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5.異界幻獣

現段階では今作随一の凄惨な回となっております。

苦手な方はご注意を。

「───そうか。『封狂枷柩』でさえも、か」


暗い空間にグリアノスの声が響く。


「やはり特殊な力を持っていると考えるべきだな……時間は残り僅かだが、きっと奴はそれまでにここに辿り着く」


グリアノスの目の前には壁に全身を拘束されたエルナがいた。


「───ぁ」


瞳は正気を失っており、グリアノスの狂気によって精神が侵食されているのが解る。


だが、それだけではなかった。


その腹……胎内に魔力が集っているのだ。


『封狂枷柩』から取り出された破壊と終焉、二つの権能が新たな生命としてエルナの子宮に宿ってしまっていた。


本来神が待つはずの権能がその胎内に存在しているというのは異常事態だ。


いくらエルナの身体が頑丈であろうと、それが誕生してしまえばその瞬間にエルナの命は潰えるだろう。


「さて、どうするか……」


その元凶であるグリアノスはというと、ノアが『封狂枷柩』の封印を打ち破ったことを知覚して思考を巡らせていた。


エルナの胎内から権能を所持した獣が誕生するまで、そう長くはない。


だがそれよりもノアがこの場に辿り着く方が早いだろう。


今のノアは殺意の権能というグリアノスにとって未知の力を持っている。


それがどんなものか予測できない以上、油断するわけにはいかない。


「……それにしても、奴がそうか……」


グリアノスはノアと直接的な面識はない。


穿界軍に所属していた頃に話を聞いた程度だ。


だからこそ、ノアの虚無を己の身で体感したことがあるわけではない。


つい先日の襲撃に関しても、ノアが使ったのは『無の混沌(ラグデネア)』、しかも出力は大幅に加減されている。


力の使い方を正しく理解していないノアが四王の為に手を抜いていたのだ。いくらグリアノスがその真価を理解できていないとしても、当然警戒は怠らない。


「だが、私の予測通りなら───」


───あの獣ならば、どうにでもなる。


「くくくくっ……さあ、虚構の王よ。お前はこの絶望を前にどう抗ってみせる?」


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


「……」


ノアはヴァンデラ内部を進んでいた。


建物全体から溢れ出る狂気を一切隠すことなく、その出処は簡単に判別がついた。


「デュランが霊域核を保管していたあの地下……爆発的な狂気はそこからか」


きっとその場にはグリアノスがいるのだろう。


そして、エルナもそこにいるはずだ。


地下への階段を降りていく。


深く行けば行く程、空間に充満する狂気は増していった。


ただの人間がこの場にいたのなら、瞬時に発狂して絶命するレベルだ。


四王の中で最も精神が強いと思われるエルナやアルテマであろうともこれ程の狂気であれば気は失うだろう。


これはノアだからこそ耐えられているのだ。


とはいえ、そのノアにも全く影響がないわけではなかった。


───否、正確には副作用的な産物だろうか。


「───」


ノアの瞳が更に暗い光を帯びる。


それは虚無ではなく、殺意によるもの。


一種の防衛反応のように、狂気から精神を守るため、無意識的に意思や感情を殺しているのである。


ノアの虚無の権能は無意識的を意識的に操作可能だが、その余裕すらない程ノアの殺意は高まっていた。


