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2.ノアとエルナ

四王とノアの会議が終わり、王達は各々の種族に指示を出す為に離席する。


「……」


天幕に残されたのはノアただ一人。


誰も来ず、誰にも干渉されることのない空間。


そんな場所で、ノアはただ静かに目を瞑っていた。


「……」


落ち着いた状態の時に一人でいる……この世界で八神に蘇生させられてからは、そんな状況になったのは初めてかもしれない。


以前デュランとの戦いで傷を負った際にも数日間休息はとったが、あの時はユキがいた。


ユキとガロンを同時に喪ってからは神域試練やグリアノスのことで手一杯だったこともあり、考えている余裕などなかったが……


「っ……!」


結局、喪ったということに変わりはない。


余裕が生まれてしまったこともあり、逆に失ったものばかりを数えてしまう。


(そう、だよな……ユキとガロンは、もういないんだよな……)


解りきっていたことだ。


試練が始まる前の時点で、それは受け入れたものだと……ノアはそう思っていた。


……否、思おうとしたのだ。


思考に余裕ができた今なら、考えるまでもなく解る。


ノアは、二人が滅んだことを……これ以上なく引き摺っていた。


(……あの時、今程の力があれば、どちらかでも救えただろうか……)


意味のない自問自答だが、事実に基づいて考えるのなら、その答えは自ずと出てくる。


ノア自身も、それくらい解っていた。


(……きっと今の力があっても、どちらも救えなかったんだろうな……『壊滅の源弾(ヴェル・ゼグナ)』は、今の俺でも防御不可能だろう。そもそも反応できるかどうかも怪しい。結局、ユキは救えない……逆にユキを見捨ててガロンの救援に行ったとしても、きっと二人とも滅んでいた。ヴァディアはそれだけの力を持っている)


ノアは殺意の権能に精神を支配されない限り、常に冷静でいられる思考能力の持ち主だ。


それ故に俯瞰して振り返った場合、自分一人で完結して絶望してしまう。


『あの時の自分にはどう足掻いても救うことなどできず、今の力があってもそれは不可能』なのだと。


そんな現実を……自分自身の思考が突きつけていた。


「……」


エルナを救うことができたのに、それでもノアの表情は暗い。


それは、ノアの根幹が善意であるからだ。


魂の属性などを抜きにしたノア思想そのものは、これ以上ない程の善意で構成されている。


それ故に、『救うことのできた一部』よりも『救えなかった大多数』を考えるのだ。


だが、それだけだったならここまで精神が追い詰められることはなかっただろう。


このような状態になったのは、間違いなくユキとガロンが滅んだから。


ユキを目の前で……それも、自身の腕の中で滅びゆくのを見ていることしかできず、ガロンに至っては未だにその屍を敵に利用されている状態。


少数を救えたとしても、善性で構成されたノアの精神はそれだけでは晴れなかった。


「俺が……俺が、弱かったから、あの二人は……俺に、前世の……あの時の力があれば、きっと……」


前世のノアは現状のノア……それどころか、アルファルドなどよりも遥かに強かった。


今の数倍なんてレベルじゃない。


文字通り、強さの次元が異なるのだ。


ノアもアルファルドも、今はあくまでも『この世界の中で』強いだけに過ぎない。


あの当時のノアは、それすらも超越していたというのに……


「……やはり、鍵になるのは根源神装、『静滅銀刀(ゼグル)』……」


理力を扱う為に、今のノアが何よりも欲するもの……それが静滅銀刀(ゼグル)だ。


あれがなければ、ノアは世界の外側の力を使えない。


だが逆に、理力を扱えなければ顕現させることすらも不可能だという欠陥があった。


「……もどかしいものだな」


───今の自分は弱い。


それが、ノアの自身に対する評価であった。


「弱いから、奪われる……弱いから、守れない……弱いから、救えない……」


敵の強さはこれまでにない程圧倒的。


それはかつてのアルファルド達を知るノアが一番理解している。


だからこそ、状況が落ち着いた今でも思考を止めることはない。


「───強くなる為には、どうすればいい?」


ノアの精神は強靭だ。


ただ強いのではない。


そうなるように……そうであるようにできている。


だからこそ、世界の理は……否、その外側の空間も含めた、全ての存在が、ノアに思考の放棄を許さない。


それは、ノアが前世の出生から持つ、終焉なき呪いだ。


(逃げることは許されない……だってそれは、()()()()()()()()。だからこそ、放棄しない。それができない。そうなるように、俺の精神構造はできている……)


