノアが意識的に使える遠距離攻撃で最も強いのは『混沌災禍(ラグナヴィア)』だろう。


かつて終華燈車輪(シュヴェルランデ)に使ったように、中心となる対象をガロンにしてから渦を収束させるようにして力を内側に向ける……


普通の魔法のように物理的距離を移動して攻撃を届かせるという使用方法ではない為、きっと初撃なら当たる。


とはいえ……


(対策されれば二度目はないな……それ以外の攻撃手段は……あれか……)


記憶を辿り、ノアは一つ手段を思いつく。


仮にそれの運用方法が射出する時の『無の混沌(ラグデネア)』と同じなら、遠距離に使える魔法ではあるだろう。


だが、その方法には重大すぎる欠陥がある。


(ガルヴェイムが見たという、灰色の球体……あれが使えれば、ガロン相手でも一撃で仕留め切れるんだろうが……)


無意識を意識的に操作できるノアでさえも意識を失った完全な無意識状態になる……そんな方法が、ノアの虚無へ爆発的な特効を持っている整正剣(エヴェルド)以外にあるのだろうか……


(界律……八神の権能でも、ガロンには届かないだろう。終華燈車輪(シュヴェルランデ)そのものを使えたら話は変わるかもしれないが、あれはヴェレイドだからこそ使えた擬似神装だ。俺には使えない)


ノアには根源神装である静滅銀刀(ゼグル)がある。


現状は使えないとはいえ、それがある以上は例え擬似的なものであろうとも別の神装を顕現させることなどできない。


神装は権能につき一つなのではなく、一個人で一つなのだ。


その絶対的なルールが根底にある以上、ノアがそれを一方的に破ることは不可能。


世界どころかあらゆる次元に強制されるルールである為、ガロンでも改変できない。


静滅銀刀(ゼグル)が使えない以上、ノアの手は魔法と『光の剣戟』しかないわけだが……


「『闇裂きし星晶の刃(アルド・リヴェイル)』」


ガロンの持つ星剣が白く輝く。


それはまるで若い恒星のように明るく、文字通りガロンの展開した夜闇さえ斬り裂く程の力を内包していた。


(あの魔法は……)


ノアとガロンの間には物理的な距離がある。


ガロンの引いた線……名前をつけるなら、『星線』……それがあることもあり、単純な距離以上に二人の間は離れているはずだ。


故に物理的な攻撃はガロンの方からでもそう簡単には届かせることはできない───


「がッ!?」


ノアは、そう思っていた。


(ッ……!完全に侮っていた……!)


ノアは失念していたのだ。


ガロンの攻撃が、物理的距離を介さないものである可能性を。


故にガロンが星剣を振った瞬間、その攻撃はノアを完全に捉えていた。


「『混沌災禍(ラグナヴィア)』……ッ!」


物理的距離を介さないということは概念的な攻撃であるということ。


ならば防ぐ方法はただ一つ……『混沌災禍(ラグナヴィア)』にて、ノア自身とその周囲を虚無と混沌の渦に飲み込ませる。


ガロンであろうとも無そのものに攻撃を正確に当てることは不可能であり、混沌がその全てを乱す為、いくら対象そのものを概念的に攻撃する魔法でもノアにまで攻撃が届くことはない。


「───」


ガロンが再度星剣を振るが、今度は空振りに終わった。


ノアという対象を見失ったのだ。


(チッ……再生不可能か……)


闇裂きし星晶の刃(アルド・リヴェイル)』によって斬り裂かれるというのは、宵の星剣(アルデバラン)に斬られるのと同じ意味を持つ。


つまり、概念的に星剣の攻撃を受けてしまったということになる。


故に星剣に斬られるのと同様、再生することは二度と不可能となる。


ノアであれば虚無により患部ごと身体を吹き飛ばすことで再生可能となるが、ガロンを相手にしている今この戦闘時にそれをするのはリスクが高い。


(幸いにも、欠損したわけじゃない……だったらどうにでもなる)


ガロンと相対しつつ、ノアはその傷を背負ったままの戦闘を強いられる。


(これで『闇裂きし星晶の刃(アルド・リヴェイル)』は防げたが、次はどうする……?)