「───」


進んでいき、狂気が高まる程その殺意も際限なく深くなっていく。


力の総量で言えばもうすでに虚無を上回っている程だ。


当然前世の圧倒的な虚無の力には届かないが、少なくとも今のノアの持つ力では殺意の権能以上に強力なものは存在していなかった。


そうして、その場所が見えてくる。


扉は固く閉ざされているが、その奥からは狂気がだだ漏れ。


扉を開くか破壊すれば、その先にエルナがいるのは間違いない。


「───『死ね』」


その言葉はまるで言霊のように世界を改変し、その扉という存在がこの世界に存在していることを拒絶する。


無条件に扉は死に、遂にその狂気が内側から放たれた。


「っ……やはり、この力は……」

「待ちわびたぞ」


その言葉と共に、槍の穂先がノアの喉元に突き出される。


ノアはそれに対抗し、瞬時に白雪を抜き放って槍を弾いた。


槍は一切の無駄もなくもう一度ノアへと振り下ろされるが、それを完全に見切っていたノアは白雪にて槍を受け止める。


そこでノアは初めて槍の使い手を見た。


「───グリアノス」


ノアの目の前には紫色の髪を持った男───


グリアノスが、不敵な笑みを浮かべて立っていた。


「やっと来たのか……もう手遅れかもしれんぞ?」

「……なに?」


グリアノスの言葉にノアはその背後を見る。


そこには左腕を失い、全身を拘束されているエルナがいた。


その瞳は死んだように光を失っているが、呼吸はしている。


問題なのはそこではない。


ノアは狂気の魔力がエルナの胎内に集っているのを感じた。


「───『絶殺(ネヴァ)』!」


それを認識した瞬間、ノアの殺意が爆発する。


「ッ!?」


危機を察知したのか、グリアノスは咄嗟に槍を手放して身を引く。


その直後、槍が黒く包まれて無条件に殺された。


「……なるほど、奇妙な力だ」

「……チッ」


ノアは槍ごとグリアノスを殺すつもりで『絶殺(ネヴァ)』を行使したが、グリアノスは寸前で槍を放棄したことで実質的な損傷を負っていなかった。


その事実にノアは舌打ちをする。


(正直、使い勝手は悪いな)


今のノアにとっては殺意の権能が最も力を発揮するのは事実だ。


だが、使える魔法は未だに『絶殺(ネヴァ)』のみ。


効果範囲も極端に狭い。槍を殺しただけでグリアノスを巻き込めなかったのがその証拠だ。


「……」


グリアノスは狂気から再度槍を顕現させ、それに圧倒的なまでの力を纏わせる。


槍は狂槍(エルガンダ)となり、グリアノスはその上で更に狂気を上乗せした。


「『狂気武装・改』」


これで内包する力は擬似神装クラスに。


少なくとも何の強化もしていない白雪となら互角に打ち合えるレベルの武具にはなった。


とはいえ、それはただの白雪相手ならばの話である。


「……『空虚斬滅(ラギア)』」


ノアも当然、自身の可能な手段で強化はする。


現状殺意の権能が最も強いとはいえ、他の権能が弱化したわけではないのだ。


虚無の権能からなる力とて、これまで通りに使える。


(やはり以前は力の片鱗すら殆ど見せていなかったか……いや、先程の力と同様、何かに覚醒したと見るべきか?)


ノアもそうだが、グリアノスも当然警戒している。


それも当然と言えよう。


現状このグラエムに存在する者の中でグリアノスの命に届きうるのはノアしかいないのだから。


(……力の会得方法などこの際細事か。勝てるのならどうであろうと問題はなかろう……それに、もう奴は間に合わない)