ノアは自然と、レノンという絶対に勝てない敵から逃げた過去を思い出す。


「……あぁ、あの時も」


その当時を振り返り、ノアは小さく、自嘲げに笑った。


「……あの時も、俺は本当は、救う方法を探す為に、世界を出たんだったな」


心の表層と深層は乖離することがある。


それは、いくら普通とは異なるノアとて同じだ。


表層では『逃げた』と思いつつも、深層では『どうにかする術』を見つけようとしていた。


「でも……だから、なんだって言うんだよ……」


その先で得たはずの大切なものを、ノアは二つも喪った。


その喪失は……他の何よりも大きく、ノアの心を抉る。


心が壊れてしまえば、どれだけ楽だっただろう。


「……折れることは、許されない」


だがそれは認められない。


世界の外側の力のせいではなく、ノアの本心として。


「っ……」


ただ、それでもノアには感傷にふける時間が必要だった。


何よりも、人の心を持つ存在として。


「……ノア様」


そんなノアのもとに現れる存在が一人。


「……エルナ」


四王が一人、魔王エルナ……


ノアの、義理の娘。


戻ってきたエルナは、ノアの表情を見て泣き出しそうな顔になる。


「ノア様……あなたは……」

「……」


ノアとて解っている。


自分がとても酷い顔をしているであろうことに。


だからこそ、ノアは立ち上がってエルナに背を向けた。


「……悪い、エルナ。少し一人に───」


その途端……ノアの背に衝撃が走る。


エルナが抱きついてきたのだ。


「エルナ……?」


その意図が解らず、ノアはエルナに問いかける。


無理に振りほどくことはしない。


それはノアがエルナを娘として受け入れている証拠でもあった。


「……ノア様はきっと、辛い道を自ら選んでいます」


救えたものからは目を逸らし、救えなかったものを考え続ける……


それは確かに、辛い道とも言えるだろう。


「失ったものを数えるのも、きっと大事です。それを見ているからこそ、次こそは……と、思えますから」


エルナはノアの気持ちを否定することはない。


むしろ、その心情は正しいとまで思っている。


ただ……それだけでは駄目なのだ。


「でも、それだけを見るのはやめてください……辛い方ばかりを見ないでください。あなたに救われた命も、とても多いのですから」

「……そんなの」


ノアはそれを肯定しない。


だってノアは、それを救えたと考えていないから。


だからこそ、ノアはその言葉を否定しようとする。


「そんなの、いるわけな───」

「───私です」


ノアの発言に被せるように、エルナは次の言葉を紡ぐ。


「私が、そうなんです」


エルナは顔をノアの背に埋める。


「最初に出会った頃もそうでした……ノア様と出会わなければ、私はきっと、自死していた……」


それは嘘でもなんでもない、本当の話だ。


エルナは魔族というだけで両親を惨殺され、まだ小さいからと憐れまれたのか、エルナだけ生かされた。


それでも差別の目は消えず、強い迫害と壮絶ないじめを受けていたのだ。


それは当然、子供からだけでなく、大人からもだ。


並大抵の子供に耐えられるものではない。


例に漏れず、エルナももう死のうとしていた。


そんな時に、ノアと出会った。


あの時、エルナは救われたのだ。


「私を生かし、育ててくれた……だから、私は今ここにいるんです……!」


そして、つい先程も。


ノアがエルナに生きていて欲しいと願ったからこそ、エルナは今、ここにいる。


それは間違いなく、ノアが救った命だ。


「……断言します」


エルナは抱きついていた手を離す。


少ししてノアが振り返り、二人は目を合わせる。


エルナは、凛とした瞳でノアを見つめていた。


「私には両親がいました……あの二人も、間違いなく私の親です」


それは当然だ。


エルナの両親は本当にエルナを愛していた。


それは彼女自身がよく理解している。


「……でも、私には三人目の親がいます。その人とは、確かに血は繋がってはいません。ですが私にとって、一番大切な人です」

「……」


もう、それが誰かは解りきっている。


それでもノアは口を開かない。


「ノア様───いえ、()()()