ノアはガロンの権能の詳細を知っているが、あくまでもどのような能力かを知っているだけ。


ガロンがその力を応用なんてしたらノアも想定できない事態となるだろう。


(あいつが好き勝手にできるのはこの夜闇のルールだけ……一個人を無条件に滅ぼすなんてのはルールじゃない。つまり、この夜闇のルールが直接俺を滅ぼすことはないはず。だからこそ、ガロンは『闇裂きし星晶の刃(アルド・リヴェイル)』で斬り滅ぼそうとした……)


条件と状況を整理する。


ガロンができるのはルールの制定と改変のみ。それ以上の力は権能の範疇とは異なり、ただ魔法と魔力にものを言わせた強引な攻撃だ。


要するに、『闇裂きし星晶の刃(アルド・リヴェイル)』は権能のうちの力ではないということ。


(……攻撃が届くかどうかは別だが、付け入る隙がないわけじゃない)


些か賭けの要素が大きすぎるが、方法ならある。


戦闘以外の明確な意思能力がない今のガロンがそれに乗ってくる可能性は限りなく低いが……


「───その状況にさえ持っていけば、あとは俺の領域だ」


ノアはあの力について予測していた。


どうすれば、アレを使えるようになるかを。


それが正しいかどうかは解らない。それこそがこの勝負最大の賭けだ。


だが、もしそれが正しいのならば、きっとそこが勝機となる。


「───『無の混沌(ラグデネア)』」


左手に虚無によって生じる混沌を生成し、それを圧縮していく。


「星線は虚無と同様、触れることのできないもの……それごと滅ぼすには、同じ結果を残す虚無を使うのが手っ取り早い───そうだろ?ガロン」


ただの『無の混沌(ラグデネア)』なら物理的距離に阻まれて届くことはなかっただろう。


ただ……今、ノアの左手で圧縮され続けている魔法は、最早『無の混沌(ラグデネア)』ではなくなっていた。


「───『虚構の存在(ラグリム)』」


虚構とは、事実ではないことをさも本当のことのように仕組むこと……それだけでしかない。


それは歴史のでっちあげのように、概念とは一切関係のない言葉。


だが、それを生じさせているのがノアの圧倒的な虚無であったならどうか。


ノアの虚無の深奥は高次元の存在であっても、ノア自身ですらも観測不能……


嘘か本当かなど、虚無が相手ではどちらも存在しうる。


そして、虚無であるが故にどちらも存在しないのだ。


これは、間違いなく矛盾している。


その矛盾こそが虚無の真価……故に、『無の混沌(ラグデネア)』を圧縮したこの魔法は───


「───ッ!」


───観測不能が故に、ガロンの権能に、星線に触れることなく、物理的距離を無視する。


とはいえ、即席の魔法だ。


そのせいか、威力がノアの想定よりも大幅に低かった。


魔法の発動と同時にガロンの星剣を持っていない方の腕……左腕が消し飛ぶだけで終わる。


「───」

「チッ!」


ガロンの制定できるルールにも上限と下限がある。


矛盾のような、世界本来の理に大きく反するものにまで触れることは───


(───できる)


そこで、ノアは思い出す。


虚無が矛盾の鍵であるが故に、それを滅ぼそうと活性化する力を。


そして、それと同じ理由で干渉できるようにルールを制定することは───


「───!」


───可能だ。


「整合の……!」


ノアはその瞬間に悟る。


己の虚無が、捉えられてしまったことに。


「───『是正星線(アル・ガルヴ)』」


新たな星線が引かれ、その強制力はノアの虚無を理単位で縛っていく。


「く───ッ!?」


理に縛られることがないはずの虚無が、矛盾という通過点を経て干渉されていた。


(これも失敗だったのか……!?)


虚無を補足されてしまったのは矛盾を経由したから。


そして、ノアはその矛盾の力の一端を、『虚構の存在(ラグリム)』という形で見せてしまった。


それこそが失敗なのかもしれない。


(だが、通じなかったわけではない……!)


それでも『虚構の存在(ラグリム)』は確かにガロンの左腕を消滅させた。


それが解っただけでも収穫は十分と言える。


「───『存在虚空(ラヴィア・ヌル)』」


星線に虚無の権能を制限されながらもノアが行使したのは、己の存在を完全な無として強制定義させる魔法。


矛盾によって補足され、縛られるのならば、矛盾すら生じさせない程完全なる無に近づけばいい。


そうすれば、ガロンの星線は自ずとノアを対象から外すことになる。


「───!」


だが、それを許してくれる程ガロンは甘くはない。


「『常闇宿りし星の剣(アルディバルト)』」


瞬時に距離を保っていた星線を解き、ガロンがノアへと特攻する。


そして……その刃をノアへと振るった。


「ッ!?」


無を捕捉された状態でこの一撃を食らうのは、いくら『存在虚空(ラヴィア・ヌル)』で無そのものとなろうとした今の状態でも危険だ。


今のガロンは、無にすらも干渉できるのだから。


「───『絶羅』ッ!」


ノアが咄嗟に発動させた『光の剣戟』の技。


その刃は攻撃することを想定しておらず、ただ迫り来る攻撃を受け流す。


概念的な力だけで攻撃されていたならばこの剣技で防ぐことは不可能だっただろうが、幸いにもガロンの攻撃は剣を用いたもの。


常闇宿りし星の剣(アルディバルト)』ならば、『絶羅』のみで受け流すことができる。


「───ッ!」


とはいえ、かなりギリギリだ。


(ッ!?重っ……!)


