1.まずは
5章開始です
穿界の魔手内部。
広大なドーム状の空間に、一人の男がいた。
「ふぅ───」
金髪の壮年……その男が小さく息を吐くと、周囲の空気がピリピリと僅かな音を立てた。
その男が周囲の電荷を操っているのだ。
何か動くものがあれば、その瞬間にその存在は雷撃によって焼かれる……そんな緊張感が、この場を支配していた。
「───ヴァディア」
そんな空間で、金髪の男に話しかける存在が一つ。
それは黒髪の若い姿をした男で、周囲の暴走してしまいそうな電荷そのものを滅ぼしつつこの場にやってきていた。
これだけで二人のどちらが強いかは一目瞭然だろう。
「───陛下」
金髪の男……ヴァディアが黒髪の男のことをそう呼ぶ。
黒髪の男は、そのヴァディアの上に立つ存在……この穿界の魔手を造り、配下と共に世界を渡ってきた張本人……
皇帝、アルファルドであった。
「……魔手の調整中だったはずでは?」
ヴァディアがアルファルドに問う。
アルファルドは、吸収した霊域核の力を真正面から受けて崩壊しかけた穿界の魔手を調整する為に動けなかったはずだ。
「幸い、一時的にだが一段落してな。数時間程度なら目を離しても大丈夫だ。それよりも貴様はどうだ、傷の方は」
時間が空いたアルファルドはヴァディアの様子を見に来たようである。
「多少動く分には問題ないですが、まだ完治には程遠いかと。あの時と同じ強さならば、奴と戦闘になろうとも問題はないでしょう」
奴、というのはノアのことだ。
確かに、ラフィナを滅ぼした時のノア程度の強さなら今のヴァディアでも問題なく圧倒はできる。
とはいえ、この場にいる二人はそうはならないと考えていた。
「……奴は確実に力を取り戻して我々に挑むだろう。準備は怠るな。舐めてかかった瞬間、喉元を掻き切られるぞ」
「御意。では、アレをお借りしても?」
ヴァディアがアルファルドに許可を求める。
その『アレ』というのは───
「……まあ、良いだろう。万全でないお前を出す前に、あの存在をぶつけるとしよう。それで倒れてくれるのなら御の字だ」
「我が共に出撃してもいいのですが……」
それに対して、アルファルドは首を横に振る。
「辞めておけ。アレは確かに万全のお前と同等の力を持つが、元々は敵だった。下手に共に行動すれば、拒絶反応が出るかもしれん」
利用できるものは利用する……そのことにはアルファルドとて異論はない。
だが、ヴァディアとその存在が共に動くとなれば話は別だ。
あくまでも予測に過ぎないが、最悪の場合はその存在がヴァディアと敵対する可能性すらある。
そうなってしまえば、きっとノアとの戦闘どころではないだろう。
「では、アレを先に───」
ヴァディアが言葉を発しようとした瞬間、穿界の魔手が大きく震撼した。
その原因は外的要因ではなく、内部の問題だ。
「長く離れているのも問題か……数時間は持つと思っていたのだが」
アルファルドの制御下から離れていたからだろう。
「私はあちらに戻る。後のことは全面的に貴様に任せよう」
「御意───陛下もご無事で」
ヴァディアのその言葉を聞いたアルファルドは再度魔手の調整の為にこの場を離れる。
「さて───」
アルファルドはその場を去りながら小さく笑みを浮かべた。
「貴様の力、利用させてもらうぞ───星闇神ガロン」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
最終都市グラエムの都市庁ヴァンデラ……が、元々あったはずの場所は更地となり、そこに大量の天幕が配置されていた。
その中でも中央に位置する一際大きな天幕の中で、とある会議が行われようとしていた。
そこにいるのはこの世界を統治する各種族の王、通称四王。
それに加え、この被害を現状のレベルにまで抑えたノア。
その5人が、この場に集っていた。
「さて……それでは会議を始めようか」
霊王アルテマが中心となり、その会議が始まる。
「まず聞きたいんだが、お前はノアなんだよな?」
獣王ジェラルドが確認を取る。
今のノアは灰色の髪に紫色の瞳をしている。
かつてジェラルドと会った時はまだ黒髪と赤青のオッドアイだったので、それらが変わったことへの確認だろう。
「ああ、紛れもなく、俺がノアだ」
それに対してノアは当然の如く答える。
そして、この場にはそれを補足させる存在もいる。
「間違いありません。これこそがノア様です。二万年前と全く同じですね」
「そうなんですね……顔は同じなので、僕からすればまだ違和感がありますよ」
前世のノアの娘のような存在、エルナが説明をするが、クレスはまだ慣れないらしい。
「……まあ、何にせよ彼はノア君だ。言葉を交わした今ならよく解るだろう?」