「……っ!」


ノアがエルナを娘だと認めたように、エルナもまた、ノアを本当の親として信頼していた。


「喪失は、確かに辛いものです。私にだって解ります。でも、私はノア様という希望を得ることができた……あなたに訪れたのは、本当に絶望だけなのですか?」


ユキとガロンを喪ったことは、ノアにとっては絶望だろう。


でも、それだけじゃない。


それだけであるはずがない。


ノアはずっと、何かを救う為……何かを守る為に、その命を使ってきた。


前世も、今世も、ずっとそうだ。


その中にあったものが喪失……絶望だけなはずがない。


「ほんの少しでもいいんです。あなたの人生にも、ひと握りだけだったとしても希望はあったはずです……どうか、それを思い出してみてください」

「俺の、希望……」


ノアにとっての希望は、『全てを救えた』という証拠に他ならない。


今現在に至るまで、ノアは失い続けてきた。


だからこそ、ノアは探しても探しても、希望を見つけることはできなかった。


「……俺には、希望なんて見る資格は───」

「───どうしても希望を見出だせないというのなら───私があなたの希望になります」


エルナは宣言する。


「あなたの救った命が、今ここにあります。これは紛れもなく、あなたが与えてくれた命です。救えたものは、確かにあるんです」


ノアはエルナを救った……救われた本人がそう断言しているのだ。それを否定することは、ノアにだってできない。


「砂粒程度の大きさでも、たとえ実感が湧かなくても……あなたの救った命は、確かに鼓動を刻んでいる……」


エルナは確かにここで生きている。


それこそが、ノアの与えた希望の証明だ。


「私が存在するということが、希望です。あなたが救ってくれた希望です。小さくてもいい。実感がなくてもいい。でも、私はそれを証明し続けます。この鼓動が、刻む限り」


エルナはそれ以上言うことはない。


あとは全て、ノアの心の問題だから。


最終的に何が希望かを決めるのはノアなのだから。


「……俺、は……」


ノアにとって、希望というものは『全ての救済』に他ならない。


そしてノアは、それを曲げることが───できない。


それが、たとえエルナの言葉だったとしても。


「───それでいいんです」

「……それは、どういう……?」


相変わらず、ノアにはエルナの言葉の意図が掴めない。


エルナは自分がノアの希望になると言った。


でも、希望を捻じ曲げて解釈できないノアの考えに対して、それでいいとも言った。


その意味が、ノアには解らない。


「簡単なことです。ノア様はそれでいいんです」


エルナは簡単と言うが、それがどうノアの希望に繋がるのかが理解できなかった。


全てを救わなければならないというノアの考えが正しいとまでは言わない。


だが、ノアからすればそれこそが全てなのだ。


「でも……それだけがあなたの希望だと言うのなら、一つ約束してください」

「約束……?」


予想外のエルナの言葉にノアの思考は一瞬停止する。


その間に小さく息を吸い込んだエルナが、その力強い眼差しをノアへと向けた。


「絶対に……絶対にその希望を捨てないでください」

「ぁ───」


この瞬間、ノアの未来が決まった。


それはノアにとって呪いとなる。


絶対に逃げられないような、そんな呪い。


逃げるという選択肢を、ノアから奪う呪いだ。


「俺は───全てを救う。それを曲げることは、できない」

「ええ、知っています」


ノアの定めた意志を、エルナは肯定する。


ノアの譲れない考えを受け入れる。


「でも───」


ノアは、その言葉の続きを紡ぐ。


それはノアの決意であり、約束だ。


「───曲げられないからこそ、全てを抱え込んで、それを成し遂げる。それを、絶対に諦めない」


希望を、理想を曲げられないのなら……それが叶う日まで全てを抱えて走り続ける。


そんなノアの宣言を聞いたエルナは……


「……それでこそ、ノア様です……!」


