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6.界律神アスティリア

ノアは殺意ではなく、虚無の権能を行使する。


それにより魂の消し飛んだ部分を再生させた。


滅びればその先は無。


無はノアの支配領域だ。


故に権能を行使できる程度の力が残っているのなら、弱化している今のノアでも無から蘇ってくることはできる。


完全再生にはそれ相応の時間がかかるが、最低限動ける程度に回復するだけならものの数秒でいい。


魂を最低限回復したノアは立ち上がり、上空に居座るヴァリディギウスを見上げた。


「破壊と終焉……それの融合体、か……」


異界のものとはいえ、大前提の力の系統はこの世界のそれらとそう大きくは変わらないはず。


であるならば、対抗する為にはそれと同じか、相反する力を使うのが最適だ。


虚無や殺意では本当の意味で完全に相殺するのは難しいのだから。


「……?」


故にノアは八神の権能を使おうとする。


だが、ノアの意思に反して何故かそれらは呼応しなかった。


「八神の権能が……使えない……?」


改めて自身の力の根幹を確認するが、権能が消失したというわけではない。


それなのに何故か使用ができなかった。


「……まあいい」


理由を察し、ノアは八神の権能を使うことを辞める。


この戦闘では虚無と殺意しか使えないものだと再認識した。


「……『混沌災禍(ラグナヴィア)』」


ノアは自身に纏うように魔法を展開し、次の瞬間には再度ヴァリディギウスに届く高さにまで跳躍する。


殺意に突き動かされるままでいた先程よりは力の総量は僅かに劣るだろうが、戦闘をするにあたっては力の総量だけが強さではないことをノアはよく知っている。


敵の攻撃を予測して動くのも、意識があるからこそできるのだ。


「『空虚斬滅(ラギア)』」


虚無を纏った白雪を振り翳し、ヴァリディギウスに斬り掛かる。


当然、ヴァリディギウスもそれに反応して先程と同様に爪を振るうが、今度のノアはそう甘くはない。


ヴァリディギウスが獣としての本能を持つことを利用し、どの位置にどのタイミングで攻撃が来るかというのを予測していた。


その予測は寸分違わず的中する。


ノアは身体を捻るようにしてギリギリで躱し、虚無の斬撃をヴァリディギウスへと叩き込んだ。


「───!」


ヴァリディギウスの悲鳴のような音が響き渡る。


斬られた箇所は確かに損傷を負っているが、そもそもヴァリディギウスは影で構成された獣。


周囲の影が傷に流れ込むことによって無でさえも意味を為さない。


「チッ」


影としての力の総量が権能由来のものであるのなら、それはきっと無尽蔵と言っても過言ではないだろう。


つまり、虚無で攻撃したとしても一度で全身を消滅させない限りは何度でも蘇る。


そしてノアの攻撃によるヴァリディギウスの反応は周囲への影響も大きかった。


悲鳴のような音……それにすら破壊と終焉が込められており、その音が届く範囲の全てを滅ぼしていく。


元々ヴァンデラがあった場所を中心に、先程ヴァリディギウスの地上への顕現によって滅びた範囲の全てが隕石に押し潰されたように大きく陥没する。


巨大なクレーターのようになったその場所には何も残らず、他の追随を許さぬ程の滅びがその場に滞留した。


だが、その力を最も近くで、そして最も強固な状態で受けていたのは世界でも地上でもなく、ノアだ。


「ッ……!」


今まで受けたことのない程の破壊と終焉の力をその身で受け、ノアは再度地上へと叩き落とされる。


「……これは……どう攻める……?」


落とされた速度は音速の数十倍程度。


ノアからすればこの速度は別に速くはない。


故に簡単に受身を取って両足でしっかりと地面を踏んで着地する。


先程の爪による攻撃と比べれば損傷は微々たるもので、この程度なら無視しても問題はない。


「……やはり、虚無よりも殺意の方が有効か?」


混沌災禍(ラグナヴィア)』はそのままに、ノアは白雪に纏わせる魔法を『空虚斬滅(ラギア)』から『絶殺(ネヴァ)』に変更する。


(問題となるのは殺意の権能による魔法がこれしかないことか。どうにか、より強力な魔法を開発しなければ……)


絶殺(ネヴァ)』は確かに強力な魔法であることに違いはない。


だがそれはヴァリディギウスに通用するレベルかと言われれば否だ。


一切の効果が見込めないというわけではないが、影を殺しても無尽蔵に湧き上がるヴァリディギウスの力を完全に消滅させるのは無謀なのだ。


(……どうする?)


