4.星震
「───」
世界全域を夜で覆い、その全てを己の領域としたガロンは、グラエムの結界から遥か上空……街からは人どころか神ですら肉眼では見えない程の位置からグラエムの全てを見下ろしていた。
黒甲冑は常にグラエムの中心部分……即席で建てられた都市庁舎に向いている。
そこに誰がいるのかを知っているのかどうかは解らない。
そもそも屍となったガロンに意思能力はないはずである。
それでも───
「───」
それでも、待っていた。
ガロンのことを盟友だと言った、その男がここに来るのを。
「───!」
何かに気づいたのか、突如としてガロンが右手を大きく振り上げる。
その頭上には一際輝く星が一つ。
そしてその星はガロンの元へと降っていき───
「───『宵の星剣』」
───その剣を、形作った。
星の光と常闇で構成された星剣は、かつてガロンが使用していたものとは見た目が異なっている。
かつての夕闇色は消え、全てを飲み込むような完全な漆黒に変色していた。
「───ッ!」
そんな星剣を持つガロンへと特攻する灰色の影が一つ。
そう、ノアだ。
「あの時とは違う……今度こそ、お前を……!」
勢いのままノアは白雪を振り抜く。
光速と同等に速いその斬撃を、ガロンは難なく星剣で受け止めた。
甲高い金属音が周囲に響く。
互いに何の力も纏わせていないただの物理攻撃であるが故に、概念的な意味では周囲への影響はない。
ただ、光速の攻撃を真っ向から迎え撃ったのだ。
その衝撃波は遥か下の大地を割った。
「『空虚斬滅』」
「『深層闇刃』」
拮抗していた白雪と星剣に、各々の魔法がかけられる。
虚無による絶対斬撃と常闇による拒絶が全く同じタイミングで発動され、その反動で互いの武具が弾かれた。
「……そうか、その状態でも魔法は使えるんだな」
「───」
ガロンは言葉を発さない。
正確には魔法だけは呟くが、それ以外の言語能力は失っているという状態だろう。
だが、だからこそ厄介な点もある。
(意思能力がないから次の行動が不明……更に言えば、魔法を使えるということは神獣化も可能だということだ……)
屍となった今のガロンなら、意思能力の喪失が代償である神獣化すらもデメリットなしで───それこそ、神獣の状態ですら魔法を使えるのではないか───?
そんな考えがノアの脳裏を過ぎる。
「───いや、それでいい」
ノアの想定が正しければ、勝ち目は絶望的となる。
そもそも魂が全快していないのだ。真正面から戦っても勝ち筋はない。
だというのに、ノアは策を講じることはなかった。
(権能には穴がある)
ノアのこれまでの経験からなる推測……
(俺がこれまで見てきた権能はどれも強力だが、万能ではなかった。虚無もそうだ。故に、ガロンの持つ星と常闇の権能にも弱点はあるはずだ)
だからこそ、ノアはガロンにとって有利となる状況に、あえて飛び込む。
世界は夜。
闇が空間を支配し、夜空には無数の星が見えるこの状況。
今、この世界はガロンのホームグラウンドとなっている。
これこそがガロンの本来の戦い方なのだろう。
相手の得意に付き合うことなどなく、自身の有利な領域に引き摺り込む……
世界への影響を考えなくなった屍だからこそ取れる戦法でもあるが、きっと屍となる前でも世界を考慮しなくていい状況だったならこの手を取るはずだ。
(この状況下に、きっと打破のヒントがある)
ノアの虚無は『存在していないのに存在している』からこそ、真の意味で『存在していない』と定義されれば無条件で消滅してしまう。
虚無の強みが弱点ともなっているのだ。
それと似たようなことがある可能性が否定できない以上、確認しないわけにはいかない。
(この戦いの中で───弱点を見つけるッ!)