涙を流して、花が咲いたように笑った。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


「私達がいない間にそんなことがあったとは……」


数十分後には他の王達も戻ってきた。


事の顛末を軽く話したノアとエルナは、頭を抱えたアルテマを見て少し笑う。


「悪かったよ……」

「……いや、君の事情を知らずに全てを託そうとした私達にも非はあるだろうね。エルナを蘇らせることができたのは良かったけれど、まさか最初に会った時点ですでに喪失していたとは」

「確かになぁ……最初の方は愛想のねぇ奴だと思ってたが、そういう理由だったのか」

「恐らく最も関わりが浅い僕から言えることはあまりがありませんが……あの以前から大変だったんですね」


三人は理解しようとしたり、同情したりする。


本当の意味でこの痛みを理解することはないだろうが、だとしてもノアはそれが嬉しかった。


「……ありがとう」

「お礼を言われる筋合いはないよ。私も、彼らも、本当の意味でその喪失を理解はできない。だからこれはあくまでも偽善のようなものだからね」

「そうだとしても、歩み寄ってくれるのを拒む程、俺は愚かではないつもりだ」

「ふむ……では、そういうことにしておこうか」


アルテマはそこで一旦話を切る。


そして、次の話題に移った。


「さて、ノア君の魂のことだけれど……完治にまでは一体どの程度かかりそうなのかな?」


これからのことが関わってくる話になり、場の空気が一気に張り詰める。


そんな中、ノアは態度を一切変えることなく返答した。


「数日でどうこうなるものじゃないな。年単位はかからないというのは断言できるが、短くても一ヶ月はかかるだろう」

「ではその間は暫しの休息となる……ということですかね?」

「……」


クレスの言葉にノアはすぐに返答しない。


ノアも悩んでいるのだ。


「……そうしたい気持ちはあるんだが、そろそろアルファルドが動いてもおかしくないんだ。回復を待っている間にあいつが動けば、対処する暇もなく世界が滅びる可能性も否定できない」


ノアの虚無は別に世界を守ることに特化した力ではない。


なんならむしろ逆と言ってもいい。


そして、アルファルドの力は壊滅……これ以上壊すのに特化した力もそうないだろう。


アルファルドが全力で世界を滅ぼしにかかった場合、ノアが守る間もなく先に世界が滅ぼされる可能性があった。


「……だから、可能な限り休息は短くしたいんだが……」


虚無で魂の欠損した部分を補いつつ、アスティリアから継承した界律の権能に内包されている再生の力で以て、全速力で再生させる……


そうしたとしても、最低一ヶ月だ。


これ以上縮める方法はないものか……


「……私の循環の力は使えないだろうか?」


そんな時、アルテマがそう提案した。


「循環……なるほど、練度にもよるが、ないよりは変わってくるか」

「恐らくは、ね……最初に戦うことになるのが誰かは解らないけれど、敵はきっと今の君が全力を出してようやく勝負になるような化け物なんだろう?だったら君も、可能な限り全力を出せる状態で戦いたいはず。それに役立つのなら、私の力でもなんでも貸そう」


権能にもなり得る力は解釈によってその力が大きく変動する。


そして、循環……解釈次第では、きっとノアの回復に役立つことだろう。


「……解った。お前の力を借りよう」


少しでも縮められるのならその方がいい。


「話は決まりましたね。では、これから暫くの間、ノア様にはこの都市内で過ごしてもらいましょう」


とはいっても四王の家はヴァリディギウスによって消し飛ばされているので、またどこか別のところに泊まることになりそうだが。


「……とりあえず、少しの間よろしく頼むよ」


ノアは柔らかく微笑んでそう言った。


ノアの覚悟は、より強固に───

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