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11.生願

4章ラストです。

魂源深火、『純殺霊玖』───


ノアが殺意の奥底から掬い上げた黒い水晶により、ノアの内部は無感情の殺意で埋め尽くされる。


「───アスティリア」


これで、ノアの方の準備は完全に整った。


あとはこれを、反転させるだけ───


【───深層羅神、『界律反転』】


それは、本来なら反転神オルストの深層羅神のはず。


だが、アスティリアはそれを使えている。


(……理由は後だ)


ノアは再度、己の内部の殺意に意識を向ける。


すると次の瞬間、黒い殺意を純白の光が包み始めた。


『界律反転』───


術者自身の存在を反転させ、世界の理から意図的に外れる反転神オルストの深層羅神。


(───まさか)


そこで、ノアは気づく。


オルストは、これを使えないと言っていた。


使えば、その瞬間自分はこの世界の神という定義ではなくなり、世界が崩壊の一途を辿ると。


そして、それはアスティリアも同じはずだ。


【アスティリアッ!?】


ノアはアスティリアへ向ける声を荒らげ、何をしているんだと暗に問う。


それに対し、アスティリアはゆっくりと笑った。


【───ふふっ、大丈夫ですよ、ノア……世界が受けるべき滅びは、貴方と協力すると誓った瞬間から、全て私が引き受けるように変化しているのですから】


世界が受けるべき滅びを、その一身に受ける───


それは並大抵の精神力で為せることではないはずだ。


いくら神であろうとも、あの戦いで撒き散らしていた滅びと殺意、そして、今世界が受けるはずだった崩壊。


それらを全て、なんの抵抗もせずに己の魂だけで受けようとしている。


【お前……滅びるぞ】

【そうなるかもしれませんね。でも、これに関しては抜け道はあります】


ノアはその一言でこれまで八神がどうしてきたかを思い出す。


【……全部託して、消えるつもりか?】

【……ふふ】


どうやらノアの予測は正しかったようだ。


【あくまでも一時的に、ですが、私は確実に消えます。これまでの八神と同じように、貴方に全てを託して】


本当の意味で滅びるわけではなく、存在が希薄になるだけ。


躊躇う理由はない。


【……はぁ、解った。引き受けてやるから、安心して最後まで力を振り絞ってくれ】

【ええ……当然ですとも!】


ノアの『純殺霊玖』の黒い光が、アスティリアの『界律反転』によって色彩も何もかもが反転する。


存在の反転……それが魂源深火で発生すると、その全てが……それこそ、『純殺霊玖』の『純然な殺意』がそのまま裏返るのだ。


「───エルナ」


ノアの言葉が世界に浸透するように響く。


その声色は殺意とはかけ離れていて、『界律反転』の力の作用を物語っていた。


(俺は、お前に生きていて欲しい……ただ、それだけなんだ)


やがて、黒い光は純白にまで変容する。


ノアはその光に、これ以外ないと考えていた名前をつけて、その力を行使した。


「【『生願の権能』───】」


ノアの声にアスティリアの声も重なる。


これはノアとアスティリアの二人で初めて使える力だ。


だからこそ、彼女も共にその奇跡を紡ぐ。


「【───『星となったあなたへ(エルティ・エルトリア)』】」


───それはもう二度とは起こり得ない本当の奇跡。


神の御業でもない、人の意志によって紡がれる魂の系譜。


前世のノアが、八神が、アスティリアが、それ以外の全てが……この奇跡に関与している。


権能が一つでも欠けていれば、この奇跡は実現不可能だっただろう。


人も、神も、世界も、あらゆる次元ですら想定できなかった、『魂の復元』。


それを為す、殺意の反転───生願の権能が、まるで世界を優しく包み込むようにして輝いた。


(くっ……)


だが、そんな世界とは違い、ノアとアスティリアには大きすぎる負担がかかっていた。


そうなるのも必然だろう。


全ての次元レベルで不可能なことを為そうとしているのだから。


あらゆる世界の、その情報が二人の脳内に流れ込む。


いくらアスティリアが神であったとしても、それに耐え切れるかはまた別問題。


今までの数億倍単位の負荷に、彼女の脳は焼き切れる寸前だった。


「ッ───!」


そして、それはノアもまた同じ。


むしろ直接的な術者であるノアの方がその負荷は大きいだろう。


ノアもアスティリアも、再生の権能を行使している余裕はない。


これが続けば、エルナを蘇らせるどころか二人が滅んでしまうかもしれない。


「お前を、必ず……!」


それでも、ノアはそれを行使することを辞めない。


自分がどうなろうとも、必ずエルナを連れ戻してみせるという意志が……執念があった。


(届け……届けッ……!)