ノアは『混沌災禍』を展開し、外界からの影響のほぼ全てをシャットアウトする。
「『空支配せし闇夜』」
それに対し、ガロンは周囲数キロメートル規模の空間そのものを闇によって支配。
結果的に、ノアの『混沌災禍』が中和される。
「───『常闇宿りし星の剣』」
「ッ!?」
爆発的な常闇を内包した星剣が防御力を消失したノアへと襲いかかる。
『混沌災禍』中和後、一切の間すら置かずにノアでさえたった一撃で魂の半分以上を滅ぼされかねない程の攻撃……
いくら状況的に有利とはいえ、これでまだ本気ではないのだからガロンの力の底がどの程度深いかが窺えるだろう。
「『虚漠零斬』ッ!」
ノアが咄嗟に発動させた魔法は『空虚斬滅』の上位互換、『虚漠零斬』。
斬った対象を強制的に無と同化させ、消滅させる斬撃魔法だ。
強力な魔法であることに間違いはない。
だが、魔法そのものの格で言えば『常闇宿りし星の剣』の方が圧倒的に上位であった。
「はぁッ!」
「───!」
白雪と星剣が互いに光速で衝突する。
その衝撃は文字通り世界を揺らし、余波は周囲の空間を瞬時に滅ぼした。
「がッ……」
「───」
再度弾かれる両者。
ノアはそれが想定通りだと言わんばかりに体勢を立て直す。
「互角……!」
そう、互角だった。
魔法の格はガロンの方が上だったのに、だ。
今の衝突については速度はほぼ同等、膂力も差はなかった。
魔法の格だけ、ガロンが上回っていたのだ。
正面からの衝突においては意思能力も関係ない。
それならば何故、両者の力は拮抗したのか……
(間違いない……武具性能だ……!)
擬似神装と界律神装───
その差は大きい。
何せ、擬似神装というのは三種ある神装の中でも最弱だからだ。
根源神装が最も強いとはいえ、界律神装も擬似神装とは比べ物にならない程には強力な武具に違いはなかった。
そして何より、ノア自身の成長が大きかった。
本人はまだ気づいていないだろうが、ノアは無限に等しい程存在している数多の世界の中で、最も白雪の主としての適性が高かった。
そう、最初からだ。
だがノア自身も成長し続けている。
力ではなく、その精神が。
故に初めから他の追随を許さない程高かった適性が、更に上がっているのである。
このまま更に成長を続ければ、いずれはユキの持っていた力すらも引き出せるようになるかもしれない。
何にせよ、たった今ガロンの星剣とまともに打ち合えたのは白雪あってのものである。
(つまり、力では大幅に負けている……)
そもそも全快状態のノアでさえ拮抗できるかどうか怪しい。
九割程度しか魂を取り戻せていないノアならば、白雪ごと弾かれた上に切り裂かれて滅んでいてもおかしくはなかった。
「───流石だな」
聞こえていないということはノアも知っている。
それでも、ノアはガロンとの会話を試みようとしていた。
「星と常闇……夜と、そこに輝く光というのが、お前の力なんだろう」
概念に直結するような力は名前からある程度能力を推測できる。
破壊や創造がいい例であるし、虚無もまた名前からの想像はし易い部類だろう。
だがそこに含まれない力は名前から想定することがほぼ不可能。
つまり、初見であれば『このような攻撃がくるからこうする』という対策を立てることが実質不可能なのだ。
(闇を支配できる以上、ヴェレイドの使っていた影からの攻撃というのもできてもおかしくはない。それに、『星』……光とはまた違う力なのだとすれば、重力操作か……?)