グリアノスは口角を上げてニヤリと笑みを浮かべる。


「お前は来るのが遅すぎた……もう、準備は全て整ってあるぞ?」


その言葉にノアが疑問符を浮かべるより先に、それは起きた。


───否、起こってしまった。


「まさか……!?」


エルナの胎内から、エルナのものとは違う新たな胎動が発せられる。


「ぁ……あ、あああああっ!!」


エルナは精神を狂気に犯されながらも、更なる力の渦に絶叫する。


それが原因なのか、その瞬間だけ、正気を取り戻した。


一瞬だけ光の戻った瞳が、ノアへと向けられる。


「……ノア様……ごめ───」


その言葉の先は、発せられることはなかった。


今の今まで外見上は変わりなかったエルナの下腹部が数倍に膨れ上がり───


───そして、鮮血を撒き散らした。


「っ……!エルナぁぁ───!!」


エルナの腹を食い破るようにして、影の獣が姿を現す。


その体躯は一瞬で数倍になり、死したエルナの身体はそれに耐えきれずに破裂した。


上半身と下半身が引きちぎられるように完全に分断され、床に無造作に転がる。


「貴様ッ……!」


その事実を目前に、ノアの殺意がこれまでとは比にならない程に増大し、周囲の全てを殺し尽くした。


それは影の獣にも及んだが───


「───!」


効果は、一切現れなかった。


影の獣は圧倒的な力を撒き散らし、ノアの殺意でさえ自身に届く前に消えてしまう。


その力は周囲の空間を壊し、終焉に至らせ、滅びさせるのだ。


「───ははは」


それを見ていたグリアノスが、可笑しくてたまらないといった様子で笑った。


「これが、異界幻獣───名を、ヴァリディギウス。かつてお前が皇帝だった世界の神の、破壊と終焉の象徴たる獣だ!」


狂気的な笑い声と共にグリアノスはその名を高らかに言う。


「お前が……お前がぁッ!!」


そう、こうなってしまったのは全てグリアノスが原因だ。


ヴァリディギウスは確かにエルナを直接滅ぼしたが、そうなるまでに至った経緯の全てを仕組んでいたのはグリアノスなのだ。


故にその殺意は全てグリアノスへと牙を剥く。


ノアはこの時、本当の意味で殺意を周囲に撒き散らす怪物となった。


だが、この場にいる怪物はノアだけではない。


「───」


影の獣───異界幻獣ヴァリディギウスが吠える。


その瞬間、世界が大きく震撼した。


本来、世界というものはその世界を創り出した神の力の上限によって強さが決まる。


界律神アスティリアよりも邪印デネスの方がより格上であることを考えるならば、この世界の破壊と終焉よりもあちら側の方が強いことは明白だろう。


ヴァリディギウスはそのデネスが持っていた権能からグリアノスによって簒奪された破壊、終焉という二属性から誕生した怪物。


それよりも弱いこの世界では、到底耐えられる代物ではない。


そして、このような場合に世界を守るはずだった八神は権能の全てをノアへと譲渡し、存在そのものが曖昧となっている。


仮死状態のようなものだ。そんな状態では世界が壊れないように抑えるというのもできるはずがない。


更に、それら全ての権能を持つノアは殺意によって世界を守るどころではなくなっている。


つまり、この世界は完全に詰んだ状態に陥ってしまったのだ。


「ほう?お前は自らこの世界を滅ぼす気なのか?くくくっ、守るはずのお前がその道を選ぶというのか!いやはや、何とも最高の皮肉だッ!」


グリアノスはそれすらも心底楽しむように観察している。


まるで世界の崩壊を楽しむように狂気的に笑っていたグリアノスだったが、次の瞬間にその笑顔が固まった。


───世界の崩壊が、不自然に停止したのだ。


「……なに?」


否、正確には侵攻が遅くなったと言うべきだろうか。


ものの数分で世界を滅ぼしかねなかったヴァリディギウスの力が、ノアではない何者かによって極端に遅れ始めた。


「……この調停の力……間違いなく神によるものだが……?」


グリアノスは神域試練の詳細は知らずとも、ノアがこの世界の神の権能を所持していることは知っている。


故に神はすでにおらず、ノアがその代わりとして存在しているものだと考えていた。


実際、それは間違いではない。


だが───見落としがあった。


(……まさか、神としての人格が未だに生きているというのか?だが、その場合でもこれを止める程の力は持たないはずだ。では何故ッ!?)


グリアノスは思考を始めるが、回答に辿り着くよりも先にノアが動く。


白雪には『絶殺(ネヴァ)』が込められており、これまでにはなかった物理攻撃を通しての殺意がグリアノスを襲った。


「くッ!?」


咄嗟に狂槍(エルガンダ)にてそれを受け止めるが、その瞬間、グリアノスの背に悪寒が走る。


生存本能のままに後退するグリアノスであったが、それは一歩間に合わない。


「何だ、その力はッ!?」


狂槍(エルガンダ)とグリアノスの右腕が無条件に殺され、再生が永久的に不可となる。


単純な『滅び』よりも厄介な『死』を前に、グリアノスは戦慄を覚えた。


(そうか、その力は『死』そのものを……!だから私の槍は何の抵抗もできずに殺されたのか!)