───やがて。


その執念が、遂に形を成す。


純白に輝いていた光に、熱が籠ったのだ。


【ノアッ!】

「ああッもう一度ッ!」


二人が行うのは、『星となったあなたへ(エルティ・エルトリア)』の二重展開。


魔法の二重展開は、自身の持つ権能のものしかできないのが世界そのものの理だ。


ノアやアスティリアとて、その例外にはなり得ない。


それにそもそも、今二人が行使している『生願の権能』は所持者のいない権能だ。


何故なら、ノアが持つのは殺意の権能で、アスティリアが持つのは反転を内包した界律の権能なのだから。


『生願の権能』は、これらが組み合わさったことによって初めて現れる奇跡の力なのだ。


故に、二人は『生願の権能』そのものを持ち合わせていない。


本来なら二重展開などできるはずがない。


だがそれを……その事象を、ノアの虚無が無効化させている。


【ぐぅッ!?】

「アァッ!?」


耐えきれない……抗えきれない滅びが、二人を襲う。


だが、それでも二人は魔法を使う。


もう、どうなってもいいと言わんばかりに。


「【───『星となったあなたへ(エルティ・エルトリア)』】ッ!」


その瞬間、熱を持った白が二重に世界を包んだ。


「【ッ……!】」


二人がやろうとしているのは理の改変などという生ぬるい事象ではない。


全ての法則を真っ向から否定する、純粋な『生願』の意志。


その意志は、魂の滅びという絶対的な法則を覆す───


(俺は、ただお前と、もう一度……!)


光の中に、一つの影が宿る。


それは次第に人の形を形成していく。


ただの肉体の再生などではない。


魂そのものが、一つの影として世界に降り立つ。


最後の、一推しだ。


「『星となったあなたへ(エルティ・エルトリア)』ァッ!」


───それは、誰も成功したことのない境地。


そう、二重展開を超えた、三重展開だ。


ノアの魂に課される負荷は先程までの比ではない。


虚無であり、干渉を受け付けないはずのノアの魂が本当の意味で瓦解していく。


いくらノアが虚無であろうとも、この方法で滅んでしまえば蘇ることはできない。


ノアはエルナの為に、自身の全存在を賭けているのだ。


(今度こそ、届けぇッ!)


ノアが展開した三つ目の『星となったあなたへ(エルティ・エルトリア)』により、光がより一層濃くなる。


光が濃くなるということは、その分影もくっきりと浮かぶということ。


その人影は実態を得て、ノアのいる場所へと降りていった。


(エルナ───)