ガロンが力の底を見せない以上、ノアからすればその能力はあまりにも未知数。
対策を立てることすらもできない。
だからこそ───
「本気を出せ、ガロン」
ノアが左手に宿したのは漆黒の塊。
それは黒い水晶としてこの世界に顕現した。
「お前に殺意はないが……」
それは、魂源深火……『純殺零玖』。
エルナを蘇らせた時はグリアノスによって招かれた状況だった為、そちらへの殺意で形成することができていたが、今回の場合は話が違う。
ノアはガロンに殺意など微塵も抱いていない。
故にその出力も、効果も弱化する。
込められる意力すらも上限が低くなるほどだ。
では何故、ノアが『純殺零玖』を使用したのか……
(殺意は俺の意志の一つ。故に、この水晶も俺自身と同義だ。心象の、実体としての具現化……それこそが、この水晶なのだから)
『純殺零玖』によって顕現された水晶は、常にノアの精神と同等の情報を所持している。
それを特定の場所で解放することで、副次的な効果が得られるのだ。
そして、その場所とは───
「ッ!」
再度光速でガロンへと突っ込むノア。
今度は白雪には魔法を使用していない。
代わりに、『光の剣戟』の輝きが宿っていた。
ガロンは当然反応し、星剣を振るう。
そして、その二つが接触する瞬間───
「───『世界斬』」
「───『闇喰』」
両者がそれぞれ、剣技と魔法を展開する。
『世界斬』はノアの使う『光の剣戟』の剣技の中でも『空間ごと切断する』ことに特化した技だ。
ガロンもそこに存在している以上、この対象に含まれる。
故にこれであれば切断できると、ノアはそう思っていたわけなのだが……
「───チッ!」
ガロンが星剣に宿させた魔法、『闇喰』によって完全に止められていた。
物質、事象、精神……それら全てには、大小はあれど例外なく『闇』を宿している。
光と影のようなものに近いとも言えるが、どちらかといえば『存在と非存在』の方が近いかもしれない。
『闇喰』はそんな全てに宿っている闇を喰らう魔法だ。
星剣に纏わせたことで、その能力は爆発的に強化されている。
空間ごと断つ『世界斬』相手に拮抗できたのもそれが理由だろう。
白雪、『世界斬』、そしてノア自身……
それらに宿っている『闇』を喰らい、その力を奪い続けているのである。
(これは……何だ……!?)
ただ力が拮抗しているというわけではないのはノアも理解していた。
だからこそ、何故『世界斬』が通らないのかが解らない。
どう考えても『闇喰』は高位の魔法ではなかった。
魔法の格で言うのなら、『壊撃』とそう大差はないだろう。
それなのに、『光の剣戟』の中でも空間切断に特化した『世界斬』を防いだ……
ノアからすればそれは想定外の現実だ。
「───ッ!」
衝突と同じ速度で後退したノアは依然として険しい表情を浮かべている。
(……いや、想定していなかったわけではない。ガロンならあるいは、とは思っていたが……その理由が解らないことが問題だ)
ノアは常にあらゆる状況を想定している。
だからこそ、今回の場合も初めから『そうなるかもしれない』とは考えていた。
ただ……その理由が解らなかった。
(どうしたものか……ッ!?)
再度思考をしようとした瞬間、星剣がブレるのを見たノアは咄嗟に回避行動を取る。
次の瞬間には星剣がノアのいた地点を斬り抜けていた。
(あの刀身……当たるのはまずいか……?)
かつてのヴァディアの思考。
それと全く同じ考えを、今度はノアが抱いていた。
「……『黒点』」
ガロンが呟き、その魔法が発動する。
「これは……!?」
その直後に空間に現れる無数の黒い影。
闇……のようには思えないが……
(この黒い影……ゆっくりとだが、動いているな)
速度はとても遅い。
人間の歩行速度よりもなお遅い。
だが、その数と密度は膨大であった。
発生したのは半径数百メートル。
その密度は1メートルの立方体に二個入る程。
遠目からこの地点を見ると、きっとこの周囲の空間全てが巨大な黒い点のように見えるだろう。
(『黒点』……名前から察するに、恒星に発生する低温地帯のようなものだろうが……)
低温というのも、あくまでも恒星基準。
その温度は優に四千度を超える。
それが再現されているのか、黒点に囲まれた空間は生物の存在できない灼熱地帯となっていた。
「これは……流石に暑いな」
生物の枠組みを逸脱しているノアですら、その熱に思考を乱される程。
ノアからすれば、腕を切断されるなどの痛みよりも遥かに厄介であった。
そして、何よりも問題となる点がある。
(何の性質か、黒点の先を見通せない……密度が高いこともあって、この状況では簡単にガロンを見失ってしまう)
ガロンもまた光速など簡単に出せる存在だ。
普通ならノアの動体視力でも簡単に追えるが、この熱と視界不良のせいでそれすらもままならなくなっていた。
現に、ノアはすでにガロンの姿を見失っていた。
「……ッ!」
その瞬間、突如としてノアの背後に現れて星剣を振るうガロン。
ノアは一瞬で反応し、『虚漠零斬』を発動。
いくら星剣が強力でも、何の魔法も纏っていない刀身であれば簡単に弾ける。
(今ッ!)