ノアがこの状態になってから最初に見たのがアルテマだ。
違和感はまだあるかもしれないが、目の前にいる存在がノアであるというのは理屈的に解る。
そして、彼女は現状に自身の記憶という固定観念を挟むつもりはなかった。
それに対して、ノアは少しだけ不思議に思う。
「エルナは見慣れてるからいいとして……お前は驚かないんだな」
ノアとの関係性で言えばアルテマはジェラルドやクレスと同程度に過ぎない。
その姿になって会った時の状況が状況だったことを除いても、一切聞いてこないのは少しばかり不自然だろう。
そんなノアの問に対し、アルテマは肩を竦めながら返す。
「……まあ、私の持つ力は『循環』だからね。この世界の魂が輪廻することも何となく知ってるし……その影響か、魂の大まかな知覚もできるのさ。君の魂は文字通り『何も感じない』……それさえ解れば、姿が変わっていても君がノア君だという確信は持てる」
「ああ、そういうことか」
アルテマが魂を知覚できることは驚きだが、それが解れば辻褄は合う。
外見に騙されることなく、魂を見てその存在がノアであると認識したのだろう。
何せ、ノアの魂は虚無……何もないからこそ、逆に解りやすい。
「まあそれはいいとして……エルナ、君はもう大丈夫なのかい?」
アルテマはその話を切り上げ、エルナの身体の心配をする。
エルナはグリアノスによってヴァリディギウスの母体に選ばれ、強制的にその獣を産まされた形になる。
それによる精神状態もだが、その後、ヴァリディギウスによって魂諸共喰われたことによる存在そのものの消失の方が問題だ。
ノアと界律神アスティリアによる殺意の反転───『生願の権能』によって魂なき状態から蘇ることはできたが……
「基本的な体調や生命活動に支障はありません。ですが少し、別の問題がありまして……」
「そうなのか?どこが悪いんだ?」
ジェラルドが聞き返す。
少なくとも、アルテマ、ジェラルド、クレスの三人からは事件が起きる前のエルナと変わりないように見えていた。
だが、魂の根幹や権能さえも知覚可能なノアはそれを知っている。
「……エルナは元々灰燼の力を持っていただろう?」
「ああ、それは私達も当然知っているとも」
「一応僕達も協力体制を取っている四王なので、各々の力は認知しています」
実際、グリアノスと戦っていた時もエルナはその灰燼の力で一泡吹かせようとしていた。
それは失敗に終わったとはいえ、強力な力であることは間違いない。
だが……だからこそ、その問題は深刻だ。
「その、灰燼の力ですが……どうやらあの瞬間に、私の魂から消滅したようです」
一瞬の静寂が場を支配する。
「な───ッ!?」
その後、驚愕の言葉を発したのはアルテマだった。
「君は素の身体能力もさることながら、最も強力なのはあの力だっただろう……!?あれを、失ったのか……!?」
「そうなりますね……」
二万年、練り上げた力がたった数日で無に帰した……その事実に、エルナ以外の四王に重い空気が流れる。
「……理由としては、ヴァリディギウスに魂を喰われたからだろう。ヴァリディギウスは戦闘の際に灰燼の力で俺の身体を燃やした。エルナを喰い、簒奪したということだろう」
「……」
ノアは考えられる可能性を淡々と説明する。
三人はノアの発言に言葉を失うが、ノアからすればそれはもう過去の出来事に過ぎない。
その時に膨れ上がった殺意はヴァリディギウスを慈悲によって殺し、グリアノスを虚無に追放した時点で鎮静化していっている。
つまり、もうあの時のような出力はないのだ。
「喰われたから、奪われた……ということか……?」
「ええ、間違いないかと」
当の本人であるはずのエルナもまた、淡々と告げる。
「あ、貴女は何も思わないのですか……?自分の一部だったあの力が、なくなったんですよ……?」
「それは……」
エルナとて思うところがないというわけではない。
ただ、失ったというデメリットと同等のメリットがあったのだ。
「……ヴァリディギウスに喰われたからか、エルナは一度、奴とその魂を融合させた。だからか、逆にヴァリディギウスから流入した力もあるんだ」
「それは、まさか……?」
アルテマが察した瞬間、エルナは自身の影を操り、彼女の影があった地面を小さく抉った。
「見ての通り、この影は異界幻獣ヴァリディギウスの力です。今の私は灰燼を失った代わりに、この影の力を得ました。まあ、まだ練度は低いので以前よりは弱くなるでしょうが……」
弱くなる……それはあくまでも、力の使い方がよく解っていないというだけ。
時間さえかければ元の強さに……否、それ以上に強くなれるポテンシャルがある。