ノアは空中から降りたその人影を抱き抱える。


【っ……はぁ、はぁ……ッ!】


役目を終えた三つもの『星となったあなたへ(エルティ・エルトリア)』の光は次第に消えていき、その代わりとして世界に残ったのは───


「───エルナ」


ノアの腕の中で眠る、一人の少女───


エルナだった。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


ノアはエルナを抱き抱えたまま膝をつく。


「ぐ、ぁ、はぁ、はぁ……」


息をすると共に大量の吐血をする。


魂の摩耗が原因だ。


【う……ぐ……】


そして、それはアスティリアもまた同じ。


肉体を持たないが故に目に見えた苦しみはないが、彼女とて『生願の権能』を持たずに二重展開をしていたのだ。


ノアの虚無の影響を完全には受けられなかったのもある。


彼女にとってはこれ以上ない負荷だろう。


【ノア……大丈夫、ですか……?】

【ああ……一応は、な……】


そうは言うが、ノアの状態はお世辞にも大丈夫と言えるものではなかった。


ノアの魂は、三重展開による磨耗と『生願の権能』への代償で殆ど残っていなかったのだ。


【……良かったのですか?生願への代償は、ほぼ全て貴方が引き受けたでしょう……?】


アスティリアは、どうせ消えるのだからそれは自分が背負った方がいいと考えていた。


ノアがそれを引き受けてしまうと魂が消耗し過ぎてしまい、戦える程度に戻るまでに時間を要するから。


だが、ノアはアスティリアのその考えを真っ向から受け止める。


【───これは、単なる意地だ】

【それは……】


これはあくまでもエルナを蘇らせる為に行使した権能と魔法。


故に生じた負荷は自分が受けるべきだと、そう考えていた。


【エルナは、俺にとって娘のような存在だ。救うのは、俺でありたい……そんな、身勝手な理由だよ】


確かに、それは身勝手で我儘だ。


しかしその我儘で受けた傷は、ノアだからこそ耐えきれたのかもしれない。


【……そう、ですか】


その時、アスティリアの存在感が薄れていく。


【───時間が来たみたいですね】

【完全に消滅するわけじゃないんだな?】

【ええ、あくまでも存在が希薄になるだけですから。いずれ全てが終わった時に権能を返還してくれれば、その時には蘇るでしょう】


その時まで、アスティリアは消える。


【……ありがとう】

【何がですか?】


突然礼を言うノアに、アスティリアが聞き返す。


【俺一人では、エルナを蘇らせることなどできなかった。お前がいたからこそ、この結果に辿り着くことができたんだ】


それは、ノアの心からの感謝の言葉だ。


【本当に、ありがとう。消える前に、それだけは言っておきたかった】

【───ふふっ】


それに対し、アスティリアは優しく微笑む。


ノアはその顔を見ることができないが、どのような表情をしているかは確認せずとも解った。


【感謝は私からもするべきでしょう。穿界の魔手のことも、今回のグリアノスのことも……貴方がいなければ、世界は滅び、人類も淘汰されていたはず】

【それは……】


それについてはある意味ノアの責任でもある。


【……いや、受け取っておこう】


それでも、ノアはその感謝を受け取る。


【決して、無理はしないでください。今回は何とかなりましたが、二度も同じようなことが起きるとは思えません】

【だろうな……あの生願も、きっと次はない】


直感的に、ノアはそれを感じていた。


『生願の権能』は特殊すぎる力だ。再現はほぼ不可能だろう。


そして、仮に再現できたとしても、同じような奇跡を再び起こせるのか───


【───では、お元気で。武運を祈っています】


アスティリアの意識が界律の権能に吸い込まれ、消える。


それはノアの魂と深く結びつき、完全にノアの力となった。


「───そうだな、暫しの別れだ。また会おう」


ノアはそれだけ言葉を吐くと、アルテマがいるはずの方向へ向かう為に立ち上がろうとする。


だが……


「……はは、立てねぇな」


魂の大きすぎる消耗が原因か、眠っているエルナを抱き抱えたままでは立ち上がることさえ困難だった。


仕方がない……と、ノアはエルナの顔を見る。


(こうして近くで見るのは、この世界換算だと二万年ぶりになるのか……変わらないな……)


当時と殆ど変わらないエルナの顔。


それに懐かしさを感じながらその時間はゆっくりと過ぎていく。


───そして。


「───ん」


エルナの魂が、活性化し始めた。


目を覚ます前兆だ。


「エルナ……?」


目を覚ました時、彼女は自分のことを覚えているだろうか……そういう不安が、一瞬だけノアの頭を過ぎる。


だがそれは、次の瞬間に完全に否定された。


「ノア……様……?」


掠れた声で、エルナはノアの名前を呼ぶ。


「あぁ───そうだ、俺だ、エルナ」


それに対してノアは安心しきったのか、少し気が抜けた声で優しく微笑みかけた。


それは───まるで父親のように。


「ノア、様……ノア様ぁっ!」


エルナは力の入らない腕で必死にノアに抱きつく。


ノアはそんな彼女を優しく抱きかかえながら、ゆっくりと頭を撫で続けた。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


「───へぇ?」


一面、真っ黒な空間。


何も存在していない……否、存在することすら許されないような、そんな場所で、たった一つだけ例外と言わんばかりに存在している影があった。


それは、長い銀髪を持った一人の神だ。


「なるほどなるほど、そんな力が……これは、“実験”のしがいがあるね……」


その存在はたった一人、愉快そうに呟く。


「───ボクはキミと邂逅するのが、楽しみで仕方がないよ───ノア」


エルナの帰還と、謎の声───


ここで4章終了です。

今回の「狂王編」は短めでしたが、どうだったでしょうか?

私個人としては、凄惨な回もありましたが、何とか仕上がったかなと思っています。

さて、次はいよいよ敵の中心人物との戦闘が始まります。次の更新がいつになるかは未定ですが、気長に待って頂けると幸いです。

これからも「穢れた世界の救い方」を、どうぞよろしくお願いいたします!

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