反応されると思っていなかったのか、ガロンの体勢が崩れる。
それを確認する間もなく、『世界斬』がガロンを襲った。
「───『闇への帰還』」
ガロンはこの斬撃を受けるのはまずいと考えたのだろう。
まるで周囲の闇に溶け込むようにしてその姿を消していく。
だが───
「───それは無駄だ」
『世界斬』は文字通り、その空間ごと世界そのものを斬る。
『闇喰』のように特殊でない限り、止めることは不可能なのだ。
そう、例えそれが闇であったとしても。
「───ラァッ!!」
『世界斬』がガロンのいる空間をその闇ごと斬り裂く。
そうして露出したガロンの黒甲冑と、胸に負った僅かな傷。
その位置に、ノアは左手の水晶を押し込んだ。
「弾けろ、『純殺零玖』!」
ノアの左手がその傷を穿ち、ガロンの内部へと侵入する。
そこで、ノアは殺意によって形成された水晶を───握り潰した。
「───!」
ガロンの内部に溢れ出るノアの思考情報と、純粋なる殺意。
それらはガロンの闇を貪るように殺し、それによって得た情報を収集し始めた。
それにより、結晶が砕かれた位置へと逆流していくガロンの情報。
ノアはその情報を瞬時に掴み、再度結晶化させる。
「───はぁッ!」
ノアはガロンの身体を蹴飛ばす勢いでその場から離脱する。
その左手に握られていたのは、先程とはまた違った黒い水晶だ。
「これが、お前の権能か」
ノアは左手を掲げ、それを砕く。
そうして溢れ出た闇を、その紫色の双眸で見つめた。
「───そう、か」
ノアが見たもの。それは───
「───はは、やっぱりお前、なんでヴァディアなんかに負けたんだよ」
それは、ノアですら予測できなかった、規格外の力。
それを理解したノアは再度白雪に光を宿らせる。
そう、『世界斬』だ。
「ああ、理解したよ、理解したけどな……やっぱり納得はできない」
これ程の力を持ちながら、何故ヴァディア如きに敗北を喫したのか。
これだけの力があってもなお届かなかった理由は何なのか。
そして───
「この力を以て、お前が何を求めたのか」
ガロンが何をしたかったのか、何を為そうとしたのか、何を思っていたのか。
ノアは……ただそれが知りたかった。
「全部、教えてくれよ……俺とお前だけの闘いだ、本気でやり合おう。大丈夫、お前に滅ぼされるなら、ここで終わっても構わない」
ガロンの身体が、ノアの言葉に呼応したかのように動く。
星剣を構え、魔力を集わせ───
「───『星震』」
文字通り、星が揺れる。
この周辺の大気だけではない。
眼下に見える地面も、遠くの山脈も、穿界の魔手ですらも。
その全てが、連なるようにして震えた。
「───ははは」
ノアは小さく笑う。
その震えこそが、ガロンの意志のように思えてしかたがなかった。
「さあ、ここからが本当の闘いだ」
再度白雪と星剣が接触する。
これまでのものとは比にならない程の衝撃が、世界を襲った。
ガロンの権能の力とは一体───
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