八神の権能は使えず、虚無は通用しない。


神域、深層羅神、根源神装は現状使えず、殺意もこのままでは届かない。


つまり、もう手はない───


「───まあ、別にいいか」


だから、ノアは思考を止め、殺意に身を委ねる。


それは先程の状態と似ているが、絶対的に違う点が一つ存在していた。


それは、虚無の権能も同時に行使していること。


あくまでも攻撃の主体は殺意の権能で行い、虚無の権能はそのサポートとして使う。


ノアの抱いている殺意は冷徹なそれではなく、怒りと憎悪からなる自我と感情を爆発させたもの。


本来なら、その状態では冷静でなどいられない。


それなのに、今のノアは殺意に呑まれた状態でありながら、冷静に状況を分析するという離れ業を行っていた。


これは一見矛盾しているようにも思える。


───そう、()()()


虚無の権能の真価は『存在していないのに存在している矛盾』。


解釈の仕方は何でもいい。


ノアや世界が矛盾であると断定できるのなら、その力は全てノアの味方をする。


「───ふむ、意識が戻ったのか」


そのタイミングでやっとグリアノスが地下から出てきた。


その顔を見た瞬間、ノアの殺意がより一層深化する。


「やはり、強制的に死を押し付けるその力は健在だな。私一人ではお前相手に勝ち目などない……」


グリアノスの狂気の力はそれはそれで強力だが、殺意や虚無を相手にするには力不足だ。


だがヴァリディギウスが味方についているのなら話は大きく変わる。


前世と比べて弱化しているノア一人を相手にするのなら、ヴァリディギウスの力はあまりにも大きい。


「さて、私が直接お前と戦ったところで押し潰されるだけ。ならば私は潔くサポートに回るとしよう」


グリアノスは己の狂気をヴァリディギウスに纏わせ、破壊と終焉は次第に荒れ狂っていく。


それでありながら、ヴァリディギウスは脅威のバランスでその二つを己の行使する力として保っていた。


主体として戦うのはヴァリディギウス、グリアノスはそれをサポートする───


ノアが一人で行っていることを、グリアノスとヴァリディギウスは一人と一体でやろうとしているのだ。


「もう何でもいいが───」


ノアの殺意が空間に容赦なく放たれ、世界に小さな罅が入る。


ヴァリディギウスの荒れ狂う力と殺意の奔流が衝突し、一瞬にしてその罅を広げていった。


「───とりあえず、お前だけは魂諸共殺す」


ノアの『絶殺(ネヴァ)』を纏った斬撃が世界を殺しながらヴァリディギウスへと瞬時に迫り、それと同時にヴァリディギウスの爪から破壊と終焉による衝撃波が飛ぶ。


ノアとヴァリディギウスの丁度中間地点でその二つが交錯し、周辺の空間から一時的に全ての概念が殺され、滅ぼされた。


その空間はまるでブラックホールのように周囲の全てを吸い込みながら巻き込んで消滅させる。


その引力を利用してノアが光速を遥かに超える速度でヴァリディギウスの懐へと入り、斬撃を放った。


「───『刻赫螺閃』」


それはヴェレイドの『崩終奈落』の中で放った『光の剣戟』の剣技の一つ。


その斬撃はヴァリディギウスの表層を完全に切断するが、先程と同様影が斬撃を食らった箇所に流れ込むことで無意味と化す。


だがこの剣技の本質はその後にある。


ヴァリディギウスの爪による破壊がノアを容赦なく襲う。


が、その攻撃はノアの身体に一切触れることなくすり抜けた。


「ッ……!?何故……!?」


見たことがなかったのだろう、グリアノスはその事実が信じられないとばかりに目を見開き、驚愕する。


『刻赫螺閃』は斬撃を放った後の数瞬だけ、世界や概念から完全に逸脱した存在になれる技。


ヴァリディギウスが持つのはこの世界のものではないとはいえ、本来神が持つはずの権能であることに違いはない。


つまり、世界の枠内にある力なのだ。


故にこの一撃だけはノアには当たらない。


その僅かな隙に、ノアの準備は完了していた。


「───『絶殺(ネヴァ)』」


ヴァリディギウスの周囲をノアごと取り囲むように黒い靄が空間に結界を造る。


次の瞬間にはそれが収縮し、殺意によってヴァリディギウスとノアは切り刻まれた。


「くっ!」


ノアの殺意は実質変幻自在だ。


ヴァリディギウスには存在の拒絶としての力を押し付け、ノア自身にはただの衝撃として降りかかる。


全身を殺意によって拒絶されたヴァリディギウスは、影の全てが跡形もなく消える───


───そのはずだった。


「───!」


突如として響くヴァリディギウスの咆哮。


それは『絶殺(ネヴァ)』を食らったことによる絶叫ではなく、何か別の力を行使するように世界に音が響く。


そして───


「ッ───!?」


突如として、ノアの全身が灰色の炎に包まれた。


(この、力はッ!?)