ガロンの膂力はノアのそれを大きく上回っていた。


正面から受けたわけではない。


『絶羅』はあくまでも流す技だ。


それなのに、その衝撃はノアでさえ本能的に危機を感じる程のものであった。


ノアとガロン……その力の総量は、きっと大差はない。


ノアの魂が不完全であることを考慮したとしても、ノアの力なら受けきれる……ノアはそう考えていた。


だが今の一撃はどうだ。


『絶羅』だったから受け流せたものの、真正面から『常闇宿りし星の剣(アルディバルト)』を受けていれば、確実に力負けして滅ぼされていた。


(何故……何故だ……!?)


ガロンは『常闇宿りし星の剣(アルディバルト)』を連続使用し、幾度となくノアへと星剣を振るう。


その剣先の速度は間違いなく光速を上回っていた。


「く───ッ!」


ノアもそれに対抗する為に同頻度で『絶羅』を使用。


なんとかその星剣を逸らし続ける。


だが、ガロンの攻撃は止むことはない。


ノアは躱す為にも光速に近い速度で移動しつつ『絶羅』にて受け流していくが、ガロンもまたノアに追従して秒間に数千回も星剣を振り抜く。


一合剣を交える毎に周囲の空間が罅割れ、世界に亀裂が入った。


「……ッ!……『無看の慧眼(ラヴル)』ッ!」


咄嗟にノアが使用したその魔法は、虚無の権能と創造の権能……その一部である世界眼を複合させた視覚魔法。


文字通り、『無さえも看破する慧眼』だ。


そこまでやって初めて、ノアはそれに気づく。


(星線が……!?)


無看の慧眼(ラヴル)』を用いて初めて見えたその絶対不可視の星線。


それが繋がっていた先は───ガロンの持つ、宵の星剣(アルデバラン)


そして、もう片方の一端は───


(俺の───魂)


そう、星剣とノアの魂が、直接星線で繋がれていたのだ。


(く……っ!捕捉されたのが原因か……!)


ガロンの膂力がノアを大幅に上回っていた理由がノアにも理解できた。


宵の星剣(アルデバラン)とノアの魂が接触する───そうなるよう、世界のルールが制定されていたのだ。


ノアが魂を捕捉されてからこれまでの数万回に及ぶ剣戟で一度もその攻撃を直接受けることがなかったのは、ノアが理にさえも影響する『光の剣戟』を使っていたから。


そう、今のノアがまだ滅びていないのは、ノアの選択による奇跡の産物だ。


ノアが『虚漠零斬(ラギレム)』などの斬撃を介する魔法を使っていたなら、ノアの魂は星剣と接触し、すでに滅びている。


(とはいえ、このままでは……!)


攻撃に転じようとして『絶羅』による防御を止めた途端、星剣に滅ぼされる。


逆にこの状況を続けてもジリ貧だ。時間は稼げても、追い詰められて最終的に滅ぼされるだろう。


『絶羅』を止めることができない以上、星線の切断は困難。


そもそも星線にまで干渉できるのは虚無だけ。『光の剣戟』では星剣を逸らすことはできても、存在しないと定義されている星線を斬ることはできない。


───八方塞がりだ。


(どうにか方法を……!)


ノアは肉体と思考を分離させ、肉体は『絶羅』を使いつつ星剣を逸らし続け、思考はこの状況を切り抜ける為にフル回転させる。


虚無によってないものと定義できるノアだからこそできる離れ業だ。


だが、この思考により打開策を見出だせない限りはノアの滅びは覆せない。


リミットはノアの身体が対応できくなるその瞬間まで。


そして、その時間は刻一刻と迫っていた。


その間もガロンの攻撃の手は止まらない。


(ただの星剣なら、星線が繋がっていようとも弾けるのに……!)


常闇宿りし星の剣(アルディバルト)』は強力な魔法だ。


ガロンの持つ力の根幹となる常闇が込められているのだ。


星線によって魂に繋がれていることもあり、ノア程の存在でも真正面から受けることは絶対にできない。


(どうにか打開策を……)


ノアがそう考えた瞬間だった。


「───闇滅領域、『葬星闇球』」

「な───ッ!?」


領域……ガロンは今、間違いなく領域と言った。


神域ではなく、領域……と。


(まずい……!)


ノアとガロンの周囲が闇によって覆われていく。


それはまるで常闇で構成された星のように。


(く、そ……)


ノアの天殺領域『裂殺侵空』の展開は間に合わない。


そうして二人は同時に、その闇に呑まれていった。


二人を呑み込む闇の恒星───


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