ノアはその隙にもう一度グリアノスへ向かって特攻を仕掛けようとする。


───が、その前に気づいてしまった。


ヴァリディギウスが、引きちぎられて真っ二つになったエルナの死体に近づいていたのだ。


「───アァッ!」


最早まともな思考能力すらなくなってしまったノアが、殺す対象をグリアノスからヴァリディギウスへと変える。


しかしそれすらも遅い。


ヴァリディギウスが、エルナの身体を貪り喰い始めたのだ。


「アァッ!?」


強烈な怒りと殺意に支配されたノアは再度『絶殺(ネヴァ)』を纏った白雪でヴァリディギウスを斬ろうとする。


「そんな面白そうなもの───止めさせるはずがないだろう!?」


ノアがヴァリディギウスを斬るよりも先に、投擲された槍がノアの心臓へと突き刺さった。


「ッ!?」


槍はノアを貫いたまま地面深くへと刺さり、ノアの行動が一瞬遅れる。


訪れる一瞬の静寂。


だが、それは絶望の歯車を加速させる間に過ぎない。


バリッ、ボリッ、という、骨や内臓を咀嚼するような音が響く。


ヴァリディギウスがその牙を突き立てる度に鮮血が地面に広がり、臓物や脳髄が周囲に飛散した。


やがて、無惨な食事はヴァリディギウスが喉を鳴らす音と共に終わりを告げる。


「───が、ぁ」


思考能力を失いながらも、それが完全な終わりを意味することをノアは察していた。


ヴァリディギウスは破壊と終焉の獣。


そんなものに取り込まれた存在の魂がまだ生きているはずがない。


つまり、もうどう足掻いても蘇生など不可能だと。


虚無でも、殺意でも、八神の権能であろうとも。


エルナは、本当の意味で完全に滅んだのだ。


「ぁ、あぁ……」


ノアの殺意は絶望に一転し、精神は深く沈んでいく。


だが、それは一瞬の出来事だった。


「ぅ……ぁ、アァァアアッ!!」


一瞬間を置いて、再度殺意の熱が点火する。


ノアの周囲が黒く変質し、空間そのものが連鎖的に殺されていく。


最早魔法すら必要ない程に、その殺意は練り上げられていた。


「殺す力か、面白い。ヴァリディギウスのものとどちらが上か、存分に勝負するといい!」


今の状況が心底楽しいと言わんばかりにグリアノスが声を上げる。


それと同時にヴァリディギウスが大きく飛び上がり、この地下空間から脱出した。


瞬時に地上、そしてヴァンデラの上空へと移動したヴァリディギウスは、その力を抑えることなく周囲に破壊と終焉を撒き散らした。


その衝撃でヴァンデラが完全に吹き飛び、残骸が宙を舞う。


周辺の焼けた土地も全て抉り取られ、更にその外側の無事だった街も容赦なく蹂躙された。


そう、人が住んでいた場所が消し飛んだのだ。


ヴァリディギウスが力を解放したその瞬間、数十万人がその魂を滅ぼされた。


圧倒的な破壊を前に、人々は為す術もなく消滅する。


まるで圧殺されたように消し飛んだ人もいれば、全身がねじ切れるようにして滅んだ人もいる。


どんな滅び方にしろ、衝撃によって人々は跡形も残らなかった。


「ッ!」


ノアは遅れて跳躍し、ヴァリディギウスと同程度の高さに辿り着く。


絶殺(ネヴァ)』をぶつけてヴァリディギウスを地に叩き落とそうとするが、それよりも先にヴァリディギウスの爪がノアの魂を大きく抉った。


「ガッ……!」


光速に近しい速度で地に叩きつけられ、落下地点周辺の地形ごと吹き飛ばす。


これだけでも数千人が死んだ。


「ぐ、が……」


ノアの意識が戻る。


(なに、が……?)


ノアの魂の大半が消し飛んだからなのか、幸か不幸か、ノアは殺意の呪縛から抜け出すことができていた。


とはいえ、起きた出来事を忘れたわけではない。


殺意の支配からは解き放たれたが、殺意を抱くこと自体は未だに続いている。


「くっ……」


ノアは再度立ち上がろうとするが、魂に大きすぎる損傷を負ったことが原因か、身体の自由が利かない。


(異界幻獣、ヴァリディギウス……あれがデネスの力の一部を獣の姿として新たに誕生させたもの……)


その母体に選ばれたエルナはヴァリディギウスに喰われ、その魂を失った。


もう助かる術はない。


だからこそ、ノアは思考し続ける。


「……エルナは、もう……でもそれは諦めていい理由にはならないな」


一連の流れで数十万人が滅んだことはノアも認識している。


エルナはきっと、グラエムに住む残りの人類を可能な限り生かす選択を取るだろう。


例えその果てに自身が滅んだとしても。


「……そうだな……お前は立派になったよ」


もういないエルナへ向けて、ノアは優しく語りかける。


それはまるで父親が娘を想うかのような、そんな眼差しだ。


「お前は俺が思っていたよりも、随分と立派になった……だから───」


ノアの瞳に光が戻る。


それは希望を取り戻したからではない。


未だにノアの心は絶望に叩き落とされたままだ。


故に、この瞳の光は別のもの。


「───だから、俺もお前と同じ選択をする。守るために、この殺意を振るおう」


それは、覚悟の光であった。


ノアはエルナの意志を継ぎ───

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