ノアはこの力に見覚えがあった。


前世の記憶から、それが鮮明に蘇る。


そう、それはエルナの持っていた灰燼の力。


ヴァリディギウスが、その力を使ったのだ。


「チィッ……!」


その火力は凄まじく、神よりもなお頑丈なはずのノアの身体を焼き、炭化させる。


これはまずいと悟ったのか、ノアはヴァリディギウスから大きく距離を取って自身の虚無を爆ぜさせた。


無に包まれた灰燼の力による灰炎は消化されるが、一足遅かったのかノアの左腕は灰となりボロボロと崩れ落ちていった。


だがノアの脳内は自身の身体など気にしておらず、ヴァリディギウスへの言いようもない怒りで震えていた。


「お前、その力……エルナの……!」


ヴァリディギウスはエルナを魂諸共喰った。


だからだろうか、エルナが生来から持っていた力をヴァリディギウスがラーニングし、己の力としたのかもしれない。


だが、どうやってそれをしたのかなどはノアにとってはどうでもよかった。


ただ、エルナの存在と、その人生を冒涜されていると感じた。


それにより、ノアの殺意が一段階上のステージへと昇華される。


「『死殺の強要(ネヴェルガ)』ッ!」


それは、世界に『存在の死』を上書きする魔法。


その魔法は白雪を介さずとも巨大な斬撃となり、文字通り斬撃の通った形跡すら殺してヴァリディギウスへと迫る。


───しかし、間に割って入るものが一つ。


「狂黎槍術───『投槍狂花(とうそうきょうか)』」


グリアノスが地上から狂槍(エルガンダ)を投擲していたのだ。


狂黎槍術によって爆発的な魔力と推進力を得た狂槍(エルガンダ)は『死殺の強要(ネヴェルガ)』の斬撃に寸分違わず命中し、僅かにだが斬撃の威力を減衰させる。


それと同時にヴァリディギウスの爪から衝撃波が放たれ、『死殺の強要(ネヴェルガ)』と正面からぶつかった。


その衝突はグラエム全域へと響き渡り、陥没していた大地を更に深く抉った。


(チッ……捉えきれないか……)


二つの攻撃は拮抗しており、互いに押し負ける気配はない。


殺意の刃は衝撃波を殺し続け、破壊の爪撃はその刃を壊し続ける。


(もう一度……!)


その二つは飛ぶ斬撃と爪による衝撃波。


本体同士は自由の身だ。


ノアは衝撃に紛れてヴァリディギウスへと接近する。


「『死閃の陣(ネルド・エル)』ッ……!」


新たなる殺意の魔法が剣閃に乗せられてヴァリディギウスを襲う。


単純な速度を含めた身体能力はおそらくノアの方が上。


その証拠に、ヴァリディギウスはノアの動きに反応できていなかった。


思考能力があることも含め、純粋な戦闘能力でノアが劣ることはまずない。


問題となるのはヴァリディギウスの再生能力と必殺能力だ。


空虚斬滅(ラギア)』が実質的に通用しなかったことから再生能力については言うまでもないが、ヴァリディギウスの破壊と終焉はこの世界のものよりも圧倒的に上位のものである為、いくらノアであろうとも無事では済まない。


初撃で魂の大半を削られたのがその証拠だ。


殺意がどの程度通用するか確認できていない以上、ノアは耐えられるものだと考えて行動するしかなくなっている。


それもノアの選択肢を狭めている要因だ。


死閃の陣(ネルド・エル)』がヴァリディギウスの影を大きく削る。


「届けぇッ!」


存在を斬り殺す斬撃がノアの動きに呼応して数万と現れ、その全てがヴァリディギウスの存在を削っていく。


「───!」


先程と同様悲鳴が鳴り響き、世界が震撼する。


「ぐ……あああッ!!」


自身が破壊されようとも構わず、ノアはその斬撃を大量に叩き込んでいく。


ヴァリディギウスの影が殺し尽くされるか、ノアの魂が破壊されるかの勝負。


その決着は───呆気なく訪れた。


そう、奴の介入によって。


「狂黎槍術───『慈殺狂豹(じさつきょうひょう)』」


ノアとヴァリディギウスのいる空中へと飛び上がったグリアノスが、槍の穂先をノアの頭部へと突き立てる。


「ッ!?」


頭部を丸ごと壊すことこそできなかったものの、ノアの意識がほんの少しだけグリアノスの方へと向いた。


ヴァリディギウス程の存在がその隙を見逃すはずもなく、その爪で容赦なくノアの心臓を抉った。


「がっ───」


破壊し、終焉に至らせる狂爪はノアの再生しかけていた魂の九割以上を蹂躙する。


抗いようのない滅びを目前に、ノアの意識が飛びかける。


「───」


───その瞬間に、ノアの中でなりを潜めていた八神の権能が輝いた。


「───ッ!?」


一瞬の気絶の末、ノアの意識が完全に覚醒する。


だがそこはグリアノス、ヴァリディギウスとの戦闘を行っていたヴァンデラ跡地の上空ではなかった。


「ここは……?」


純白の、方向感覚が狂うような空間。


それは試練をしていた時の神域に近い。


「───ノア」


状況が解らず、眉を顰めるていたノアに声がかけられる。


「まさか───」


ノアはその声に聞き覚えがあった。


だが、その声の主ではないことは確実だ。


何故ならその存在はノアに全てを託して一時的に消えている状態だから。


となれば、候補は一人しかない。


「そう、か。ここでお前が出てくるのか───界律神」


ノアは声のした方へと振り向く。


そこには創造神アスティリアと全く同じ外見をした少女が眼を瞑った状態で立っていた。


「ええ……私こそが、界律神アスティリア。初めまして、ですね。ノア」


界律神アスティリアはその眼をゆっくりと開く。


その瞳は創造神の蒼色とは違い、綺麗な琥珀色をしていた。


遂にノアは界律神と邂逅する───

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