「この影は強力だ……正直、あまり認めたくはないが」
エルナを喰った奴の力だ。ノアが複雑な気持ちになるのも当然だろう。
とはいえ、その力が使える以上はそれを使うしかない。
「そういやぁその力は大丈夫なのか?またヴァリディギウスとやらが目覚めたりは……」
ジェラルドのそれも当然の疑問だろう。
ただ、ノアはすでにそれを確認している。
「その点については問題はない。そもそも、ヴァリディギウスもグリアノスの狂気に当てられていたようだしな」
だからこそ、エルナを喰うという行動に出た。
誕生は避けられなかったとしても、狂気がなければもう少しは理性的な獣だったはずだろう。
まあつまり、結局は全部グリアノスが悪いのだ。
「……とりあえず、エルナの力は理解したよ。しかし、戦力的に落ちるということは……」
「この都市を守る為の力が……」
四王の懸念はもっともだ。
ただ、それはある意味では意味がないと言える。
「……これから戦うであろう相手はグリアノスやヴァリディギウスなどと比べても圧倒的に強い。エルナがいてもいなくても、これに関してはそう変わらないぞ」
ノアにとってエルナは娘とも思える程大切な存在だ。
だが、ノアは贔屓目でエルナを見ることはない。
純粋な力として、あくまでもアルファルド相手に対抗できるかを考える。
そうなった場合はエルナどころか、他の王三人でも結果は同じだ。
つまり、絶対に勝てない。
「……ノア君もヴァリディギウスには苦戦したんだろう?それ以上となると、君も危ないんじゃないかい?」
アルテマの言葉は的確だ。
確かに、ヴァディアやアルファルドが相手だと一瞬の油断が全てを終わらせかねない。
そして、屍となったガロン───
「───元々そういう勝負だ。前世の力を取り戻せない以上、魂や存在そのものを賭けて戦うのは必然なんだ」
それに加え、今のノアの目的は更にその先……恐らく、全ての元凶と思われる空王レノン。
仮に前世の力が戻ったとしても、無謀な勝負であることに変わりはなかった。
「……そうかい。なら、私達からは何もないよ。後は敵と戦うのみ、ということだね?」
アルテマが纏めるように話を締めくくる。
「ああ……だがその前に」
ノアはそこで言葉を切り、椅子に座ったまま天を仰いだ。
「……『生願』による魂の疲弊が無視できないレベルなんだ。この状態で戦いに出ても、きっと負ける」
ほぼ間違いなく、あらゆる次元において一度きりしか使えなかったであろう『生願の権能』。
それを無理に使ったことで生じた代償……その大半をノアの魂が背負っていた。
「それは、その……申し訳ありません……」
それが自身の為に使われたものだと、エルナは知っている。
だからこそ、今の状況を招いた自分に責任があると、エルナは本気で考えていた。
「……何故エルナが謝るんだ?」
だが、ノアからすればその責任の全てはグリアノスのものだ。
エルナが被害者であるという点は揺るがない。
「最初に会った時のこと、覚えてるか?」
ノアのその言葉に、この場にいる全員が一瞬戸惑った。
「……忘れるはずもありません。全てを失った私を、ノア様が拾ってくれて……」
ノアが言ったのは二万年前の話。
あの当時、エルナは家族を含めた全てを失った。
他人の手で、まだ幼かった少女から全てを奪ったのだ。
ノアが彼女を育てたのはそれが許せなかったというのもあるが、当然それだけではない。
ノアにも、家族がいなかった。
生きている最中で失ったのではなく、初めからいなかったのだ。
故に、ノアは家族というものを知らなかった。
だからこそ、無意識にそれを知ろうとしたのだ。
「俺は確かに、本物じゃない。でも、お前を育てたのは間違いないんだ。せめて一度くらい父親面をさせてくれよ」
「っ……」
二万年前、ノアはエルナに言われようとも、一度も『父親だ』ということを認めなかった。
もしかすると、自分がそんなものになれるはずがないという思考があったのかもしれない。
だが、今はどうだ。
一度エルナを滅ぼされてその自覚が芽生えたのか、ノアは二万年越しに、遂に『自分がエルナの父親である』ということを明言したのだ。
それを理解し、エルナの瞳に涙が溜まる。
ノアはその涙を見て少しだけ笑うと、再度表情を引き締めた。
「まずは最低限でもいいから休みたい。ある程度回復できたら、穿界の魔手へと向かう」
そこで戦うことになるのは最低でも二人。
ガロンも含めるとなると、三人だ。
全員、今のノアからすれば格上と言ってもいい。
だが、それでも───
「俺が、この世界を救う。ガロンも、全て」
───それでも、全てを救うと断言するのだった。
仮初の父親として───
5章始まります。
よろしくお願いします。




